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1-2 魔女の喫茶店(中)

(10月1日15時台の更新の際、元原稿の後半部分が消えていることに投稿後に気づいたため、書き直して再投稿しました。

 削除前にご覧いただいた方にはご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした)


 照れ屋さんには心の中でそっとごめんなさいしておいて。

 横ではそんなこと露知らずのミーツェが「ん~~っ」と甲高い歓声を上げる。


「あったかくてふわふわ~。やっぱりアガテの作るお菓子が一番だよぅ」

「ホント、おいし。帰りに少し持たせてもらえない? 旦那にも食べさせてあげたいかも」


 ちょっとした良心の呵責も、友人たちの笑顔には勝てないもの。

 ふわふわの巻き毛を揺らして喜ぶミーツェと、薄い唇をほころばせて尋ねてくるヒルダに、こっちも嬉しくなって相好を崩した。


「うん、持ってって。夜ならヒルダもお酒入りの方食べられるでしょ?」

「ありがと。実はそっちが食べたかったの」


 つまみ食いしたのはお酒抜きの干しブドウケーキ。

 酔っぱらうほど強い酒精じゃないとは思うけど、ヒルダとミーツェの強さもわからないし、帰ってからも家事とかあるだろうし。

 わたしもあまり飲んだことがないから営業時間中は控えておく。魔女術の細かい作業で手元がくるったりしたら困るものね。


 調薬とおまじないが魔女の本領。いくら売り上げが喫茶に偏っていたとしても、そこに対しては真摯でありたい。

 そう、売り上げが喫茶に偏っていたとしてもね!


「ミーツェも、卵のお礼に今度なにか焼いとくね。おチビさんたちにどうぞ」

「ありがとぉ! うちの家族もみんな甘いもの好きだから喜ぶよー」


 こう見えて大家族のお姉さんなミーツェが、口元にケーキのかけらをくっつけてうれしそうに笑う。

 ここ三人がおんなじ十八歳だっていうんだから世の中摩訶不思議だ。ヒルダの“不思議”はミーツェと逆の意味でだけど。


「アガテが(うち)に来てくれてホントよかったよー。おいしいお菓子を食べられるお店ができて」

「ふふふふふ。わたしの本業をお忘れでないかいお嬢さーん?」

「うーん? 何だったかしら。ここまで出かかってるんだけどなぁ?」

「どこにも引っ掛かってないでしょ絶対。さっき聞いたばかりでもう忘れたのー? ほら、一流の――?」


 喉元をとんとん、わざとらしく考え込んでみせるヒルダの前で、真っ黒い上着をヒラヒラさせる。

 お店の接客向きじゃない重たい外套(ローブ)代わりに纏う裾長のシャツワンピースは、着心地の軽さのわりに上手く魔女っぽさを醸し出せてると思う。オシャレと『らしさ』の狭間で揺れる乙女心の賜物なのだ。


「そうそう、一流のお菓子職人様?」

「ブブー! 魔女でーす!! 薬草とおまじないの専門家でーーす!!」

「あらやだ、まちがえちゃった」


 とぼけた解答にガーッと歯を剥き出しにして反論するわたしを見上げて、悪びれもせず微笑むヒルダ。

 婀娜(あだ)っぽい表情がわたしよりよっぽど魔女らしいのはどうかと思う。


 むーっとして調理場から踵を返すと、わたしは調薬フロアに通じる短い階段を跳ね上がった。


 薬の相談は繊細なやりとりになることも多い。他の利用客の耳目を遠ざけるよう中二階(スキップ)フロアに設置している調薬コーナーは、今日のところは午前中に二組訪れたっきり閑散としている。


 ううっ。アイデンティティが(さび)()しそう……!

