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暗殺女帝ベルリュージュ 〜虐げられし皇女は愛を得て成り上がる〜  作者: 宮前葵


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六話-3 ベルリュージュ南征

 やり過ぎた、と気が付いたのは、ロックス伯爵領を占領してしばらく経ってからの事だった。


 これまで旗幟を鮮明にしていなかった領主たちが、続々と私の所を訪れて、私を支持すると言ってきたのだった。ほとんどの者が使者ではなく本人が馳せ参じ、軍勢を伴って同行させて欲しいと願い出たのである。


 困った。私はエリマーレ軍は壊滅させたのだし、もうバイヤメン辺境伯領に引き上げようとすら思っていたのだ。


 私がそう言うと、アスタームは心底呆れ返ったという表情で言った。


「そんな事が出来る訳無かろう」


 馬鹿にしたように言われて私もむくれてしまう。


「なんで出来ないのですか!」


「集まってきた領主達は何を期待していると思うのだ。君がこのまま帝都に攻め上り、エリマーレ様を放逐して、自ら至尊の地位に就くことではないか」


「私はそんなつもりはありません!」


「ならばなぜロックス伯爵を排除した。領主を殺して領地を預かるなど、皇女の権限を超えているだろう。皇帝陛下にその気があれば、罰を下されてもおかしくない所業だぞ?」


 ……まったくその通りである。実際、エリマーレ様からはその辺を問責する書状が届き(同時に私兵をやっつけた事への批難も書かれていたけど)、ちょっと心配になった私は皇帝陛下に事後承認を願う書簡を出してみたのだ。


 すると、陛下は鷹揚に許可を下さった。そしてどういう訳か、この時初めて、私とアスタームとの婚約を承認するとまで記してきたのである。


 随分上機嫌に「婚約の儀式は帝都でするが良かろう」などと書いてある。どういう事なんだろう?


 それはともかく、皇帝陛下はロックス伯爵領占領の責は問わなかったし、遂に婚約の勅許も出たのだ。別にバイヤメン辺境伯領に帰れないという事は無いはずだ。


「皇帝陛下のお心が分からぬ筈はあるまい? 陛下は君にこのまま帝位に就くために帝都に来いと言っておるのだ」


「そんな馬鹿な!」


「婚約の儀式の為に帝都に来いと書いてあったのであろう? つまり帝都に来なければ婚約は許さぬという事だ」


 アスタームが言うにはおそらく皇帝陛下は、私と蛮族の血を引くアスタームの結婚を嫌がったのではなく、私がアスタームと結婚してバイヤメン辺境伯領に引き篭もり、皇帝の地位から遠ざかってしまう事を恐れたのだろうという。


「それは、何故そんな……」


「決まっているだろう」


 アスタームは何故か憮然とした顔で言った。


「皇帝陛下は君に皇帝の地位を継がせたいのだ」


 ……まさか、そんな……。私は絶句してしまう。


「おかしいとは思ったのだ。私はバイヤメンの者とは言え、傍系皇族だった母の血を引いているのだぞ? 血統的にそれほど悪様に言われるほど悪くは無いのだ」


 確かにその通りではある。ちなみに、彼が皇帝になろう思った理由もその辺りにあるのだろうね。


「それなのにエリマーレ様との婚姻は勧めておいて、ベルとの婚姻は認めぬという。ようやく疑問が解けた。陛下は君を後継者とするつもりなのだ」


 そう言われれば納得出来る点はいくつもある。陛下がエリマーレ様を後継者指名していなかった事。エリマーレ様から私の事を守って下さった事。そしてエリマーレ様の暴走を止めなかった事。


 どれも皇帝陛下がエリマーレ様を後継者にするつもりが無かったのなら腑に落ちる。そしてエリマーレ様がその事を察しておられたとすれば、エリマーレ様がこれほど執拗に私の命を狙っている意味も分かってくるのである。


 だけど、どうして?


