巨人の地
何かが山を揺らしている。
港から西へ向かっていた。港から西に行くと町があるからだ。ドラスティの砂漠はここ旧イグニステラ帝国域の南方に位置する。シモンをドラスティへ送り届けるため、安全な経路を知る必要があった。町で情報を得ようとそこまで皆と行動することにする。
しばらくして山道に入った。道中一匹も魔獣などを見かけなかったのは幸運だった。
しかし鳥が不穏に鳴き始める。葉が揺れだす。次に木々、次に地面が震えだす。
この大陸に来て一番の異様な存在が突如として現れた。
稜線に出た俺たちはそいつを目撃した。
とてつもなく大きな手がすぐそこにあった。上を見上げると頭のような影も見える。
全身から煙を上げる巨人がこの山を押していた。蒸気が大気を伝ってここまで届き、一体の気温が少し上がったように感じる。
かなりの高山だ。麓から見上げた頂上は雪が積もっていた。それに比肩するほど背の高い彼が肉を軋ませてこの山を押している。普通なら少しも動かないだろう。だが動いている。少しずつだが全体が移動していた。
「急いで山を抜けよう!地滑りが起こる前に!」
体力的に優れているテュートが先頭から呼びかける。
落石が見られ始めた。だが時間が足りない。道は地図のそれとは全く違うものに変形させられていた。整備された道ではない。鬱蒼とした木々が行く手を遮り、土砂が堆積し地図を書き換える。
更には方位磁石も狂い始め、立ち往生することになる。
この山は高く広い。抜けるまで数時間は掛かるだろう。
あり得ない勾配を走らさせられ、まともに息が出来ない。背中のシモンは笑ったままだ。畜生。
「テュート!引き返すべきだ。とにかく、これに巻き込まれるのはまずい。港なら安全だ。」
全員が辺りを見渡す。地形はめちゃくちゃで景色はすっかり変わっていた。
「...来た道ってどっちだっけ...」
揺れが最大となる。同時に地面に亀裂が走った。
この亀裂は俺たちのすぐ横に生まれた。崖の底へ吸い込まれる土砂を見てすぐに足元の踏ん張りがきかなくなる。
「あああああああああああああああああああああ!」
情けない叫び声を響かせながら、全員が落下する。
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「久しぶりの客人です。歓迎しますよ。皆さん。」
地底でのたうち回っていると、どこからともなく現れた彼女たちが俺たちを回収したのだ。
怪しさで一杯の彼らの活動するここは地下の研究施設のようで、電気・水道など生活インフラが整えられている。正直この大陸で見たどの一団よりもいい生活をしているように見えた。
殆どが運よく足の骨折と全身の擦り傷だけで済んでいた。背中にいたシモンは腹に抱えていたおかげか無傷だ。そして今現在、治療を受けている。数か月もすれば全快するだろう。魔術的治療が絡むならもっと早くなるはずだ。
「治療していただき、ありがとうございました。」
「いえ、こんな状況ですから。助け合いですよ。食事も用意しています。」
「地下で一体何を?」
「我々はイグニステラ帝国の生き残りです。帝国の再興を目的に活動しています。それにしても残念でしたね。『彼』に巻き込まれるとは。」
白髪に赤色の差し色の入った彼女は腕を組み、眼を細める。あれは事故だった、とこちらに憐憫の目を向ける。
「王国の竜のように、公国の彼女たちのように、我々の抱える災害の一つが彼です。常々思いますがここを地下に作って正解でした。」
「あれはよく起こることなのですか?」
「はい。ですがこうしてそこに人が居合わせることも、誰かが偶然ここを訪れることも稀です。彼が入ってこれないような場所に町が作られていますし、ここも人が入ってこれないような場所に作ったので。」
「ともあれ、ただ飯に預かる気はありません。幸い片足は無事です。掃除でもなんでも、出来ることなら手伝わせてください。」
歓迎しますよ、と彼女カフトーネは微笑みながら答えた。
ところで、シモンが見当たらない。
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シモンは好奇心旺盛な子だ。
最近動くことができるようになったからか、気付いた時にはどこか離れた場所にいる。その距離も段々と広くなっており、こういう環境においては心労の一つだ。
だが絶対に怪我をするような場所には行かないし、本人も常に元気で笑いながら帰ってくるため皆はそれほど心配していない。俺はドラスティにいるであろう、ウィラとウィレにこの子を届けなければならない。もし傷の一つでもあればこてんぱんに殴られるだろうから気が気でなかった。
「カフトーネさん。西にあるという町まではどれくらい掛かるんですか?」
「徒歩なら一週間です。少ないとはいえ獣もいますから、治癒期間が過ぎるまで控えたほうがいいですよ。」
左足の骨は無事だった俺は松葉杖を突いて施設内の食堂に訪れていた。彼女と一緒に食事を摂りながら、この地域の情勢について尋ねた。
「この国に力ある回復術師は少ないですが、弱い術なら皆が扱えます。一か月もすれば治ると思います。」
「本当に世話になります。カフトーネさんたちに何を差し出せばいいのか...」
「いえいえ。皆さんが全員回復して、西の町でパンの一つでも買ってくれたら満足ですよ。」
施設内に人影はまばらだが、一つの組織として皆が活動していた。本当に裏は無いのだろう。彼らの目指す帝国の再興もいつか成し遂げられるのかもしれない。
「ありがとうございます。食事、美味しかったです。肉なんて久しぶりでした。」
「そう言っていただけると嬉しいです。沢山用意できるのでいつでもお声がけください。」
「ちなみに、あの、赤い髪の子供を見ませんでした?」
「ああ、図書室で見かけましたよ。とても賢そうな子ですね。」
言われた通り、図書館にシモンを見つけた俺は本を抱えて離さないシモンをそのまま抱えて部屋へと戻る。
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誰もいない部屋で彼女が呟いていた。
「彼らがシモンと呼ぶあの子。」
「血に竜の炎が溶けている。巨人の炎に並ぶ至上の熱火。ドラスティ王族の血。」
「是非欲しい。」




