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1-3 魔女の喫茶店(後)


 ティータイムのピークを過ぎ、かしましい友人たちも帰路へと着いた。

 店内は最後の一名様を残して店じまい目前。

 うちはディナーはやっていないから、大抵この時間には閉店の準備を始めている。


 で。

 ラストワンなお客さまは、言わずもがなのユーガーさんなわけですが。


 ……普段どおりの彼なら、閉店までのんびりしてくれるのもやぶさかでないんだけど。

 空いたお皿を自主的に下げたり、労いの言葉をかけてくれたりする、紳士ないつもの彼ならば。



(……なんか、空気が渦巻いてるう……)


 きつく握り締めた拳を膝に据え、厳めしい佇まいは精神修養する武道家が如し。

 じっと無言で座り込む彼に、寄宿(やどかり)妖精たちも不気味がって近付こうとしない。

 お皿もカップもすでに空のようなのだが、下げに行きづらい雰囲気がびしばし。


(ケーキの感想とか聞きたかったんだけどな……)


 今日はいつもの「美味しかったです」、もらってないし。

 思っていたより彼の言葉を励みにしていたらしい自分を自覚する。


 お客さまの前で掃除なんて始めちゃっていいものだろうか。

 床みがきをしたい家政妖精たちも足元でそわそわしているのだけど。


「このまま石になられても困るしなぁ……」


 しばらく悩んでみたけれど、時間が解決してくれる様子もなし。

 意を決して話し掛けてみようかと、そろりそろりと、彼の側に近付いてみる。


「あのぉ……」

「――――あの!!」

「はいぃっ!?」


 すると逆に気合裂帛の様相で呼び掛けられたものだから、びっくりして飛び跳ねた。

 立ち上がった勢いでひっくり返った椅子が、がらがったーん! とけたたましい音を立てると、妖精たちは蜘蛛の子散らすように逃げていく。

 静まり返った喫茶フロアは、一気にわたしとユーガーさんの二人だけになった。


(……んもう! いつもと違って心臓に悪い、このユーガーさん……!)


 ……まあでも、とにかく解凍してくれてよかった、と思うことにしておこう。

 こっそり深呼吸して胸の鼓動をなだめると、改めて彼に向き直った。


「え、ええと。何でしょう」

「…………。さっきの……薬、なんですけど」

「ええ、はい。アレが何か?」


 いつになく硬い声で切り出される。

 さっきの――というと、彼がしきりに気にしていた黒い薬瓶のことだろう。

 もう薬棚に戻してきたから、ユーガーさんの視界に入ることはないんだけど、まだ気になるのだろうか。


 ……あらためて注意されたりするのかなぁ。

 優しいユーガーさんに叱られるのは、ちょっと気が重い。


「……あれは、あなたが作ったもの……なんですよね?」

「……? もちろん。うちのお薬はみんな、わたしが責任もって手作りしてます」

「そうですか……そうですよね……」


 憂鬱な気分で待っていたわたしに向けられた問いは、お叱り以前の基本的な確認で、なんだか要領を得ない。

 その重苦しさに首を傾げながら、正直に肯定しておいた。


 受け継いだレシピも多いけど、土地が変われば薬草の質や分布も変わるもの。

 地道に改良を重ねた、わたしの研究成果といって差し支えない。


「ふーーー……」

「…………」


 深く息を吐いたユーガーさんに、今度こそ叱られる? と身構えた。


 伏し目がちな瞳が湛える悲愴感に、胸がずきずきする。

 ……うう。こういう罪悪感をあおる叱り方、苦手だなぁ……。

 両親や家族はストレートに「コラーッ!」ってタイプだったから、余計に。


 個人的に一番『魔女(わたし)』に偏見を持って欲しくないと思う人に拒否感を示されるのは、結構堪える。

 もう厳しいコトを言われるのは仕方がない。

 覚悟を決めて、でも先に謝ったら少しは手心加えてもらえないかな? と、最後の悪あがきに口を開いて


「あの、ユーガーさん……」

「……ごめん。俺……魔女さんの薬は、病気やケガを治す(たぐ)いのものばかりだと、勝手に思い込んでて……」


 思いがけない逆謝罪に目を瞬かせる。


「……え?」

「……こんな、ショック受けたりする立場じゃないって、わかってるのに……」


 苦渋に満ちた呟きを耳にした瞬間、頭の中の雲が一気に晴れた。



(…………ああ!!)



