7 厳罰
「う……うーん」
「あっ、目が覚めたのね。具合はどうかしら? はい、水よ」
その声は瑞己が眠るベットの真横から聞こえた。読んでいた本を閉じて彼女はコップに水を注ぎ、瑞己に渡して飲むように促す。
「ど、どうも」
白衣を着ている彼女を見て瑞己はここがどこかすぐにわかった。ベットごとに区切るようにカーテンが垂れており、殺菌された布団は清潔感があった。
「っつ!」
渡された水を口に含むと痺れるような痛みを感じる。瑞己は頬を触るとそこは腫れていた。舌に鉄のような味が残っていて口が切れたような痕があった。
「あの、どうして俺はここに?」
「ここは保健室よ。覚えてないのね」
瑞己は意識が途切れる直前を思い出す。しかし、涼子と実習をしようとしていたことまでしか覚えていない。曖昧な記憶を探っていると白衣の女性はここに来るまでの経緯を説明してくれた。
「……つまり俺は雛水さんの投げたボールを顔面で受け止めて気絶したと?」
「正確には右の頬だけど。まぁ、だいたいそんな感じね」
なるほどと思った反面、ただのゴムボールにそこまでの威力が出せるのか瑞己は疑問に思った。
能力者による事故や事件は珍しくない。それによって負った怪我は皆どれも軽い怪我とは言えないほどだ。体の一部を欠損し、最悪の場合命を落とすこともある。そう考えると瑞己は幸運だったかもしれない。
「あまり、涼子を責めないであげて」
「え?」
「彼女は、つい先月に能力が開花したばかりなの。事前に合格していた高校を諦めてここにいる。正直、肉体的にも精神的にも辛いところはあると思うの」
だから許して欲しいと、白衣の女性は言った。
「わかりました。そもそも彼女の忠告を無視した俺にも責任はあります」
瑞己は涼子の臆病な理由が何となくわかった気がした。今までの生活から一変して友人や両親と離れ離れになり、新しい環境のストレスもある。それに特別な力が目覚めたといっても中身は十六歳になる女の子。寂しいと思うのは当然だ。
それにと瑞己は顔を思い出すと癪に障るが、夏目にも女性には優しくと言われたことを思い出す。
「そう、それじゃ今日のところはもう帰っていいわ。明日、痛みが引かないようならまた来てちょうだい」
「わかりました」
そう言って瑞己は布団から出て、頬の痛みを感じながら部屋を出ようと扉に手をかける。そこで白衣を着ている彼女に顔を向けて気になったことを聞く。
「そう言えば先生の名前、なんて言うんですか?」
「ん? 言ってなかったわね。伊波雫、この施設の養護教諭よ」
名乗りながらポケットからアメを取り出して舐め始めた。二つ取り出したようで、もう一個を瑞己に渡す。口内が切れているから食べることができない瑞己はそれをポケットにしまうと扉を開ける。
「伊波先生ありがとうございました。失礼しました」
(初めてみる先生だったな、それにしても…)
まるで中学生みたいだったとは口が裂けても言えないなと思いながら瑞己は教室に戻った。
「おっ、瑞己帰ってきたね」
「!」
教室に戻ると担任の忠志が待っていた。いや、正確には忠志を含めて四人が待っていた。夏目、涼子そして怜奈もいる。怜奈と涼子は申し訳なさそうにしているが夏目はやれやれと仕方がない奴だとでも言いたげに瑞己を見てくる。
「あっ、あの!」
瑞己が入ってきてすぐに涼子が近くに来て深々と頭を下げる。
「すみませんでした。私はまだ自分の能力を上手くコントロールできなくて、そのせいで東雲君に怪我をさせてしまいました。本当にすみません!」
頭を下げていてその顔はわからないが涼子の膝は震えていた。彼女はことが起きる前に瑞己にやめようと提案した。わざとやっていないのはそれだけで分かる。
「大丈夫、軽い怪我ですんでるし、そもそも俺が雛水の話を聞かなかったことにも責任はある。だから、あんまり気にしないでくれ」
