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七話-4 帝都へ

 帝国軍を引き連れて北へと向かった我が軍だったが、二日引き返したところで辺境伯から使者がやってきて、サウラウル王国軍は辺境伯軍によって撃退された事が分かった。


 どうやら二千ほどの軍勢だったようで、少し戦ったらすぐに引き上げたとのこと。やはり様子見の軍勢だったのだろう、それは積年の敵国から侵攻を誘われたって、何かの罠かと思うだろう。我が軍の動きも彼の国の隠密に偵察されていたと思われる。


 東北国境の危機が去ったと知った私は帝国軍の将軍を呼び出して事の次第を伝えた。


「サウラウル王国の脅威は去りました。どうしますか。改めて我が軍と戦うというのなら、仕切り直しに応じますよ」


 しかし将軍たちは私の前に跪いて言った。


「とんでもございませぬ。ベルリュージュ様こそ次の皇帝に相応しいお方。どうかこのまま帝国軍をお導きください」


 我が軍の妨害により補給が滞っていた帝国軍は、我が軍と同行する際に物資を分け与えられていた。人間、飢えた時に食べ物を分け与えられる事ほど、相手に恩を感じる事はない。


 帝国軍は物資を分け与えられて、すっかり私への忠誠心を持つようになっていたのだ。同行して、ベルリュージュ軍の多勢さと士気の高さを感じ、これと戦っても勝てないと感じた事もあるだろう。


 私は帝国軍の忠誠を確認すると、全軍を再編し、全軍を反転させた。目指すは、帝都である。


 ◇◇◇


 帝国の花の都である帝都は、帝国のほぼ中央に位置する。


 帝国が始まった地でもあり、帝国創設以来五百年もの間繁栄を続けて来た帝都は、年々拡大を続けており、その度ごとに城壁を外側に広げている。


 帝都を守る大城壁を見ながら、私は感慨に浸っていた。帝都を逃げ出してからはや二年近く。私は当時は思いもよらなかった立場と状況でこの帝都まで帰って来たのである。


 ……なにもかもこの男のせいでね。私は思わずアスタームを睨んだ。彼はそんな事に気が付いた様子も無く、帝都の城壁を見遣ってニンマリと笑っていた。


「さて、どう料理してくれよう」


 現在、我が軍は帝国軍を合わせて三万の兵がいるのだ。いかに人口三十万人を誇る広大な帝都といえど、隙間なく囲う事が可能だし、継ぎ接ぎに城壁を広げてきた帝都であるから、防御にはあちこち隙がある。そこを集中して攻撃すれば帝都に乗り込む事は可能だろう。


 帝都に侵入出来れば、エリマーレ様にはもう兵力は残されていない。抵抗することは出来ないだろう。つまり、この時点でもう我が軍の、私とアスタームの勝ちは決まっていると言っても過言ではない。


 問題は勝ち方だ。


 当たり前だが、帝都城壁をぶち破って乗り込んで蹂躙し、殺戮と破壊の限りを尽くす、というのは論外だ。蛮族ではあるまいに。そんなことをしたら私とアスタームは帝都の人心を失い、貴族も帝国軍も私に従わなくなるだろう。


 最小限の犠牲。出来れば帝都は無血で開城させたいものだ。しかも現状既に城門が閉じられ、流通が阻害されてしまっている。南北交易の終着点である帝都が閉じられ交易が滞れば帝国全体の経済に影響が出る。そして、城門を出入りする帝都の住民を支える物資が滞れば帝都市民の生活にも悪影響が出るだろう。それだけで我が軍への悪評が立ちかねない。だからなるべく可及的速やかに帝都を開城させる必要がある。


 私とアスタームは策を練った。帝都を陥す事は難しい事では無いが、被害を最小限にかつ可及的速やかに、というのは簡単な事では無い。


 狙いを定めたのは北の門だった。この門は南北交易の最終地点に相応しく大きく壮麗に出来ている。ついでに言えばバイヤメン辺境伯領に逃れる時に通過した門でもある。だからこの門に狙いを定めた訳ではないけどね。