 わたしは薬棚から適当な瓶をわっしと掴み取ると、中二階の欄干から身を乗り出して


「頭痛・腹痛・ケガに魔除けに男女のお悩みまで! あなたの街の頼れる魔女・アガテですけどーー!?」

「あはははは!」

「知ってる、知ってるから!」


 薬瓶を見せつけながら主張すると、喉の奥が丸見えになるほど大笑いする二人。

 さすがにどたばたやってるのが目についたのか、他のお客さんたちもこちらを見上げておかしそうに肩を揺らしている。

 気になってユーガーさんの反応をうかがうと、やたらとほのぼの温かい笑顔で見守られていて、急に恥ずかしくなってきた。


 ……むう。からかわれた悔しさでちょっとテンション上げすぎた。

 これはこれで魔女(わたし)への偏見に繋がっちゃったらどうしてくれよう。親しみやすいのは望むところだけど、イロモノ扱いとかは御免です。



「ご存知のようで何よりですぅー」

 手すりに顎を乗っけて恨みがましく階下を見下ろす。

 目尻に浮いた涙を拭うと、ヒルダはまたクスリと唇を弧にして、こんなことを言い出した。


「そうよねぇ。一流の魔女様だもの、()()()()()()なんかも作れるのよね?」


 肩越し、何処かあらぬ方向を始点にした流し目の終着点に、わたしを見るヒルダ。


 やや唐突な問いに、パチパチ、瞬きを数度。

 それを挑発と取って、わたしも精いっぱい、ニヤリと悪い顔をつくる。



「――それはもちろん。

 一口飲めば()()()()もコロッと一撃必殺、泡吹いてノックダウンの強烈なやつがコレよ」



「ぶふっ」

「あはは、やだぁ魔女様こわーい!」


 ちょうど手の中にあった黒い薬瓶を口元に寄せて妖しげにうそぶく。

 我ながら、『一撃必殺』とか『泡吹いて』とか、()()()()惚れ薬につく形容じゃない。

 怪しすぎる謳い文句は、しっかり二人のツボにヒットしたらしい。また笑い転げる友人たちを見ていたら、こっちも妖艶な微笑み(自称)を崩さざるを得なかった。


「ぷ、くく、ふっ……もー、ヒルダがヘンな振り方するから――――」



 ――――ガタンッ!!



 堪え切れず笑い出したその時、店の奥から大きな物音が響いた。 


「うん?」

 何事かと顔を上げる。


「…………っ」


 息を呑む気配が、離れていても伝わってくる。

 突然 椅子から立ち上がったユーガーさんは、ひどく驚いた顔をして、わたしを見つめていた。


「えーと……ユーガーさん……?」

「……あ」


 って、ビックリしたのはこっちの方なんだけど……?

 突然の物音に、ヒルダ達や他のお客さんの視線も彼に集まっている。

 注目を浴びていることに気がつくと、ユーガーさんはぺこぺこと(せわ)しなく頭を下げながら椅子に座り直した。



 強い眼差しに込められていた意味は、逸らされてしまった以上もう読み取れそうにない。

 戸惑いながら、とりあえず調薬フロアから下りようとすると


「ありゃ。ダグハルトくん、お茶こぼしちゃったー?」

「…………あっ、うわ、ごめっ! だ、大丈夫だから……!」

「え、本当? 大変、お洋服濡れてない?」


 ミーツェが布巾片手に立ち上がったのを見て、彼の手元の惨状に気がついた。

 横倒しになったカップからこぼれたお茶が、ソーサーの縁を伝ってじんわりとテーブルに径を拡げている。

 手を滑らせでもしたんだろうか。食器は無事のようだけど、なんだか彼らしくないミスだ。


「ああっ、そんなに慌てて拭かなくても……」


 丸めた上着でテーブルを拭き始めたユーガーさんの元へと、わたしもお盆と新しい布巾を手に向かおうとすると


「っ……、……」


 今度はもの言いたげな上目遣い。

 けれどもかすかに戦慄(わなな)いた唇に、のぼる言葉はなく。やけに弱気な光がわたしの瞳を掠めたかと思うと、また気まずそうに下を向いてしまう。


 ……んん? 叱られ待ちのワンコかな?

 くぅぅん、という効果音が頭の中に展開するのを右手でぱたぱた散らして、ふと、手元のソレに気がついた。


(あ、棚に戻すの忘れてた)


 握ったままだった薬瓶は、こちら側のお客さまに見せびらかすようなモノじゃない。

 どうしようか少し迷って、いったんポケットに押し込めておく。


「大丈夫? ユーガーさん」

「あ……う、ん。ごめんなさい、ホント、迷惑かけて……」


 居た堪れなそうに背中を丸めてテーブルを片付けるユーガーさん。

 俯く横顔をちらりと覗き込む。

 その顔色は赤いやら青いやら、謎の感情が寄せては返すマーブル模様。


 ……これ、言葉を真に受けちゃいけないやつだよね?

 見るからにあんまり大丈夫じゃなさそうなんですけど……。


「ミーツェ、あとはこっちでやるよ。ユーガーさんも、お茶、淹れなおしますね」

「……すみません……」

「いいのいいの、全然気にしないで!」


 よくわからないけど、ヘンに気に病まれてお店から足が遠のいちゃったら困る。

 ここで店主の度量を見せなくちゃ。大事な常連さんが離れていく前に……!


 不純な内心を隠して、綺麗な営業スマイルで片付けを済ませる。


「じゃあ――……」

 お盆を持ってテーブルを離れようとすると、ユーガーさんの目がまたチラチラ気になる動きをしているのが見えてしまった。

 案の定すぐ逸らされてしまったけど、さすがに何度もチラ見されたら気がつく。


(……そんなに気になるのかな、()()が)

