「」
「こ、このままだと倒産よ……!」
オンボロなオフィスに悲痛な叫びが哀しみを帯びていた。
オフィスと謳っているが、まぁ、マンションの一室をそう呼んでいるだけだ。
ピンクの髪は自身の苛立ちで頭を抱えてぐじゃぐじゃにしている為にボッサボサだ。
透明感のある透き通った声質なのに、やっていることは業務机の上に仰向けに寝っ転がって、駄々こねる子供みたいになっている。あるいは死にかけの蝉。
「しっぱい、ばっか」
紺色の髪をしたショートのぼんやりとした少女が、ゆっくりと喋る。
ピンク髪が比較的早口だったのに対して、この少女は言葉のあいだあいだを伸ばす癖がある。
奮発したであろうフカフカなソファに小柄な体を埋もらせている。
手に持った短刀を遊んでいるのか曲芸をしている。
発する言葉と違い、こちらは早業であった。
大道芸人としてもやっていけそうなほど、惚れ惚れする、もはや剣舞。
「ええ、そうよ!何でなのよ!」
かつて受けた依頼書をクシャクシャに丸めて天井目掛けて投げつける。
勢いよく投げられたそれは天井にぶつかり、そのままピンク髪の顔面へ戻って行った。
「ボス〜、そりゃオイラ達の力に対して相手が悪すぎるってもんだぜ」
顔面を抑えているピンク髪に対して、ボスと言った男はクシャクシャに丸まった紙を伸ばして依頼失敗とデカデカと赤字で書かれた依頼書を見ている。
かなりの長身のこの男はダミ声で、赤い革ジャンを着ている。路地裏によく居るガラの悪いヤツの見た目そのままだ。
彼は正確には人じゃない。
ならなんだという感じだが、本人が人間では無いと頑なに否定する。
だからここのメンバーは、彼が何者でも、なんでもいいと思っている。
ちなみに、昨日は戦略兵器で、一昨日は機械人間だ。
つまり、適当なヤツである。
「そうだな。このままじゃ、この国にすら居られなくなるかもしれない」
落ち着いた声、冷静な態度をとっている。
腕を組んで突っ立ている男は表情筋が死んでしまっているがために常に無表情だ。
彼が笑っているところを見た事のある人は居ない。
ピンク髪を除いて。
「もう『移動』出来るほどのお金なんてないわよ!?」
「つまり?」
ピンク髪の絶望はさらに一段階上に上がったようだ。
真っ赤になって怒り心頭だった顔は、真っ青に変わってしまった。
立ち行かない1歩先の未来に怯えているように見える。
ぼんやりとした少女は自分で考える事を苦手としている。『移動』が出来ず、国にもいられないという状況はどのような状況かをイメージ出来ず、誰ともなく呟くように、されど誰かに問いかけるように言った。
「はっははー!分かんねぇかマラクちゃんよぉ!」
「つまり?」
ぼんやりとした少女、もといマラクに対して、ガラの悪いヤツがニヤケ面で耳に小指を突っ込みながら茶化すが、意に介さずマラクは再度繰り返し再生のように同じことを言う。
ガラの悪いヤツはハッと鼻で笑うだけ笑って背もたれに全体重を載せて首を上に逸らしてた。
ピンク髪と同じ天井を見上げている。
「次の失敗は端的に言えば俺達は路頭に迷う事になる。まぁ、俺はジャーニー・カンパニーからスカウトが来ているからどっちでもいいが」
「んなっ!何よそれ!!私を通しなさいよォ!!那々(なな)」
冷静な男、那々はマラクに応えてあげて、サラッと去就について話す。
今日の昼コレ食べたんだくらいのノリで。
勿論それに憤慨するピンク髪。
憤慨の理由は主に2つ。
勝手に抜ける様な真似をしたこと。
もう1つにジャーニー・カンパニーの無礼さにだ。
自慢の社員を取ろうとするのはまぁ、100歩譲れば分かる。優秀だし。
それにしたって社長を通さずに個人間で話を進めるなという事だ。
「ボス〜、牛乳買ってこようか?」
「舐めんなァ!!メルトダウン!!……フー、フー」
ガラの悪いヤツ、メルトダウン。
メルトダウンが仲間となった時にそう名乗ったのでそれ以来ずっとメルトダウン。
偽名だろうなと思いつつも、本人がこれで良さそうなので難しく考えるのはやめている。
馬鹿だし。
その馬鹿にバカにされてメルトダウンの首を絞めあげるピンク髪と首を絞める腕を必死に叩くメルトダウン。
身長差は結構あるのにメルトダウンがつま先立ちになっている。
「ミラノちゃん。つかれない?」
「くぅ……部下に舐められ、心配されている!」
ピンク髪、ミラノはメルトダウンを投げ飛ばし、嘆く。しゃがみこんで部屋の隅へ行ってしまった。
あそこだけ湿気が凄い。キノコを栽培出来るかもしれない。
「それはいい事じゃないのか?」
那々の見解で言えば、慕われているからこその行動だと感じている。
ミラノがショックを受けているのを理解できない。
「ボスは常に威厳があり、尊厳があるものよ!」
ミラノのボス像というのは中々にハードボイルドらしい。可愛らしい見た目の彼女では到底到達できそうには無い。
女性でもクール系ならば相応に見えるかもしれないが、ミラノは茶目っ気がある良い子なのだ。
みんなが自然とミラノを支えたくなる。だからミラノはボスでは無くて必然的にリーダーとなる。
元気いっぱいで一生懸命。誰も見捨てないし、見過ごさない。弱きを助け強きをくじくを地で行く人。
「おっ、メール来たぜ?」
メルトダウンがピコンと安っぽい電子音に反応してパソコンを見る。
通知が入っていた。それは「」への依頼だった。
そう、絶対に失敗出来ない運命の依頼。
この依頼次第では今言っていた事は恐らく全て現実となるだろう。
「なに!どんな!?全員で行くわよ!?」
故に、ミラノは何用も何も見ずに承諾しようとメルトダウンからパソコンをひったくる。
そして、早まったことをする前に那々がミラノからパソコンを取り上げる。
「焦るな、まだ内容も見てないだろうに」
「ムキーーー!!」
パソコンを取られたミラノは全身全霊で抗議していた。具体的には地団駄を踏んだ。
そんなミラノを不思議そうに見るマラク。
ミラノなんて眼中にない那々とメルトダウンは依頼内容を確認する。
メールを開いて、本文を軽く読み飛ばす。
「どれ…………これは…………」
「……あっちゃ〜」
「ん、わたる。わたしも、じゃーにー・かんぱにーにつれてって」
那々は顎に手を当てて唸る。
いつもより二割増で顔つきが険しい。
メルトダウンは何時もの軽薄さが薄れてしまった。
セリフは深刻感がまるでないが、諦めモードになっていた。
マラクはメールは見ていないが、2人の反応であまり良くないんだと思い、那々に面倒を見てもらおうとしていた。「」を見捨てた。
「な、なんでそんなにもネガティブなの……よ」
各々の反応が過去一悪く、どんどん不安になるミラノはさすがに少し冷静になって皆と同じようにメールを見る。
「もう、イヤッ、イヤッ、イヤーーーー!!!」
依頼内容を確認したミラノは両手を天に突き上げて部屋中がビリビリと振動するほどの悲鳴をあげた。