後編
後編になります。
「私は今回の案を撤回するつもりは御座いません。どうしてもお二人が婚約したいのであれば、国にとってとても有益な物であると証明するしかありません。私にはそんな考えは思いつきませんので。」
私の言葉に、フレックとエレナは目を見開いた。フレックはまた怒り始める。
「な、いっ、いい加減にしてくれ!! これ以上の嫌がらせはやめろ。」
「ミ、ミーナお願いだから! こ、こんな事言いたくないけど、こんなやり方で私達を引き裂いたって何の意味も無いじゃない!!」
「嫌がらせ? 意味がない? 私はただ、国の為に真剣に考えただけで御座います。」
先ずは誤解を解かなければ、話は進みそうにない。
「…ふぅ、では最後に幼馴染としての会話をしましょうか。まず、私はフレックの事好きじゃないわ。幼馴染以上の感情を持った事はないの。だから、フレックが誰を好きでも私には関係ないわ。」
「…え?」
「だ、だったら何故なんだ!?」
「…何度も言ってるでしょ? 私はただ“国の為”に、次の宰相として意見を言っただけよ。
二人が言ったんじゃない、私が宰相になった方が国の為になるって。」
◇◆◇
私の父、ストウリ公爵はこの国の宰相だ。この国での宰相は、王家や公爵家の推薦で決まる事になっている。特に推薦もなく、他の宛がなければ宰相の家系の者が次の宰相になるけれど、他の人材が見つかり、王に認められればその者が宰相になる。つまり必ずしも親から子に引き継がれる物ではない。
私には姉がいる。姉と私は仲が良い。姉よりも私の方が頭が良くて、後継者としての資質がある等と言う者もいるけれど、姉は劣ってなどいないし、私は公爵家を継ぐつもりなんてない。父も姉を後継者にしていた。世間では後継者である姉、もしくは妹である私が宰相になるのではと噂があったが、父は宰相としての立場を私達に引き継ぐつもりも無さそうだった。
私は画家になりたいという夢があった。絵画に興味があり、描く事が好きだった。公爵家の次女が画家になるなど狭き門であるのは分かっていた。けれど私は公爵家を継がないし、夢を追いかけてみたい。でも現実的で無い事は分かっていたので、2年間だけ留学し、絵画の勉強をさせて貰おうと思っていた。上手くいかなければ後は公爵家の為になる振る舞いをすると決めた。フレックとエレナにその事を言った…それが始まりだった。
「ミーナはとても頭が良いのに絵だなんて…勿体ないよ!」
「留学したら、暫く会えなくなってしまうじゃない!! そんなの寂しいわ…。」
「ミーナ、行かないでくれよ。今後もパーティーの企画について助言が欲しいし…。」
フレックとエレナは私の考えに否定的な態度をみせた。私は二人からパーティーの企画や、お忍びで遊びに行く時にどうすれば良いのか相談される事が度々あった。それはまぁ良いとして、私はてっきり二人は応援してくれると思っていた。だからがっかりした。でも、私は留学するという考えを曲げるつもりはなかった。
「ミーナ、お前に推薦があった。お前は次の宰相候補になった。」
父の言葉に私は愕然とした。フレックとエレナ…第三王子とメイル公爵家からの推薦があった。そのせいで私は今後、宰相となる為の勉強をしなくてはならない。それだけではなかった。私が宰相候補になった話が貴族間で広まると、姉を嘲笑い、侮辱する者が現れ始めた。そのせいで、姉は公爵家の後継ぎを辞退した。
「…分かっていたわ。私がミーナに敵わないって事はね。ミーナ、私はストウリ公爵家の為、国の為になる縁談を受ける事にするわ。だから、頑張るのよ。」
姉は疲れ切った、諦めたような笑顔で私にそう言った。思い描いていた夢が崩れていく。何故こんな事に…。
「凄いわ! おめでとうミーナ。やっぱりミーナの方が優秀だものね!」
「ミーナが宰相になった方が国の為になると思うからね。でも、まさかストウリ公爵家も継ぐ事になるなんてな!」
「本当ね! ミーナがストウリ公爵家の後継ぎで、さらに宰相になる…本当に素敵ね! この国の宰相と第三王子が幼馴染だって何だか格好いいわ。私は元々、ミーナのお姉様よりもミーナの方が国の為だと思ってたのよ!」
「ミーナにとっても良い事だろう? 何せ宰相という立場を手に入れられるんだから。兄様達が権力に固執し過ぎて間違いを犯しそうになったら、俺達で止めるんだ!」
盛り上がる二人、国の為と言う二人の話を何処か他人事のように聞いていた。二人に対する怒りと悲しみ、姉に対する罪悪感…どう表現したら良いのかも分からない。
