⑪岬楓
桜が満開になろうとしていた。千鳥ヶ淵や新宿御苑がある皇居周辺には大勢の花見客が訪れる。
敵はブリキ以降まったく姿を現していない。
訓練だけで過ごす平和な日々が過ぎて行った。連日のように花見に出かける変身ヒロインたちと魔法少女一名は幸せそうだった。
私はたまに赤坂のマンションに帰るようになっていた。心の中では新たな脅威に怯えていたが、なるようにしかならない。
そして彼女たちはもうすぐ進級する。
悠以外は中学三年生に、ひとつ下の彼女は中学二年生になる。
敵襲の可能性が低いと判断し全員学校に通っている。私はアサルトライフルの腕を磨いていた。本格的な敵が現れたら意味はないが、木島社長の敵は取れるかもしれない。
私と社長のために作られた喫煙室で思うことはたくさんあった。変身ヒロインたちは明らかに兵器だった。何故そんなものを作る必要があったのか。自分も無敵化しようと思えばできた彼が何故あっさりと敵襲を許し亡くなってしまったのか。
彼なら深く考えるなと言うだろうが、そろそろそういう訳にはいかない。
彼女たちを普通の少女に戻したいと願う自分がいるからだ。
「溝口代行社長も大変ですね」
事務の中年男性に労われた。そう、四月から代行社長に就任し、六月の株主総会で私が新社長になることが決まっていた。
入社の時ざっと見たはずだが、ここの会社の株主や取引銀行は錚々たるものだった。内密に警察と自衛隊ともやりとりがあった。
圭は赤坂のマンションに私と一緒に暮らしている。
少し早く大人になった彼女は家事や炊事を頑張ってくれていた。だからもういいかなと思い彼女に左手を差し出すようにお願いした。
プロポーズは済んでいたので後は形で示すだけだ。彼女の薬指に指輪をはめた。びっくりした様子だったが笑顔でそれを見つめていた。
「圭、愛してる」
そう言って軽くキスをした。
二人が指輪を付けているからと言ってそれは結婚の確約ではない。いつでも断われるものだし結婚をしたって離婚だってあるからだ。
しかし怖くても前に踏み出さないとダメだ。弾丸の様な速さで過ぎてゆく人生に後悔しないように。何もしなかったらそもそも何も起こらないからだ。
「確認するけどほんとにわたしでいいのか。鳴とか楓とかも相当お前が好きだぞ」
圭がそんなことを言うのでお前以外はもうダメだと改めて言った。
今度は目を合わせてから深いキスをした。
学校から皆がレッスン室に戻ったので対人戦闘を行った。(圭、真彩、楓)の三人対、(鳴、恵美、悠)の三人組に分かれた。
圭と楓はここで最強の威力を持つ技を有するが、あちらは悠という最速がいるので捕らえるのは難しい。互角の組み合わせだと思っている。
真彩と恵美の技は敵を捕らえて弱らせるが、大技だけに俊敏な相手は捉えにくい。だが最初に真彩が鳴を捉え楓の注射を打たれて鳴が脱落。数的優位に立った圭組だが悠が速い。おまけに銃を乱射するので近づきにくい。
圭にはメドゥーサ禁止と伝えてあるので電撃だけだ。真彩が広範囲の海水のうねりで悠を捉えようとするが失敗。恵美の緑の毒に摑まり退場。形成逆転だ。
だが圭は落ち着いていた。ライドニング・コメットを悠に当てて退場させて残りは恵美だけになったのでここで戦闘終了。恵美は残っていたが二人を捕捉するのはほぼ不可能だからだ。
これはある意味圭組の妥当な勝利だった。圭は私と一緒に射撃室で練習していたので速い悠を落して見せた。
負けず嫌いの鳴は翌日から射撃室に通い始めた。
対人戦をやったのは初めてだったが、そういう敵にも対処するためだった。元社長の怪獣よりも変身ヒロインたちは強い。だから敢えてぶつけてみた。
「どうだった、対人戦は」皆に聞いてみたら鳴が口を開いた、「一瞬の判断の遅れで勝負が決してしましますね。考えながら予測しないと勝てないと思いました」
「落ち着いて狙えば当たる。それだけだったな」と圭も感想を述べた。
