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赤い四季報

 いつもなら金曜日に発売される会社四季報が、今回は月曜日に発売された。

 2024年新春号。

 例のごとく、部費を握りしめて、わたしは本屋へ向かった。

 3年生が引退し、二冊分少なくなった。ずいぶん軽くなった。それでも、4冊も買ってゆく客など、まずいまい。

「いつも、ありがとね」

 本屋のおばさんは、手提げの紙袋に分厚い本を丁寧に入れて、手渡してくれた。


「でも、こんな本たくさん買って、あなたたち、なにやってるの?」

「株式投資」

「あらあ、むずかしいことやってるのね」

 決して易しい話ではないから、縦に首を動かした。

「にいさ? っていうの? なんか始まるんでしょ」

 NISAは既にある制度ではあるが、新NISAが始まることは間違いないので、もう一度、頷いた。

「この間も、信用金庫の人が来て、始めませんかとか言われたけど、よくわからないから考えておきますと言ったのよ」

「そう」

「投資信託? って、わかる?」

「その名のとおり、投資を他人に託した商品。どこに投資すればいいのかわからない人が、投資のプロに託して、本人に代わってお金を運用してくれる商品と認識すればいい」

「それで儲かるの?」

「常に元本保証されているものではない」

「あら、怖いのね」

「ただし、投資信託にも種類があって、長い目で見れば安定的に高収益を実現してきた商品もある」

「へえ。オススメはある?」

「投資はあくまで個人責任であるので、誰かの推奨を鵜呑みにするのは控えるべきだが、万人にわかりやすいのは、インデックスの投資信託だろう」

「インデックス?」

「簡単に言えば、株式市場全部を丸々買ってしまうもの。例えば、日本の上場企業全部を買ってしまう」

「ふーん」

「個別株は、倒産すれば、最悪ゼロになる恐れがあるが、上場企業全部が倒産することなどない。経済は基本成長するものだから、株式全部を買えば、確実な運用益を得られると言われている」


 本屋のおばさんは、苦笑いをした。

「ごめんね、よくわかんない」

 そこにお客のおばあさんが来た。

「ああ、いらっしゃい」

 おばさんは、わたしに手を振って、笑顔を見せた。

 もう少し説明をして、おばさんの理解を深めたいとの衝動を覚えたが、やむを得ない。

 わたしは嵩張る本を抱えて、店を出た。


 もうクリスマスになろうかというのに、街路樹のイチョウの葉は、冬の西陽に照らされて、今を盛りと鮮やかすぎるほどの黄色に染まっている。冷たい空気に、どこまでも青い空。

 暑い暑いと過ごしてきた今年も、年の瀬になって、ようやく季節らしくなったよう。日本海側は大雪で大変らしいけれど、夏日の師走よりずっといい。などとかわいい先輩はのたまうのだろうか、と思いながら、学校に戻ると、

「ああ、ご苦労さま」

 出迎えてくれたのは、男の先輩だった。

 見慣れない本を広げて、ノートに書き込んでいる。不思議そうな顔でもしていたのだろうか。私の気配に気づいたのか、

「ああ、これ? 簿記の試験受けようと思ってさ」

 わたしが黙ってると、勝手に喋りはじめた。

 カレンさんが卒業までに簿記1級を取るって言っててさ、簿記なんて意味あるんすかって聞いたら、仕訳なんて今はソフトがやってくれるはずだから、いちいち人があれこれ考えてやるようなものじゃないだろうけど、ものの考え方を理解するにはいいんじゃないの、せっかくこんな部活やってんだったら、あとあと残るようなもの取ってていいとか言われて。まあ、資格の一つでも持ってりゃ、あとあと何かの役に立つかもと思ったんだ。


 わたしの通うこの高校は、いわゆる進学校ではなく、かといって底辺校でもなく、ましてや専門科高校でもなく、ごくありふれたといえばありふれた、言い方を変えれば、なんの取り柄もない生徒たちの集まりで、自堕落とは言わずとも、ただ何となく日々を暮らしている生徒が多いように感じる。

 月並みであることをこよなく愛し、仲間内で波風なく平穏に会話を続けられれば、それでよしとする。

 ここにカレシやカノジョが加われば、高校生活の思い出に華を添えると夢想する。性交渉まで至れば、大人になったと錯覚する。

 将来への展望はほとんどなくて、明確な目標など無きに等しい。部活も全体的に緩くて、この部活をやるためにこの高校を選んだなどという者は皆無に近い。いや、皆無かもしれない。

 そうした環境にあって、男子先輩の取組は、ぬるま湯のような日常からの脱却になるかもしれず、なにかにつけ、やる気のない言動に覆われていた殻が破れたのかもしれないと、好ましく感じた。

