お金の使い方
どんな格好をすればいいのか悩む日々が続いている。
11月になったというのに、夏日がやってきた。と思えば、今度は12月並みの寒波。
色づく木々は、なにを感じてるのかしら。
などと詩的なことを言って、部活の先輩は微かに首を傾げた。くりんくりんの長い髪を心持ち揺らしながら。
植物がなにを感じているのか、科学は明らかにすることができているのだろうか。
そんな疑問が浮かんだけれど、ここでそれを口にしても誰も答えを出せる者はいないと判断して、わたしは黙したまま、お人形さんのような先輩を見ていた。
先輩はくすっと笑って、
「あー、志帆子ちゃん、木がなにかを感じることなどない、とかって思ったでしょう」
と言った。
とかって思ったわけではないが、ここで否定してもなにか生産的な話につながるとも思わなかったので、
「とかって思わなかったわけではない」
と返答した。
「やっぱりぃ。志帆子ちゃんが考えてること、わかってきたんだからね」
先輩はおかしそうにそう言ったけれど、わかってきたかもしれないが、わかってるわけではないと思った。とは言え、それを言ったところで生産的な話に決してなるまいと考え、先輩への返答は控えた。
返事もしない後輩に気を悪くするそぶりも見せず、先輩は次の話題に移っていった。
3年生が引退して、はやひと月が過ぎた。
株式投資部は部員が3人になった。聞くところによれば、この高校の部活動はかつて部員数が5人未満なら「部」として認めていなかったらしい。しかし、少子高齢化の荒波は、容赦なく高校にも押し寄せた。クラス数の減少に伴い、部活動の定員を3名以上に改めたのだという。
てことで、2年生2人、1年生1人の3人しかいなくなった我が部も、仮に来年度、誰も入ってこなくとも、かろうじて部として存続できる。
などと考えていたら、先輩は「3年生がいなくなって淋しくなったわね」と言った。
「来年はしっかり部員入れないと、志帆子ちゃん、もっと淋しくなるから、頑張ろうね」
頑張る? なにを?
わたしは一人でいることを厭わないから、無理して部員募集に励まなくても差し支えないと考えるが、先輩がわたしに気を遣ってくれてのことと理解はするので、小さく縦に首を下げた。
そんな中、衝撃的なニュースが飛び込んできた。
メジャーリーグのプロ野球選手、大谷翔平が日本中の小学校各校に野球のグラブをみっつずつ、合計6万個を寄贈するという。
大谷翔平が「二刀流」で有名なことも、日本が優勝したワールドベースボールクラシックで中心的な活躍をしたことも、「情報」としては知っていた。
部室でも、先輩がアイドルを見るかのようにキャーキャー騒いでいた。
わたしはというと。
なんの興味もなかった。そもそも、野球に興味がない。だけでなく、他人がプレイするスポーツ全般に関心がない。
けれども、今度のニュースはスポーツの話でもプレイの話でもない。お金の使い方の話だ。稼いだ大金をこのように社会へ還元する方法があるのかと、まさに目からウロコが落ちる思いだった。
野球人口が減ってるそうだ。
子供の数そのものも減ってる。
そうした中、野球人気の回復について、いろいろな人がいろいろな提言をしていたと聞く。べき論も数多くあったろう。
けれど、大谷翔平の今度のグラブ寄贈は、おそらく数多の議論・提言よりはるかにわかりやすいし、かっこいい。
「いいかい、お金って、未来のために使うんだよ」
「いいかい、たくさんのお金を自分一人で抱えてても仕方ないんだよ」
「いいかい、そのお金が世界を動かすきっかけになるようにするんだよ」
わたしには、そう言われたように思えた。
と、いう状況で部室のパソコン画面を眺めていると、お人形さんのような先輩がそばに寄ってきて
「あたしの翔平、やること違うんだから」
と身悶えした。いつからあたしのものになったのかと思ったけど、なっているはずがないので、敢えて反応はしなかった。すると
「志帆子ちゃん、こんなことしたいって言ってたよね」
顔を向けると
「ほら、志帆子ちゃん、入部したとき言ってたよね。世界を変えるとかって。それって、こういうことしたいって言ってたんでしょう」
わたしは、薔薇色の頬とつぶらな瞳を見つめた。小さな口元には微かな笑みが浮かんでいた。
「そう」
「先にやられちゃったね」
「誰がやればそれで終わりというものではないはず」
先輩は「きゃは」と笑った。
「そう、その意気。でも、こんなふうに鮮やかな使い方できる方法を考えなきゃね」
わたしはしばらくお人形さんのような愛らしい顔を眺めた。そこには明らかな意思が秘められているように思われた。
「お金の使い方の見事な実例をわたしも見させてもらった。かくも目的が明確で、かつ人々に希望と将来展望と憧憬を与える使い方に衝撃すら覚えた。しかし」
「しかし?」
「その前にわたしはまだ何者でもない。人を動かす資本もない。よき先例を齢16で見させてもらったことを僥倖とし、まずは資本を握ることに専念したいと考える」
愛らしい姿をした先輩はふふっと笑って、小柄なわたしにふわっと抱きついた。甘い匂いがした。そこに、もう一人の部員、唯一の男子部員がおもむろに入室してきた。
「百合かよ」
彼はひと言そう呟いて、どさっとバッグを椅子の上に下ろした。
世界は変動している。
武力による国境線の変更が前世紀までの遺物ではないことが明らかになり、今度はイスラエルとパレスチナで市民を巻き込んだ戦争が勃発した。憎悪の激突は当地に留まらず、ユダヤ教とイスラム教が関わる処なら世界中を問わないところまで拡大する恐れが出てきた。
世界経済はアメリカの先行きに不安があり、中国もコロナからの回復が鈍い状況。
日本はインフレによる物価高から価格転嫁できた処は業績を上げている。日銀は徐々に金利を上げる方向に向かっている。お金を借りるにもレンタル料がかかるという当たり前の状態に回帰しつつある。
ただ、政治は迷走している。
顧問曰く、岸田首相はイギリスのトラス元首相のようだと。
トラス? 誰?