概ねよい刺激を与えることが出来て成功だった。まだ腕を磨きたいという者には私が相手をした。春休みは会社に泊まってもらうことにしたので勉強と戦闘両方見られる。
代理社長になってもやることはほぼ変わらなかった。要人との面会は仕方がないが、連絡は副社長に任せた。なんといっても変身ヒーローが一番強いので、抜けるのは勿体ないという事情もあった。
訓練が終わると以前は女の子たちに食事の用意を任せていたが、今は専属の調理係がいた。圭と鳴は文句を言っていたがもうアスリートの様なものなのでこれが一番合理的だった。
「悠はもう慣れたか。この生活」
一番遅れてきた魔法少女に聞いてみた、「戦うとは聞いてなかったですが、やってみると面白いですね」強気な悠だった。
前に楓で問題になったスカートの中事件は問題なかった。かぼちゃパンツ型ズロースなので見えようが無かったからだ。
大きな風呂なので三人づつ入ってもらう事にした。それでも私は三番目なのでけっこう待たされた。筋トレを前以上にしてるので風呂は気持ち良かった。技術班のお陰で前みたいな嬉しい事故は起こらなくなっていた。
寝ようとした頃ノックの音がしたので、圭かなと思って開けると楓が立っていた。
入れないのは可哀想なのでソファーに座ってもらった。
「そろそろ寝ないと明日体力持たないぞ」そう言いながらジュースを彼女に持ってきた。
そうなんですけどと言ってから彼女は黙ってしまったが、思い切った感じで聞いてきた、「溝口社長、指輪されてますね。圭さんと同じ」
「婚約指輪のつもりなんだけど年齢的に無理なので形だけかな」
照れくさくてなんか濁してしまった。
「形だけですか... じゃあまだ決まってないんですね」
意を決して楓がそう言ったので気圧されてしまった。いや、本気だよと言う前に彼女が箪笥を指さした。前にもらった下着コレクションの方を指さした。その中に楓の名前も入っていた。
「ごめん。私が持ってるの気持ち悪いよね。返すねこれ」
そう言うと逆に彼女は胸に詰め込んでいた下着セットnewを取り出してそこに入れた。
「そういうことですからまた」
顔を真っ赤にしながら楓が出て行った。
翌日、相談相手を間違えているかもしれないけど、鳴に昨日のことを話した。
「えぇ、まさか気付いてなかったとか言うんじゃないでしょうね」
そう鳴に言われたが、彼女はいつも顔が真っ赤で気付きづらかったと正直に答えた。
「彼女普段は顔が真っ赤になることなんてないですよ」
そう言えば鳴と楓が私を好いていると圭は言っていた。そういうことだったんだ。でももう圭一筋なのでどうにもしてあげられない。楓には申し訳ないが断ると鳴に言った。
合宿の成果は皆に出てきていた。
鳴のローズスナイプは命中率とパワーが上がった。真彩の大海のうねりも、規模が格段に大きくなり締め上げ殲滅させるほどになった。恵美も同じようにパワフルになって毒の威力が増しつつあった。
楓も敵シールドを破る力が増し一発で敵を倒せるようになっていた。圭のライドニング・コメットは威力こそ横ばいだが射撃練習の効果で確実にスナイプできるようになった。
悠のスピードは相変わらず捉えるほとが困難で、どこからでも相手に銃を乱射できた。
6人が強化されたので自分の出番は要らない気がしていた。
夕飯時に楓をちらっと見たが皆と仲良くしている。顔が赤くなることは確かにないので、試しに見つめてみたら真っ赤になっていた。
もうすぐ自分は社長になるので、妻が圭、愛人は鳴と楓とかろくでもないことが浮かんできたので、自分の顔を自身の拳で思いっきり引っぱたいた。
私の乱心に皆が心配して寄ってきたが、悪霊退散のおまじないと言っておいた。
就寝時にまたドアをノックされた。
また楓だったらきちんと話して諦めてもらおうと思っていたのだが、圭がの声がしたので中に入れた。圭が可愛く見えて仕方がない。やっぱり特別なんだと思い安心した。