「無事、試験に合格することを祈る」

 取組への賛辞を告げると、先輩男子は少し驚いたような顔をしてから、ひと言呟いた。

「そりゃどーも」


 会社四季報の2024年新春号は、表紙デザインを変えた。

「日本企業が飛躍する2024年へ」

 とあり、国内企業の業績向上期待が著しい。

 今年の日経平均株価は年初の28,000円ほどから33,000円ほどへと17%上がった。

 東証プライムの時価総額は676兆円から831兆円へと23%上がった。

 これが今後の株価上昇の序章となるか、ここから調整に入るのか、多くは前者を想定する声が多いようだ。

 全体はともかく、新しい四季報が出れば、気になるのは自分の持ち株がどう書かれているかだ。


 ・コカ・コーラボトラーズジャパンホールディングス

「改善続く」とある。今年は猛暑の影響で飲料販売が伸びたことが大きく、値上げや物流効率化が奏功とある。いずれもわたしの見立て通りで、記載内容に違和感はない。


 ・愛知電機

「減益幅拡大」だとか。

 株価が伸び悩む一因かもしれないが、わたしはこれを割安株として買っている。

 なにせPBRは0.5倍を下回っている。しかも、配当利回りは4%を軽く超えている。財務に問題ない。

 あるいは、どこか企業が買収を仕掛けてくるかもしれない。


 ・レオス・キャピタルワークス

「好転」とある。

 株価はこのところ冴えない動きが続く。わたしの持ち株も大きな穴を開けている。

 けれど、運用残高は順調に増加とのことだから、いずれ株価も反転しよう。

 ここは、何と言っても年明けから始まる新NISAが大きい、はず。

 本当なら、買い増ししたいくらいだが、現金残高がわずかに足りない。


 ・三菱UFJフィナンシャルグループ

「最高益」だとか。

 金利ザヤ拡大と運用好調、為替差益が要因。

 米国は利下げに転換するも、絶対的水準は高金利であることに違いない。日銀も利上げにカジを切る。

 配当利回りもわたしの買値では4%近くあり、これからも増配が続くだろう。


 持ち株のいずれも、売る理由がない。

 今のところはそうだが、売るとすればどれほどになれば?


 ・コカ・コーラボトラーズジャパンホールディングス

 業績回復株だけに、EPSがどこまでになるか、ちょっと想定が難しい。仮に赤字になる前の水準にまで戻るとすれば、144円。

 食料品の来期予想が25倍らしいので、仮にこれを基準にするなら、144×25=3,600円。

 ただ、業績回復によって人気に火がつけば、PERは40倍程度まで瞬間的に上がるかもしれない。

 されば、144×40=5,760円。

 いずれにせよ、反騰の業績見通しが見えてくるのは、来年度の決算からだろう。


 ・愛知電機

 目先は減益幅拡大かもしれないが、先々EPSは700円程度を見込めると、わたしは踏んでいる。

 PERは現在7倍程度だが、利益が戻ってくれば10倍程度にはなろう。700×10=7,000円になる。

 PERが市場平均の15倍まで上がれば、700×15=10,500円も見込める。

 むしろ、安値でのTOBを心配したほうがいいかもしれない。今の株価の5割増でTOBなら5,250円程度、上の見込みには遠く及ばない。


 ・レオス・キャピタルワークス

 EPS180円はそう遠くない将来に見込めるものと思われる。新NISAによる運用資産の拡大が想定されるため。

 市場人気がなく、今のPERは10倍にも満たないが、利益の裏付けが伴えば、20倍、30倍にもなり得ると踏んでいる。仮に20倍なら、180×20=3,600円。30倍ともなれば、5,400円。


 ・三菱UFJフィナンシャルグループ

 EPSがそう劇的に増えるとは思わないため、今期見通しのEPS110円から増えても、せいぜい130円程度と思われる。PERも12倍程度がいっぱいいっぱいではないか。

 130×12=1,560円が株価の見通し。ただ、都銀株の魅力は、株価の上昇より、配当金の上昇にある。


「いいんじゃないの? 見通しなんて、それぞれが自由に立てればいいんだから」

 わたしの見解に、かわいい人は、幾分つきはなしたような物言いをした。

「EPSの予想なんて、どこに根拠を置くかで、いくらでも変わるから。いくらになるかより、成長の見通しがあるかどうかを見極めればいいんじゃない?」

 そうして、こう付け加えた。

「ROEとかROAなら、まだいいんだけど、ROICだ、WACCだと言われると、よくわからないのね。ひとつはあたしの頭の出来がわるいからなんだろうけど、そこまで数字をこねくり回さないと、将来見通しって立てられないのかな? つーか、先のことなんて誰にもわからないのに、あんまりこまごましたことに気にするのもどうかなって思うのね」

 わたしには、まだわからない。なにもわかっていない。ただ、かわいい人が言うように、数字の前に、現実世界で起こる諸々から、自分なりに見通す目がまず必要であることは、間違いないと思った。


 2023年12月15日現在 わたしのポートフォリオ

 ・1678 NEXT FUNDS インド株式指数 Nifty50 連動型上場投信 1,400株 買値300円 株価322円 時価450,660円 含み益30,660円

 ・2579 コカ・コーラボトラーズジャパンホールディングス 200株 買値1,530円 株価2,004円 時価400,700円 含み益94,700円

 ・6623 愛知電機 100株 買値3,615円 株価3,575円 時価357,500円 含み益▲4,000円

 ・7330 レオス・キャピタルワークス 300株 買値1,358円 株価1,092円 時価327,600円 含み益▲79,800円

 ・8306 三菱UFJフィナンシャルグループ 400株 買値1,067円 株価1,205円 時価481,800円 含み益55,000円

 現金 95,517円

 時価総額 2,113,777円 含み益113,777円 含み益率6%



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