「そうだ、ミーナに聞いてほしい事がある。俺達、婚約者になったんだ!!」
フレックとエレナの眩い笑顔は、ただ私に暗い暗い影を落とした。私は夢を奪われたのに、なぜ二人は思い描いている夢を手に入れようとしているのだろう。文句を言いたくなったけれど、公爵家と国の為に私に全てを譲った姉を思い浮かべて、何もする事が出来なかった。
◇◆◇
「私は、国の為に何かをしようと考えた事はなかった。そんな私の目を覚まさせてくれたのは二人よ。二人は私を“国の為”に宰相に推薦してくれた。だから、私は未来の宰相として、今から“国の為”に行動しなくてはならないの。」
「………。」
「いや…その、俺達はっ…。」
私の言葉に、フレックとエレナは顔色を悪くさせている。
私は宰相としての勉強を必死にした。エレナが言うような、頭が良ければ出来るだなんて生易しい物ではない。そして導き出した一つの方法が、フレックとエレナの婚約解消と新たな婚約だ。
「二人も、国の為にやるべき事をするべきよ。」
私はそう言って、二人に背を向けた。二人が私に声をかける事はなかった。
◇◆◇
「国の為…本当に馬鹿ね。」
フレックとエレナの婚約解消は、勿論国にとって大きな利益となるであろう。しかし、ミーナが今回の案を提示したのは主に自分の為だ。かつて自分の夢を奪った二人への。国の為だと二人は言ったが、そんな事は二の次だ。高貴な身分を持ち、後継ぎの重圧がなく、地位や権力を下らないと宣い好きに生きようとしていた二人にそんな考え等ある訳がない。ただミーナが遠くに行くのが嫌だ、幼馴染の公女が絵を描くなんて気に入らない、そんな自分本意な物だ。
「でも、すぐに採用されるとは思わなかったわ。」
王は国の為なら何かを犠牲する事を厭わない性格だった。しかし、第一王子、第二王子の二人は性格を熟知していなかった。フレックとの仲が悪くない事を知っていたので、弟の意思が無視される事に反対されるのでは無いかと思っていた。けれど、二人とも自由気ままなフレックに思うところがあったらしく、喜んで賛同してくれた。バレット王子、デイビッド王子、どちらにも気に入られる案を出す事が出来たのは、私にとっても収穫であった。
さて、これからフレックとエレナはどうするのだろうか? この婚約解消が覆る事はまずあり得ない。でも二人は抗おうとするだろう。二人で駆け落ちするかもしれないし、奇跡が起きて二人は正式に結婚出来るかもしれない。しかし、ミーナはこれ以上は何もしないつもりだ。ミーナは、一度二人の邪魔を出来ればそれで良いと思っていたからだ。
ミーナが宰相候補となった時、恥も外聞も気にせず拒否するという選択もあった。夜逃げしてストウリ公爵家から逃げ出すなんて方法もあった。けれど現実的ではない、上手くいく筈がないと都合の良い言い訳をして行動せずに従ったのはミーナ自身だ。だからフレックとエレナがどんな選択をして、どんな結末を迎えても気にしない。
「…お姉様も幸せになれたしね。」
姉は政略結婚をしたが、数年前に再会した時、とても幸せそうだった。数日前に妊娠した事が綴られた手紙が送られてきた。……本当に良かったと、心から思う。
フレックとエレナも嫁ぎ先で幸せになれるかもしれない。勿論、不幸になるかもしれないけれど、ミーナには関係ない。
そして、ミーナも宰相と公爵家の重圧はあるものの、不幸ではない。ただ、フレックとエレナがずるいなと、憎いなと思う心が巣食っていただけだ。今回の事でそれも無くなるだろう……幼馴染として絆も無くなっただろうけど。
「今後も…いえ、今後は正しく“国の為”に働かなくてはね。」
ミーナは晴れやかな顔をした。
衝動的に書きたい思ったものを書きました。読んで下さりありがとうございます!
自分達の都合や思いで誰かを思い通りにしたい、と思うのは意図的にしろ無意識にしろあると思います。フレックとミーナは誰かを貶めようとする悪役ではありませんが、少しムカツク感じの悪役にしてみました。自分達が気にいらないからとミーナの将来を決めてしまい、ミーナがフレックを好きだと勘違いした時も悪いと思いつつ幼馴染として傍にいて欲しい。国やミーナの気持ちは二の次な自分本意な性格です。そしてミーナも自分の為、二人の婚約解消を国を巻き込んで計画しました。やられたらやり返す、ですね笑
貴族絡みの話では、弟、妹の立場は後継者でないが故に苦悩する話もありますが、今回はその逆で重圧のない好き勝手出来そうな環境の設定でいきました。