 エリマーレ様は皇妃様の唯一のお子で、皇帝陛下の正統な長子だ。私は庶子なのだから、正統性という意味ではエリマーレ様には全然敵わない。


 なので当然エリマーレ様が帝位を継ぐべきだし、私はその事を疑った事も無かった。そして皇帝陛下もそう思っていらっしゃると思っていた。


 なぜ私を、庶子である私を陛下が後継者にお望みなのか? 理由が全然分からないというより信じられない。単なるアスタームの妄想だと思いたい。思いたいが、今までの事を考えるとそうとも言い切れない。


「それにとりあえず、この旧ロックス伯爵領は当面君の領地だ。放っておくわけにはいくまい?」


 それはその通りだ。皇帝陛下の許可が出た以上、この領地は私が皇女として預かっている事になる。他の領地から援助をしてもらい、エリマーレ軍に荒らされた所を復興しなければならないし、私に味方する領地の中では最も南にあり、帝都の近い要地でもあるから、防衛の計画も立てねばなるまい。


 エリマーレ様は帝都近隣の領主の軍勢も合わせて自分の私兵を一万も失ってしまった訳だが、これでエリマーレ様が諦めてくれるようなら私はこんなに苦労していない。どうにかして再び北伐の軍を起こす事は間違い無いだろうね。


 そうこうしている内に、私に味方する領主達は続々増え、軍勢も集まり、あっという間に一万を超えてしまった。アスタームの指揮能力、統率力ならこの軍勢でも全く問題無く率いることが出来るだろうけど。それにしてもそんな大軍勢が、首都までせいぜい五日の距離にいるのだ。恐らく帝都は大騒ぎになっているだろう。


 私はやむを得ず辺境伯領に戻ることを止めて、領主屋敷に腰を据えると、各方面に書簡を書き、使者を次々と送り出した。


 まずは旧ロックス伯爵に近接する領地。フロウメル侯爵領を始め、ここから帝都までは大貴族が所有する大領地が続く。彼ら大貴族に、私は貴方たちの領地を侵すつもりは無く、状況を静観して欲しいとの書簡を届けた。彼らにはエリマーレ派の者が多い。だが、私の侵攻を恐れる必要は無いと伝えたかったのである。


 帝都にも書簡を送る。母に帝国騎士団を通じて帝国軍に、私がこのまま帝都に雪崩れ込むような事はしないと伝えてもらう。帝国騎士団と帝国軍は帝都の、帝国の脅威と見做した者と戦うための組織である。エリマーレ様は私と私が率いる軍勢を帝国への脅威と喧伝する事だろう。それで帝国軍が動いてしまったら大変である。それを未だに帝国騎士団に大きな影響力がある母の力で抑えて貰おうと思ったのだ。


 母からの返事は無かったが、恐らく動いてくれていることだろう。多分。あの人はいまいち何を考えているか分かり難い人だが、騎士や兵士が無駄死にすることを嫌う。エリマーレ様と私の私戦とも言うべき内戦で、帝国軍が傷付くのは望むまい。


 同時に、エリマーレ様に味方する貴族達にも次々と懐柔のための書簡を送る。彼らは私兵をエリマーレ様に提供して、ロックス伯爵領の戦いで全滅させられている。つまり、自分達の領地と我が身を守る方法が無い。我が軍が報復のために領地を襲わないかと戦々恐々としている事だろう。


 私は彼らに、罪は問わないが、以降は状況を「静観」するように、と要請した。黙ってみていなかったらどうなるか分かっているでしょうね? と脅したわけである。これをエリマーレ様から離反しろとか私に付けというように要請したなら、プライドと見栄で生きているような貴族には従い難いだろうけど、中立の立場でいるだけなら色々言い訳のしようがあるだろう。


 何名もの貴族が私へ静観を誓い、何人かの積極的な貴族は寝返ってきた。彼らは帝都にいるので、彼らからの帝都の状況についての情報は貴重なものになった。


 こうして周辺状況を固めた上で、私はエリマーレ様との交渉に乗り出した。勿論、エリマーレ様と私の直筆書簡のやりとりなど不可能である。エリマーレ様の気性からして。


 なので私は、バイヤメン辺境伯からの正式な使者を立て、皇帝陛下に書簡を届け、それを陛下が仲介する形でエリマーレ様との交渉を図ったのである。ちなみに、エリマーレ様には内緒で各方面と連絡を取る場合は、隠密が運ぶ密書の形を取る。


