前編
※役職や階級について違う部分があるかもしれませんがご了承下さい。
俺は第三王子のフレック。上に兄が二人いる。次の王になるのは第一王子である長男のバレット兄様の予定だが、次の候補は第二王子である次男のデイビッド兄様だ。俺の王位継承権は三番目である為、まず王を継ぐ事はない。兄様達は王位を手に入れる為に、水面下で派閥争いを繰り広げていた。俺は王位に興味などなかったし、どちらの兄様が王位を継いでも構わなかった。何より、俺はそんな醜い権力争いよりも、大事な存在がいた。
俺には数年前から婚約者がいる。エレナ・メイルという公女だ。エレナにも兄がいたのでメイル公爵家はエレナの兄が継ぐ事になっている。エレナは幼馴染で、物心ついた時からずっと親しい関係であった。もう一人幼馴染のミーナという公女もいて、三人で過ごす事が多かった。気がついた時には俺はエレナを好きになっていた。そしてエレナも俺を好きになってくれた。互いに後継ぎの立場ではなく、身分も相応だった俺達は何の問題もなく婚約者になった。そして年月が経ち、そろそろ結婚しようと思っていた…しかし、
「フレック。お前はメイル公女との婚約を解消し、隣国のエフラナ国の王女と結婚して貰う。」
「っ…な、何を仰っているのですか!!? 私達はもう結婚するのですよ? そ、それにエレナはどうなるのですか?!」
突然の王、つまり父上の言葉にとても納得なんて出来なかった。エフラナ王国の王女は女王となる立場であり、つまり俺に王配になれという事だ。
「メイル公女には、遠方のドラーナ帝国の第二王子と結婚して貰う。お前も知っての通り、ドラーナ帝国は我が国よりも強大な力を持ってるだけではなく、ドラーナ帝国の資源は近年我が国にとっても重要な物資となっているからな。」
「なっ、ま、待って下さい!! 何故エレナなのですか? エレナ以外にも公女は居るではありませんか! よりによって私達の婚約を解消してまでエレナを選ぶなんて…。」
「他の公女達は皆、国の為になるそれ相応の婚約をしている。後継ぎの立場として国を離れられない者も居るのだ。だが、お前とメイル公女の結婚にはほとんど利益などないではないか。」
父上のあまりの言葉に、俺は怒りを隠しきれなかった。
「…利益だなんて、私はそんな物の為に結婚したいと思ったのではありません!! 私はエレナを愛している、ただそれだけなのです!!」
地位や権力が全てではない。愛する人と一緒に居たいという気持ちも大事な事だ。それにエレナとの婚約は許されていたのに、いきなり解消されるなんて余りにも理不尽ではないか。しかし父上は、王は眉一つ動かす事なく、
「国の為だ、弁えろ。」
俺の想いを、バッサリと切り捨てた。
◆◇◆
「フレック!!!」
エレナは俺に会って早々、泣きながら抱きついてきた。俺もエレナを抱きしめ返す。
「どうして…何故こんな事になったの? 私達の婚約を解消しようだなんて…ドラーナ帝国の第二王子とお会いした事すらないのに。お父様達も王命だから仕方ないと言って何もして下さらないの…うぅっ。」
腕の中で肩を震わせているのが伝わってくる。怒りと同時に悲しみが襲いかかってくる…。けれど、この状況を打開する為の希望は残されていた。
「…お待たせしました、お久しぶりですね。」
エレナに気を取られていた俺は、聞こえてきた声に顔をあげる。もう一人の幼馴染、ミーナ・ストウリ公女だ。ちなみに、ミーナには姉がいた。俺達三人がどうやって出会ったのかはもう覚えてはいないが、俺達三人の共通点は“王位や家督の第一後継者ではない”という事だ。
「ミーナ、久しぶりね! この場所でこうして会うのは何年ぶりかしら?」
ここは、幼い頃から三人でよく集まっていた王宮から少し離れた森だ。監視もいないし、獣もいない、とても便利な場所だ。久しぶりに再会したミーナの姿に、エレナは涙目ではあったものの微笑んだ。
「…恐らく、五年になるかと。」
「会えたのは一月ほど前だったよな。ストウリ公爵と共に城を歩いている姿を見かけたが、もう宰相の仕事に関わっているのか?」
「…父に同伴する形で仕事をする事になりました。まだまだ未熟者ですが、この前私が出した考えを有益な物であると採用してくださり、評価して頂けました。」
