イステラ大火山脈
国土の全域に火山が分布するイグニステラ帝国を東西に分断する山脈。
頻繁に噴火し周辺社会に被害を齎すが、大陸における鍛冶技術の中心地として帝国を成長させた。
鉄を始めとする豊富な鉱物資源が採掘され、帝国軍事の発展に寄与する。
活発な地脈の変化に伴い短い周期でその位置を変化させる。巨人族の起源。
帝国旗にも描かれる、大陸北部有数の大自然。それがイステラ大火山脈だ。
「お前、理解しているのか?」
シモンがこれを読めと本を手渡してくるので読んでやるが、理解しているのかは怪しい。それでも読み聞かせる間は静かになるため断るのはやぶさかに感じた。それに読んでやると異様に喜ぶ。
正直既に2冊も分厚い歴史書や地理書を読まされて、喉がからからだ。腹も減った。
時刻は昼を回っていた。シモンを背負って食堂へ行こう。あぁくそ、利き足が動かないのは不便すぎる。
それに施設自体迷路のように入り組んでいるため迷うのもしょっちゅうだ。ここ図書室から中央付近に位置する食堂まで遠すぎるのもあり、来て数日の俺に道なりを覚えろという方が無茶だろう。
それみろ、また迷った。胸を張って言うことではないが。
ふらっと適当な部屋に入ってみた。施設内の案内地図があればいいのだが。特に施錠もされていなかったので問題ないだろう。
いや、この部屋はやけに暑いな。暖房なんて付ける季節ではないぞ。
通路の比にならない密度で配管が走り、足場も悪いため軽く躓いてしまう。
「なんだこの壁...」
無意識に壁に突いた手に妙な温かさと柔らかさ、湿り気を感じた。部屋の薄暗がりに色はあまり分からなかったが少し臭い。服に拭うが、気分として普通に嫌。
特に何もなさそうなので戻ろう。「ケルンさん。」
カフトーネさんが入り口を塞ぐように立っていた。
「すみません、迷ってしまって。」
「食事がまだだろうと調理師から呼ばれていましたよ。こっちです。」
「あの、何かまずかったですか?」
明らかに様子がおかしい。朗らかさが消え失せている。俺とシモンの前を歩きながら背中越しに言う。
「あの部屋は発電室なんです。装備を着けずに奥へ行くのは危険なので、次からは気を付けてください。」
すみません、と謝っておく。無事に食堂へ戻ることが出来た。今日も肉で変わらず美味いが、少し飽きが始まった。
食堂の机で彼女も一緒に食事を摂る。
彼女はシモンの食事姿に優しく微笑みながら俺に声をかける。
「ケルンさん。一つ相談があります。」
「その子をこちらで保護させては頂けませんか?」
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「本当に行ってしまうのですね。」
数か月経過して全員が回復した。ここを去ることを伝えにカフトーネさんの部屋を訪れるとやはり悲しまれた。もっともその視線は俺ではなく、肩越しに見えるシモンに向かっている。
すると施設全体が強く振動する。
ここ最近続く気がかりな現象がこれだ。カフトーネさんに聞けば、地上であの巨人が活動しているから、だという。
「はい。本当にお世話になりました。最後にあなたたちについていくつか質問させてください。」
いいですよ、と彼女は答える。
イステラ大火山脈の地下に存在する超大規模の岩漿溜まり。
その内部に位置するこの研究所。一千度を超える高温と、地上と比較して数万倍の圧力に包まれながらびくともしない建造物。
これら過酷な環境要因に耐えうる鉱物は確かに存在する。だが我々の現代科学で扱えるような物性ではない。少なくとも数世代後の技術で適うかどうか、という代物だ。
世界的に見ても後進国の集まりであるこの大陸の彼らが扱えるほど易しい物質ではない。故に、今我々がどこにいるか、何者の内部にいるのか、見当が付く。
「ここは巨人の体内ですね?とても興味深い。」
我々は地上で既に目撃している。莫大な熱を放出しながら活動する存在を。
「ええ。正解です。彼らの死体は都合が良かった。頑丈な骨格に潤沢な肉。呪いの力。」
神経中枢を熱から保護する必要がある。一方で活動には大量の熱量を確保する必要がある。
巨人の体内は天然の要塞だった。
「地下の岩漿流によってこの拠点は移動しています。だから貴方達との出会いは幸運でした。死火山の地下滞留によって一時的に移動が停止したタイミングと彼の活動、そしてあなたたちの活動が重なった。」
「我々は巨人に滅ぼされた。帝国の再興のため、巨人の炎の攻略が一つの悲願だった。その子はとても役に立つでしょう。その子を譲ってくれたなら、あなたたちを害するつもりはありません。地上への帰還手段も提供しましょう。ですから。」
地上へ上がる手段とシモンを交換だ、と暗に脅す彼女。
「カフトーネさん。あなたたちは勘違いをしています。」
「どういう意味ですか?」
「まず一つ目。この『彼』は死んでいない。生きている。眠っているだけだ。」
この空間の温度、つまり体内温度が一定に保たれている。それは彼が生きていること、代謝が止まっていないことの証拠。
「次に、数時間後ここは地上になる。帰還手段の提供は必要ありません。」
この揺れを覚えている。俺たちがここに来たのもそれによって生まれる経路だ。
「最後。この子を待つ人がいる。」
「何が何でも、連れて帰ります。」