 彼は明らかに、さっきの薬瓶を気にしているようだった。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



「……ふーむ……」


 喫茶フロアを離れてから、ごそりとポケットの中身を手に取った。

 遮光性の高い黒色硝子の小瓶は、光にかざすとわずかに中の液体が波打つ様子が透けて見える。

 手書きのラベルをしげしげと眺めてみるが、どうしても、彼がそこまで気にする理由がわからない。



 もちろん手元のコレは、ヒルダに言われたとおりの“惚れ薬”――なんかでは決してない。


 効験(こうけん)あらたか、品質は大魔女のお墨付き。

 なれどわたしのレシピの中ではごくフツー、量産型の、ただの“()()()”――比喩とかでなく、歴とした菜園用の殺虫剤――なのだから。



 と言っても、さっきの謳い文句がまったくのおふざけってこともない。

 害虫がコロッと逝くような薬品は、体格に合わせた量を摂取すれば、当然、ヒトにだって猛毒になる。

 『一撃必殺、ノックダウン』も、あながち間違いではないのだ。


 もちろんこんなモノ、間違っても人に飲ませたりしない。

 『効用を読み上げないと封が剥がせない』魔法紙などで厳重に封じられたわたしの調合薬は、たとえ食品棚に並べられても、誤って混入するような事故は起こらない。そうじゃなきゃ同じ店内で喫茶と調薬なんて両立できないしね。



 ……でも。考えてみれば、そうか。

 “なんと言っても毒は毒”。自分で言ったとおりじゃない。

 ユーガーさんってば、あんなに繊細な心の持ち主なんだもの。

 店の中で毒薬をぶんぶん振り回したりしたから、不安にさせちゃったのかもしれない。


 ……失敗。これはわたしの不行き届きだ。

 開店半年目に付いた大きな×(ペケ)を挽回すべく、わたしは超特急で手を動かした。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



「――お待たせしました。新しいお茶とケーキです」


 ティーセットと干しブドウケーキを持って、ユーガーさんのテーブルへ。

 台拭き代わりにされた彼の上着は、洗濯を申し出たものの丁重に辞退されたので、せめてと壁際に吊るしてある。


「すみません、今日は何から何まで手間かけさせて……」

「ううん。いいのよ、謝らなきゃいけないのはこっちの方……」


 恐縮しきりの彼に向けるのは、包み込むような慈愛の笑み(自称)。


「……心配かけてごめんなさいね、ユーガーさん。大丈夫――大丈夫ですよ」

「……えっ?」


 新しいカップをテーブルに置き、堂々とした声で語りかける。

 ここで信用を得ないことには始まらない。

 ひいおばあちゃんみたいな貫禄は足りないなりに、一人前の存在感を、どーんと示してあげなくちゃ。


「ア……魔女、さん。大丈夫っていうのは……?」


 不安そうに首を傾げる彼の前に立ち、スッ……と例の薬瓶を取り出す。

 先程よりも厳重に封印を施し、もはや品名ラベルも判別できないほどぐるぐる巻きにされた害虫除けの瓶に、ハッと表情を強張らせるユーガーさん。

 わたしはゆったりと、女神のような(自称)微笑みを彼に向けた。



「――心配しないでくださいな。

 安心印の魔女のお薬ですから。何があっても、喫茶のお客さまの口に入るようなことはありません」



 キラキラ……キラキラ……と、演出に一役買ってくれるのは、光の(はね)持つ小妖精(フェアリー)たち。

 ありがとう。お礼のミルク、あとで奮発するからね。


 我ながら、堂に入った魔女ムーブが出来たんじゃない?

 ツヤツヤの笑みを絶やさず相手の反応を待っていると、わたしの言葉を聞いたユーガーさんは、ごくり、と息を呑んだ。



「……何が、あっても?」

「ええ」


「……()に飲ませる気はない、ってコト……?」

「そういうコトです!」


 ここぞとばかりに、ドーンと胸を叩いて断言する。



「……………………」


 黙り込むユーガーさん。

 ぐらりと前に傾いた頭は、「わかりました!」と深々頷いてくれた――とかいう感じでは全然ない。



 ……あれ?


 なんか、さっきよりよっぽど、顔色が悪くなっていってるよーな……??



(おかしいな、思ってた反応と違う……)


 普段はまっすぐにわたしを見てくれるブラウンの瞳が、ゆ~らゆ~ら、何処ともつかぬ方へと漂っている。

 安心してもらうはずの宣言で、何ゆえそんな枯れかけの葦の穂みたいになってしまわれたのか。


(わかんない、街の人の情緒、わかんないよう……!)


 山育ちの田舎者には難しすぎる心の機微に泣き言が漏れそうだった。

 助け舟を求めてカウンター席のふたりを振り返る。……明らかに今までこっちの様子をうかがってた風なのに、サッと顔を背けられた。

 こ、この薄情者どもめぇ……!


「……ど、どうしよう?」

『わかんない かも?』

『どうもしない かも?』

「そこをなんとかぁ……」


 あんまりな友人たちに困り果て、思わず周りをふわふわ漂う妖精たちにヘルプを求めてみるが、ぜんぜん頼りにならなかった。

 彼らは自分たちが楽しいこと以外まるで興味がないのだ。


『じゃあ はりで つっつくとか?』

『あぶら かけてみるとか?』

「ハイ撤収!」


 後ろ髪は引かれるものの、呆然としたユーガーさんにかけるべき言葉が、今は浮かびそうにない。

 項垂れたままの彼がカップを倒す以上の惨劇に見舞われる前に、そそくさと一時退却することにした。



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