「凄いわ、流石ミーナね!!」
ミーナは俺達とは違い、ストウリ公爵家と宰相を継ぐ事になった。ストウリ公爵はこの国の宰相を務めている優秀な公爵だ。
本来は長女であるミーナの姉が公爵家と宰相としての立場も継ぐ予定だった。しかし、ミーナの姉は宰相としての才能がなかった。ミーナはとても頭が良くて才能があったから、俺もエレナも、ミーナが宰相になった方が良いと思っていた。だからストウリ公爵と話をして、父上にミーナの事を推薦したのだ。そのお陰でミーナが宰相を継ぐ事になった。その後、ストウリ公爵家もミーナが継ぐ事になった。ミーナの姉は、別の国の公爵と結婚してこの国を離れた。ミーナは宰相、公爵家の為の勉強をする事になり、それ以来会う事が出来なかった。
「…なぁ、ミーナ。何故そんな堅苦しい言葉遣いなんだ?」
ミーナが挨拶をした時から気になっていた。昔のミーナは堅苦しい言葉なんて使わなかったからだ。勿論、王子である俺の方が身分は上だが、俺達三人にはそんな事は関係なかった。人目のない所では砕けて話していたというのに。
「…己の立場を弁えているだけで御座います。フレック王子は王子様なのですから。さらに、エフラナ王国の王女様の婚約者になられた方ですしね。そして、同じ公女であってもドラーナ帝国の第二王子の婚約者である、メイル公女様の方が立場が上なだけで御座います。」
ミーナの言葉に胸が苦しくなる。ミーナの何処か他人行儀な、俺達との間に壁があるような態度よりも、今直面している問題を思い出す。
「…た、頼むミーナ! 俺達、どうすれば良いと思う? どうすればまた、俺達の婚約が認められるんだ?!」
「ミ、ミーナ…お願い、助けて!!」
俺達はミーナに縋る。ミーナは昔から困った時、良い案が思い浮かばない時に俺達を助けてくれた。今回も何か解決策を導いてくれる筈だ。
「申し訳ありませんが、それは出来ません。」
けれど、俺の期待をミーナはすぐに捨て去った。考える様子もなく、即答してきた。
「まっ、待ってくれ! 確かに、これまで以上に難しい問題かもしれない。しかし、考える事を諦めないでくれ!!」
「お、お願いミーナ! 私達はずっと婚約者だった。それが突然こんな事になって…余りにも理不尽よ!」
「そ、そうだ! 国の為だ、利益がないだの、そんな理由の為に俺達の気持ちを無視して…おかしいだろ、こんな事は!!」
俺もエレナも、権力に固執なんてしていない。ただお互いを愛しているだけだ。そんな俺達の気持ちを考えずに国の利益の為に将来を決められるなんて…。
「……何がおかしいのですか? 国の為、利益を最優先に考えるのは当然の事ですよ。」
しかし、ミーナは淡々と言葉を返してきた。
「ミ…ミーナ、一体どうしたの?」
俺達の知っているミーナは、何時だって俺達の味方をしてくれた。なのに今のミーナは冷たく、俺達への親愛も感じない。ミーナの様子に、俺もエレナも戸惑う。
「…お伝えいたしますね。お二人の婚約を解消した方が良いと提案したのは私です。」
「……えっ?」
「…な、何を言っているんだ?!」
戸惑う俺達に、ミーナはあり得ない事を言ってきた。何を言われているのか理解できない、したくない。
「フレック王子は、王位に興味がありませんね。そして、バレット王子とデイビッド王子のどちらが王位を継承しても構わないと仰いました。現に、フレック王子は派閥争いに何の影響も与えておりません。そして、メイル公爵家も派閥に関係していない中立の立場で御座います。そんなお二人が婚約する事は何も問題はありませんでした。しかし、国にとっての利益もありません。メイル公爵家の公女が王家の一員となる事によって、メイル公爵家の立場が上になるだけです。」
フレックがもし、王位に関心があるならばメイル公爵家と繋がる事で力を得ようとすると考えられたかもしれない。どちらかに肩入れしていたら、メイル公爵家もどちらかを支持する立場になった。肩入れした側の勢力からは歓迎されるが、反対側は邪魔したかもしれない。もしくは肩入れした側に、もっと有利になる婚約をして欲しいと言われたかもしれない。フレックはそのどちらでもなかったから、すんなりとエレナと婚約する事が出来た。