 ――――なるほど!

 だからそんな反応だったんだ!



 ようやく腑に落ちた。

 ユーガーさんが挙動不審だったのは、わたしが毒薬を振り回してたからじゃなくて――


 そもそも、いわゆる『薬』と真逆のモノを(うち)で取り扱ってると思ってなかったから、あんなに仰天してたってコト……!?


 半年通っていれば知る機会もありそうなものだけど、たしかに彼が来る時は八割……いや九割五分くらい喫茶の利用。処方するとしても軽い傷に使う膏薬か、栄養剤ばかりだったものね。

 例えるなら、恋文を預かる郵便屋さんに「(えん)()(まもり)を売ってる」と言われたような――……いや違うかも。いい例えが思いつかないけど、うん。


(うわー、テンション上がって恥ずかしいコトしちゃったと思ってたけど……)

 あらためて魔女の仕事をプレゼンする機会になったなら、ヘンなポーズした甲斐があったー!


 ――見えた! 叱られ回避ルート!

 薬も毒も紙一重。用量と用途によって良い面も悪い面もあるのだと誠心誠意伝えれば、彼ならわかってくれるはず。

 あとはユーガーさんの綿毛のハートを上手いことフォローして、今後も末長くお付き合いいただけるように尽力するだけのこと……!


「そう、そうなのです。魔女の手仕事っていろいろあるのよ?」

「それは……そうでしょう、けど……」

「もうちょっと広い目で見てほしいの。狩猟者の人(ユーガーさん)は疎い分野の話かもしれないけど、ああいうモノの力を借りたい人は大勢いるんですから」


 暗い気持ちが拭われて、わたしの口もよく回り出す。

 わたしの作ったものはまだ利用者が少ないけれど、農薬は需要も多いし、決して悪い目だけで見るべきものじゃない。


「見下したものではありませんよ。ああいう小さな努力こそ、バラ色の未来へ繋ぐ架け橋なのです」

「ば……バラ色……」


 たかが虫除けと言うなかれ。害虫被害を減らせれば、収量が増えて収入も安定する。余裕が生まれれば未来の選択肢が広がるということ。

 病害虫に野の獣と、畑の守りに苦心する故郷の農夫さんたちを助けてきたひいおばあちゃんは、いつも拝まれるほどの感謝を受けていた。

 だからこれくらい大仰な言い方をしても間違いじゃないはずだ。


「……その……じゃあ、やっぱり魔女さんも、()()()()……?」

「もちろん。わたしも欲しい時あるから、普段から数本は作り置きして――」


「欲しい時あるんですか!?」

「あ、ありますけど……」

「……あるんですかー……」


 前のめりに(ただ)すユーガーさんに思わずのけ反った。


 ……あるよね? 殺虫剤欲しい時。

 そんなに「信じられない」みたいな顔されると不安になる。


 店で出すハーブ類もわたしが育ててるって話はしてあるはずだし……なんだろう、ちょっと噛み合わない感じ。

 わたし、まだ何か勘違いをしてるんだろうか……。


 (……もしかして、もしかすると……あれとか?)


 ……ユーガーさんって――――実は、現役昆虫大好き少年……?