 その日、固く閉じられた帝都北門に、北の大国からやってきたと思しき隊商が慌ててやってきた。


 城門の守備兵は驚いただろう。馬を十頭連れたその隊商の長らしい男は、城門の前で叫んだ。


「頼む! 入れてくれ! やっと反乱軍を振り切ってきたんだ!」


 見れば全身が血にまみれていて、馬やそれに載せている積み荷にも血が付いている。


「護衛は全部やられた! 積み荷も半分奪われた! 頼む!」


 北の大国の訛りのある帝国語で男は必死に叫んでいた。北門の守備兵は年中北から来る隊商の相手をしているから訛りが分かる。様子から見て本物くさいと見て取った。


 守備兵は考えた。なんだか城門を閉鎖しろと命令されたし、反乱軍だという軍勢近くにいるという噂も聞いたが、守備兵達には詳しい事情が全然分からない。反乱軍とやらは近くに見えないし、馴染みのある北の隊商が困っているのなら、ちょっと城門を開けて入れてやるくらいは良いのでは無いか。


 そう考えた守備兵達は、指揮官にお伺いを立てる事も無くこっそり隊商を迎え入れる事に決める。あまりにも杜撰な守備兵だが、帝都はもう長らく平和で、実戦の経験など一度も無く、綱紀も緩みまくっていたからである。


 城門の大扉を少しだけ開き、守備兵は隊商を迎え入れる。「ありがとう! 恩に着る!」と隊商の長は感謝しながら、十頭の馬と十名の商人達は大扉の隙間を潜った。


 その瞬間に隊商はベルリュージュ軍に豹変する。


 一人が身を翻して大扉を閉めるべく仕掛けを動かそうとしていた五名の兵士に襲い掛かる。え? と兵士が驚いた時にはもうほとんど終わっていた。襲い掛かった男、アスタームは五名の兵士を瞬時に殺戮する。


「よし。門を開けよ!」


 隊商に扮していたバイヤメンの兵士に命ずる。彼らは城門の仕掛けに飛びつき、大きなハンドルを五人が掛かりで回し始める。開ける方向へ。


 その時には残りのうち三名は門の上にある砦に上がる階段を駆け上がっていた。一気に駆け上がると、門から街道を見下ろす塔の上に出る。塔の上には十名ほどの兵士がいたが、開き始めた門に気が付いてなにやら騒いでいた。そこへ襲い掛かる。私が。


 気が付いて振り向こうとする兵士の懐に飛び込むと、私は久しぶりのスティレットで兵士の首を瞬時に貫いた。そのまま横を走り抜けると次の少し装備の良い兵士に飛びかかる。これがここの守備隊長だろう。だが、あまりにも動きがのろい。私は難なくその兵士の脇から心臓を一突きした。兵士は崩れ落ちる。


 私はそのまま、あっという間に五名の兵士を刺し殺した。続くサーシャともう一人のバイヤメンの兵士も手練れの戦士なので、その塔はすぐに制圧される。私達は城壁を走り、ほんの僅かな時間で見張り塔を三つ制圧した。


 これでよし。城壁の守備兵がベルリュージュ軍の入城に気が付くまでの時間を稼げるだろう。帝国軍の将軍が入城して、城門の守備兵を掌握出来ればこれ以上の戦闘もしないで済むだろう。私達は門の見張り塔の上から簡単な烽火を挙げて合図を送る。すると、待機していたベルリュージュ軍が現れて、続々と入城し始めた。


 これでよし。私は息を吐いた。「総大将のお二人が殴り込む事は無かったのではありませんか?」と、サーシャは呆れていたけれど、失敗が許されない作戦だったので最も信用出来る戦力を使ったまでだ。アスタームも「暗殺技能ならベルが我が軍で一番だからな」と言ってくれたし。


 我が軍は整然と入城した。帝都市民は恐れて引き籠もってしまったが、勿論我が軍は、乱暴狼藉は厳罰に処すると布告していたから一切騒ぎは起きなかったわよ。


 

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