「ですが、国の為に、利益を考えるならばお二人の価値を別の国に向けるべきだと考えたのです。我が国と他国との繋がりを強くする為の架け橋になって頂きたいのです。この提案をした所、王も、バレット王子もデイビッド王子も異論はなく、賛同されました。
これはお二人にとっても良いお話の筈です。フレック王子は女王様の伴侶、王配の立場を手に入れます。そして、エレナ様は第二王子様ではありますが、我が国よりも強いドラーナ帝国の王弟妃になれるのです。場合によっては王妃になる事もあるかもしれません。お二人が結婚するよりも、高い地位に居られるのですよ。」
「そ…そんなっ…ミ、ミーナァ…う、ぅぅっ!」
ミーナは何も問題なんてないと言わんばかりに話を進める。そんなミーナにエレナは顔色を悪くして泣き始めた。俺はそんなエレナを見て、ミーナの胸倉を掴んでいた。
「っ、何をするのですか…。」
「…その他人行儀な言葉遣いをやめろ。それと、巫山戯るなっ!! ミーナ、お前が、なぜお前がこんな事をするんだ! お前は俺達の幼馴染だろ? 俺とエレナが想い合っていた事を知っていただろう? あと少しで結婚できたんだ! お前がそれを知らない筈がない!! それなのに、どうして俺達を苦しめようとするんだっ……答えろ、ミーナァァ!!」
胸倉を掴まれて、苦しそうにするミーナを気遣おうとは思えない。よりによって、信頼していたミーナのこの行動は、もはや裏切りとしか感じられない。
「…や、やっぱり…ミーナ、そうなのね?」
怒り狂う俺の耳に、エレナの声が入ってきた。エレナは涙を拭うと俺とミーナを見た。
「ねぇ、ミーナ……貴女は、フレックの事が好きなのよね?」
「………え?」
エレナの言葉に、俺はミーナの胸倉を掴む手を緩めてしまう。ミーナが、俺を、好き?
「ミーナが公爵家と宰相を継ぐ事になってすぐ、ミーナとは勉強で忙しいからって会えなくなったわ。でも、すれ違う事もないほど会えないなんて可笑しいと思ってたの。ミーナは頭が良いのに、そんなに勉強ばかりする事があるのかなって。だから、もしかしてミーナは私達に会いたくないって思ってるんじゃないかしらって思っていたの。でも、喧嘩をした事もなかったし分からなかったわ………今思い出したの、ミーナと会えなくなる一日前に、私とフレックは婚約者になった…だから、よね?」
エレナの言葉に、俺は目の前のミーナを呆然と見つめてしまう。
「…ミ、ミーナ。もしかして、エレナに嫉妬して、俺達の婚約を邪魔したのか?」
ミーナは俯いてしまい、表情は見えない。ミーナの想いに、俺は全く気が付かなかった。今まで、俺とエレナが想い合う姿を見て、婚約者になった事を聞いて、どんな気持ちでいたのだろうか……それが辛くて、俺達を見たくないと思っていたのだろうか。ミーナに対して罪悪感が溢れてくる、なんて言えばいいのか分からなかった。
「ミーナ…。」
エレナも辛そうに、悲しそうにミーナを見ている。けれど、それでもミーナのした事をこのままにしておけなかった。どんなにミーナが俺を好きでも、俺が愛しているのはエレナなんだ。嘘をつく事なんて出来ない…。
「…ミーナ、すまなかった。気持ちに気付かなくて。でも、こんな事はやめてくれ。俺はエフラナ国には行かない、この国でエレナと一緒に居るんだ。」
「フレック…! えぇ、私もよ!」
エレナは俺を見て、涙目で微笑んでくれた。
「ミーナ、この婚約の話を無かった事にしてくれ。その、出来る限りの謝罪をする。俺は…お前の事を今も昔も大事な幼馴染だと思ってるから、これからもそれは変わらない!」
「…ミーナ、私はミーナの事を恨まないわ。これからまた、時々一緒にお茶しましょう。その…勿論、ミーナが私の顔を見ても平気ならだけれど……私は、いつまでも待ってるから。」
知らないうちに、俺達はミーナを傷つけていた。これ以上ミーナを責める事は出来ない。ミーナの思いは複雑だろう。それでも時間が経てば、また三人で助け合える、笑い合える幼馴染の関係に戻れる筈だ。でも、それでもまずは今回の嫌がらせは解決して貰わなくては。
「…ミーナ、今すぐ俺達と共に父上の元へ行こう。」
俺の言葉に、ミーナは顔を上げた。
後半へ続きます。