「……あの!!」

「ふぁいっ?」


 横道に逸れかけた思考は、ぐっと近づいた彼との距離に引き戻される。

 気がつくと、ユーガーさんの大きな両手が、わたしの肩を包んでいた。

 痛みを感じるほどの力は込められていないけど、洋服越しにも手のひらの熱が伝わってくる。


「…………」

「ユーガー、さん……?」


 切羽詰まった顔をしてるくせ、その力加減にはわたしへの気遣いを感じる。

 ……逃げようと思えば逃げられるのに、どうしてだろう。

 その熱さを思うと、ほんの一歩の後ずさりさえ憚られた。


(ユーガーさん、顔、真っ赤……)


 あてられたように、こっちまで胸のあたりがむずむずと火照ってくる感じ。

 こめかみから流れた汗が、彼の真剣さの証のように透明に光った。


「……アガテ、さん」


(……あれ? 今の……)

 搾り出すような呼び声が、やけに新鮮に耳の奥に響く。

 その幸福な違和感の正体を理解するより早く、林檎のような頬した年上の人が、わたしに向かって精いっぱいの言葉を叫んだ。



「……その薬――――俺が飲ませてもらうわけには、いきませんか!?」

「いきませんけど!?」



「…………い、いきませんかー…………」


 倍くらいの声量で、全力の全否定(ノー)をお返しする。

 ユーガーさんがガックリ項垂れた拍子に、熱っぽい手のひらは離れてしまった。


 本当に、突然なにを言い出すんだろうこの人は……!

 毒だってことは、自分が散々危惧していたでしょうに!


「ヘンなコト言わないで! いくらわたしだって、そんな冗談言われたら怒りますからね!?」


 頬が熱い。怒った勢いで顔に血がのぼったみたい。

 まだ手の感触が残る肩に触れながら睨みつけると、仔犬みたいに潤んだ瞳とぶつかって、つい目を逸らしてしまった。


「……笑い話だって言われても仕方ないって、わかってる。けど――」


 そんな顔するのはズルいと思う。

 まるで、わたしが悪いことしてるみたいな気になってくるじゃない。



「俺はやっぱり、魔っ……あ――アガテさんの!

 ()()()()薬を飲ませる相手として、見てもらえたら、って――――」


「バカっ!! 見るワケないでしょう!?」



「…………ナ……ナイデスカー…………」


 とんでもない言い草に頭がカッとなる。

 食い気味に怒鳴りつけると、見る見るしおしおに萎れていくユーガーさん。

 ていうか()()()()相手に選んでほしいなんて、ひとをどんなヤバい魔女だと思っていらっしゃる――――!?


「――あのねぇっ!」


 形勢逆転。今度はこっちが叱りつける番。

 けれど腹立ちのまま言葉を浴びせようとして、しょぼしょぼになったユーガーさんの姿に勢いが削がれる。


「…………」

 いつものおおらかで優しい彼はここにはいない。

 ここにいるのは限界までこってり絞られて、毛艶を失ったおっきいワンコだ。


(……うん。自分より心乱れてる人を見ると冷静になれるというか……)