 皇帝陛下は仲介を快諾して下さったが、積極的に和平を働きかける気は無さそうだった。単純に書簡を仲介して下さるだけ。そういえば、母にも和平の仲介を願う書簡を送ったけど、こちらには明確に「嫌」という拒否の返信が届いた。


 皇帝陛下も母も、どうも私とエリマーレ様の対決を願っている、そこまで行かなくても静観している気配がある。


 アスタームの言った「皇帝陛下は君に皇帝の地位を継がせたいのだ」という言葉が頭に浮かび上がってくるのを必死に打ち消す。そんな事がある筈が無い。それに、本気でエリマーレ様では無く私を皇帝の位に導こうとするのであれば、エリマーレ様が兵力を失ったこの段階で皇帝陛下が帝国軍を動かして、エリマーレ様を捕らえて断罪するなり帝都を追放するなりして、私をスムーズに後継者にすることが出来るはずである。皇帝陛下にはそこまでする気は全然無さそうではないか。


 エリマーレ様との決戦を回避したい私はエリマーレ様に「私と、私に味方した領地の安全を保証して下されば兵を引く」と提案してみたのだが、エリマーレ様は烈火のごとく怒ってこれを拒否したらしい。そして、帝都で再び兵を集め、囚人まで動員して兵を整えているようだ。


 貴族達を集めてこれを脅迫し、強制的に資金を出させて軍資金に充てているのだという。これに反発したりサボタージュを図った貴族を捕らえて牢獄にぶち込み、財産を没収する始末だそうな。帝都の貴族は混乱し、中には帝都脱出を企てる者もあるものの、エリマーレ様の監視の目を逃れられずに捕まってしまう事も多いらしい。


 それにしても、一万の軍勢を壊滅させられたエリマーレ様が、同程度の軍勢を用意することはまず不可能だろう。それに対してベルリュージュ軍はまだドンドン増え続けている。それだけ、私がエリマーレ様に対して優位であり、私の勝利が近いと考えている貴族が多い証拠であり、それだけ多くの貴族が私が帝位に上がる事を期待しているという事であった。


 全然私の意図では無いんだけど、私はグイグイと帝位に近付きつつあった。後は私の決意一つ。私が一言「帝都に攻め上ってエリマーレ様を追い、私が皇帝になります!」と言ってしまえばアスタームが喜んで増殖した軍勢を駆使して私の望みを実現してくれるだろう。……ちょっと待って。実現されては困る。


 私には未だに皇帝になる気なんて全然無い。そもそもなる権利があるとも思っていなかったからね。それに、次期皇帝の責を背負い、一生懸命教育や責務を熟していたエリマーレ様を、私は間近で見てきて良く知っているのだ。


 人格的には問題があるし、袂を分かった相手ではあるものの、エリマーレ様が次期皇帝の強い自覚と執着を持って、帝位に向けて懸命に努力していた事は認めなければならない。私は皇帝になるために頑張った事など一つも無い。これまでの事は生き残るためにやむを得ず選択してきただけの事だ。結果的には帝位に近付いてしまったのかもしれないけど。


 私は、皇帝になりたいと望まず、そのための自覚と決意を持たない者が皇帝になってはいけないと思う。その意味で私はエリマーレ様に皇帝としての資格において劣ると思うのだ。


 そんな事を考えて悶々としながら、帝都と交渉を進めていたある日、私の元に急報が届いた。帝国の西北に国境を接するハイマンズ王国が帝国国境に軍を集結させつつあるというのである。

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― 新着の感想 ―
 ううむ、皇帝がこのタイミングでベルリュージュ達の結婚を許可したことより、やることが消極的なのが気になりますなあ。  ベルリュージュを帝の座にあてたいのは伝わりましたけど、その気になるまでエリマーレの…
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