「楓からなんかアプロ―チなかったか。なんかあいつ浮かれてる」
圭がそういうので、昨日あったことをそのまま話した。下着フェチがばれていて新しいのをいただいたことも話した。
「・・・」
圭は自分が軽々しく楓の下着を貰って、私に与えたことを後悔している様子だった。どうするんだと聞かれて断るよと言ったら、下着をあげることが告白になるのかと聞いてきた。
「確かにあれはフェチプレゼントで告白じゃないね」
そう言って悩んでいたら、あんなに喜んでるんだから無理に振らなくていいぞと言ってきた。圭の弱いところだ。どうしても一歩引いてしまう癖は治っていなかった。
二日後、ブリキ怪獣以来二体目の怪獣が現れた。
今度は木島社長の怪獣に似てはいた。ただどこか弱弱しい感もあった。
「これならわたし一人でなんとかできます」
そう言って楓が突進していった。流石に無謀なので止めたのだが勢いよく彼女は行ってしまった。
可愛らしいポーズで変身したピンクは、宙を舞い狙いを定め敵に突進していった。敵が放つ火炎攻撃を注射針で蹴散らして行き、その針が喉元を捉えた時敵は即死状態で霧散した。
流石破壊力No.1だった。
そのまま私に向かって来たので笑顔で迎えた。彼女の顔が真っ赤になっていたので、こちらも恥ずかしくて目を閉じてしまった。
その時唇に暖かい感触がしてキスをされていることに気が付いた。無理に引き剥がすことは何故かできずに暫く唇が重なった状態になった。
やっと引き剥がした時には圭の姿が無かった。
戦闘が終わり食事を終えた後、焦燥し切った顔でまた鳴の部屋に行った。圭の部屋に行くのが怖かったのだ。
「わたしも先生のこと狙ってること忘れてませんか」
鳴にそう言われたので忘れてないと答えた。だけど相談する相手が他に居ないからここに来たと言った。彼女は半ば呆れた感じで溜め息を付きながら、ちょっと待っててくださいねと言って部屋を出た。
そして圭をここに連れてきた。
「隙があったからああいうことになった。ごめんなさい」と深々と頭を下げて圭に謝罪した。
本当は楓があんなに真っ直ぐに思いをぶつけてくれて嬉しかった。だからちょっと隙を作った。だがこれは二人には絶対に言えない。
鳴には本当は関係ないので圭と二人で部屋を出た。手を繋いで歩いていたが圭が手を放してしまった。もう一度握り返すべきだがそうしなかった。
どうしていいか分からず数秒立ち止まっていたが、圭が指輪を嬉しそうに眺めていたのを思い出しすぐに彼女を追いかけ抱きしめた。圭が大粒の涙を流していたので拭ってあげた。
「ごめん。やっぱり圭がいい」
そう言って柱の陰でキスをした。圭が離れたがっても絶対にその手を握って離さない。そうすればこの子は絶対に裏切らないと思い出し折れない程度に強く抱きしめた。
その後、さっきのキスは告白同然だったので、楓の部屋に行って断ってくると言って行こうとしたのだが、圭も付いて来るというので一緒に行った。
何故か二人で楓に土下座をしていた。「ダメ元だったんで気にしないで下さい」そう言う楓を圭はすぐに抱きしめていた。楓の目から涙が流れていたのでそれを拭ってあげていた。
圭は他人の痛みを自分の事のように感じるのだった。だから自分の男を奪おうとした女に対しても優しくしてしまう。
きっとこれはダメなことだ。怒るところは怒った方がいい。圭の自分への態度があやふやに見えて、精神的に楓に浮気していた。それが今日の顛末だった。
だけど圭はあやふやじゃない。引いてしまうことは多々あるけれど、絶対に裏切らないのは美点だ。それがはっきり分かっただけで良かった。
この日は会社を抜け出し赤坂の家に二人で行った。誰の目も気にすることがない二人の家で、一緒のベッドで寝た。私は圭の手を握り締めながら就寝した。