 やっぱり、何かおかしい。

 さっきから慌てたり(ども)ったり、明らかに様子がヘンだし。どう見たっていつものユーガーさんじゃない。

 もしかしてあのトンデモ発言は言葉どおりの意味じゃなくて――余程のコトがあって、わたしに思いを打ち明けたいのかもしれない。



 もう一度考えてみよう。


 魔女(わたし)に。

 毒薬を。

 飲まされたい。


 そして断られたらあの落ち込みよう。


 余分な情報はシャットアウト。

 上記の事柄のみを前提に、導き出される推論は――――



「いいですか、ユーガーさん。よく聞いて」


 だらんと垂れ下がっていた彼の手を、両手でぎゅっと掴まえる。

 大きくてかさついた狩人の指が、怯えるウサギのようにびくんと跳ねた。


「どんなに思い詰めてたとしても――わたしの薬は、そういうコトの役には立てないわ」

「あ……」


 消え入りそうな声に罪悪感をちくりと刺激される。

 けど、きちんと言わなきゃ。

 どんな苦痛を負っていたとしても、わたしの作った毒を頼って楽になろうとするなんて受け入れられない。


「でも、わたしを相手に選んでくれたのはうれしかった。本当よ? だから――」


 たしか診療所のオイゲン先生は故郷(うち)の村に往診に出ていて、しばらくは戻らないはず。

 ユーガーさんはいろいろあって、ご両親とは離れて暮らしているって話だし。

 体の悩みにせよ心の悩みにせよ、打ち明けられる相手がいなかったんだろう。


 ――そこで、馴染みの店のわたしだ。

 いきなり思い詰めた方向に突っ走っちゃったのはどうかと思うけど、どんな形でも、頼りにされたのは素直にうれしい。

 頼みの綱にされるくらいの間柄にはなれてるってことだもの。


「まずはもっと話をするところから始めましょう? あなたのことをよく知らないと、出せる(モノ)も出せないもの」


「――――……!」


 暗く澱んでいた瞳に光が灯る。

 詰めた息をほう、と解くと、ユーガーさんは気恥ずかしそうに頭を下げた。


「……アガテさんの言うとおりだ。……ごめん、それに――ありがとう。

 困らせるようなこと言ったのに、そんな言葉をかけてくれて」


 ……よかった。彼も少しずつ落ち着きを取り戻してきたみたい。

 勘違いの積みかさねでこじれかけたけど、なんとか上手くまとまりそう。


「本当に面目ない……。あなたの手元にあんなモノがあるって聞いたら、俺……気が急いてしまって……」

「いいんです、いいんです。人間、余裕がない時はそういうこともあるわよ」


 視線がこちらに戻ってくる頃には、張り詰めた色は消えていた。

 もうすっかり思い直してくれたみたい。

 やっぱり言葉を尽くしたコミュニケーションって大事よね。


「そうですよね、名前も知られてない相手に何言ってんだって話で……」

「え、知ってますよ。ダグハルトさん。ダグハルト・ユーガーさん、でしょう?」


「え」


 固まってしまったユーガーさんに、こっちの方が首を傾げる。

 彼の顔なじみはみんなそう呼んでいるし、わたしだって最初の頃に名乗ってもらってるし。なにより大事なお客さまの名前を忘れるはずがない。


 そうそう、引っ越して来たばかりの頃は、田舎のノリで馴れ馴れしくしすぎないようにってみんな名字で呼んでいたんだっけ。

 大体途中で「堅苦しい」「名前でいいよ」って言われてたから呼び替えていたけど、ユーガーさんは特に言われないからそのままだったなぁ。


(そういえば……)


 いつの間にか、彼も名前で呼んでくれている。

 『魔女さん』も街の人からの親しみを感じて好きな響きだけど。名前を許されるのは、魔女(わたし)としては結構 特別なことだ。もちろん、女の子としても。

 折角だから、わたしも合わせてみようかな。


「時間があるなら、お茶をもう一服いかが? ダグハルトさん。

 まだお店に出していない、わたしのとびっきりを出してあげる」


 すみっこの席が定位置の彼とは、立ち話ばかりでじっくりと膝を突き合わせたことがなかった。

 そろそろ日暮れの時間だけど、狩猟者(ハンター)がこれから仕事ってこともないだろう。



 今日はもう店じまい。ここからは店主とお客じゃない“ふたり”の時間。


 ――――新しい友達との、楽しい団欒のひとときだ!



「これからは、いっぱいお話ししましょうね。ダグハルト……んー、ダグさん?」

「…………っ」


 弾む心のまま、仕事仲間の人たちに呼ばれていた愛称をなぞらえる。

 今までも仲良くしてもらえてたけど、呼び方を変えると、ぐんと距離が縮まった気がして気分がいい。


「ダグさん?」

「……はい……」


 さっきから呼吸が乱れっぱなしのユーガーさん、改めダグさんを見上げて首を傾げる。

 顔どころか指先まで真っ赤っかだ。

 ぐりん、と握った手をひっくり返して脈を探ると――うわ速い。

 こっちの指をドコドコ押し返すような拍動に、本気で彼の身体を心配する。


「大丈夫? ……お茶より熱冷ましの方がよさそう?」

「……おねがい、します……」


 やだ、なんかフラフラ今にも倒れそう。

 ひと段落ついたと見たか、家政妖精たちもわらわら集まってきているし。

 ブラシの列に轢かれる前に、階段を上がって魔女の仕事場へ避難しよう。



次話『狩人の一念』

更新をお待ちください。

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