スマホを見れば、財源の裏付けもなく大型減税を宣言したため、市場に大混乱をもたらし、わずか45日で辞任に追い込まれたとある。
インフレ抑止を目的に利上げを進めていたのに、いきなり大型減税を打ち出したため、何がしたいのかわからないと批判されたのだそうだ。
確かに似ている。
インフレ傾向を受けて日銀が利上げ方向の中、減税は緩和につながる。
顧問はこうも言った。
「あなたたち若い人たちはもっと怒っていい。借金増やして減税するわけですからね。それ、誰が返すの? と考えたとき、どうしたって今の首相の世代が生きている間ではありませんから」
それを聞いて、お人形さんのような先輩が呟いた。
「やってること、あたしの翔平と真逆じゃん」
わたしの持ち株は今のところ、次のとおり。
・1678 NEXT FUNDS インド株式指数 Nifty50 連動型上場投信 1,400株
・2579 コカ・コーラボトラーズジャパンホールディングス 200株
・6623 愛知電機 100株
・7330 レオスキャピタルワークス 300株
・8306 三菱UFJフィナンシャルグループ 400株
それぞれ投資目的は。
インド株式は、インドの将来性に投資したいと思ったため。インドの人口は中国を抜いて世界一になったとみられる。中国と違って若い世代が多いことから、かつての日本や中国のような高成長が期待できる。インドのインデックスなら、インド市場そのものを買えるので、日本から投資するには最適だと考えた。
コカ・コーラは業績回復株として。コカ・コーラはここ数年、赤字続きで有利子負債も多く、株価も低迷している。しかし、フリーキャッシュフローはプラスで、そのブランド価値は絶大だ。インフレのため、値上げが許容される環境変化もある。地球温暖化による気温上昇が、この会社の製品需要を継続的に高めることも期待できる。赤字体質から脱却するなら、売り込まれていた株価が反転高騰する見込がある。
愛知電機は割安株として。PBRが0.5倍ほどに過ぎず、PERは7倍ほどと格安に放置されている。時価総額340億円ほどに対して、ネットキャッシュは40億円あり、TOBの対象ともなり得る。そうなれば、短期間のうちに株価が高騰する可能性がある。もしTOBにならなくとも、配当金の利回りが4%以上つく。
レオスキャピタルワークスは成長株として。ひふみブランドの投信を扱う。インフレになって銀行預金ではお金が目減りすると考える人が増えると、投資に踏み切る人が増える。有利子負債はなく、配当金がつき、EPSが順調に増える見込みにもかかわらず、PERは10倍程度に過ぎない。今後、株価が急騰する可能性がある。
三菱UFJは安定株として。国内最大の金融グループで、今後、インフレが進み、日銀の金融政策が見直され、金利が上昇すれば、恩恵を最も受ける。株価は既に一時に比べて倍以上に高騰しているが、PBRは0.75倍程度に過ぎず、PERは10倍に満たない。配当金が毎年増加していることも好ましい。
2023年11月10日現在 わたしのポートフォリオ
・1678 NEXT FUNDS インド株式指数 Nifty50 連動型上場投信 1,400株 買値300円 株価311.3円 時価435,820円 含み益15,820円
・2579 コカ・コーラボトラーズジャパンホールディングス 200株 買値1,530円 株価2,035円 時価407,000円 含み益101,000円
・6623 愛知電機 100株 買値3,615円 株価3,600円 時価360,000円 含み益▲1,500円
・7330 レオスキャピタルワークス 300株 買値1,358円 株価1,108円 時価332,400円 含み益▲75,000円
・8306 三菱UFJフィナンシャルグループ 400株 買値1,067円 株価1,245円 時価497,800円 含み益71,000円
現金 78,300円
時価総額 2,111,320円 含み益111,320円