気にしないでと言ってもきっと涼子は自分を責めるだろう。能力で人を傷つけてしまったのは事実。それが原因で人と接触するのを避けて引きこもってしまう異能者は少なくない。
「よし、これで当人同士の問題も解決したところで、涼子が瑞己を能力で怪我をさせてしまったのは事実だ。だから、涼子には悪いけど厳罰を与えなければいけない」
「……はい」
涼子は仮にも能力者で、その能力で事故であっても他者を傷つけた場合はそれ相応の処罰が下る。しかし、今の彼女の精神面を考えると瑞己には厳罰と言うのはあまりに酷な気がした。
瑞己は涼子の罰について抗議しようと一歩前へ出るがそれよりも先に怜奈が忠志と涼子の間に入った。
「彼女を彼に押し付けたのは私です。そもそもの原因は私にもあります。私にも同じ罰を与えてください」
「怜奈ちゃん……私、大丈夫だよ」
泣きながら怜奈の手を握り大丈夫と言うが、無理に微笑む彼女は誰から見てもそんなふうには見えない。
「涼子、あなたは一人で抱えすぎなのよ。見ているこっちが辛くなるわ。もう少し肩の力を抜きなさい」
やや厳しめに言うけれど、そこからは慈愛のようなものを感じる。
怜奈も責任を感じているのは本当だろう。瑞己もあの時の怜奈の忠告をもっとしっかり受け止めていればこうならなかったかもしれないと、今になって言葉の意味を理解した。
「わかった。それじゃあ、二人には罰を与える」
怜奈が涼子の手を握り返し二人で忠志を見る。
「これから一ヶ月、君たち二人には放課後……俺と一緒に特訓してもらいます!」
「「……特訓?」」
四人はなんだか拍子抜けしたような顔になる。厳罰と言うからには停学、最悪退学処分でもされると思っていたが結果は意外なものだったからだ。
「それは罰なんですか?」
「もちろん。まぁ、俺の独断なんだけどな。涼子、お前は自分の力に対して恐怖心を抱いているだろ?」
小さく頷くいた涼子は自分の両手を見て深刻な顔をする。
「涼子は能力で自分を傷つけるよりも、その力で他人を傷つける事の方がよっぽど怖いんだろう。そのせいで萎縮して人との接触も避けている」
まだ、一ヶ月程しかたっていないのによく見ていると瑞己は感心した。怜奈や夏目に目を向けると二人も同じ様子だった。忠志は涼子の目の前まで進む。
「でも、それだとなにも解決しない」
軽い感じに言っているが、その台詞からは真剣さが伝わる。普段からは想像できない姿に瑞己達は緊張の汗をかく。
その言葉に涼子の体が一瞬震えたかと思うと溢れんばかりの涙を流し始めた。涼子は必死に自身の涙を拭う。
「わだし、……東雲君を怪我させました。……また、誰か……怪我させるかもしれないって考えると……自分が怖くて……怖くて、嫌になります。こんな力、望んだことなんてないのに!」
「……あぁ、そうだよな。怖いに決まってる。でもな涼子、能力が人を傷つけるんじゃないんだ。能力を恐れて閉鎖的になっている人が一番危ないんだ。……何事も中途半端は良くない」
スカートを握りしめて涙を流す彼女はまだ子供だ。それはこの学園に通っている全ての学生に共通する。その身に余る力と言うのは必ずといっていいほど周囲の人や自分に牙を向ける。
「望んでようが、望んでなかろうが、能力を得た以上、それは涼子の一部なんだ。拒んじゃいけない。背を向けちゃいけない。全部引っくるめて雛水涼子なんだよ。少しずつでいい、自分を、能力を学んで受け入れて欲しい」
彼女の目線に合わせた忠志は涼子の頭に手を置いてぐらぐら揺らす。
「きゃっ!」
「その為に先生がいる。お前が自分を責め続けて嫌いにならないためにするのも仕事だ。それに涼子、お前は人に優しい。でも、それ以上に自分にも優しくしなきゃいけない」
それに続けて、怜奈の肩に手を掛ける。
「無愛想な友人もいるじゃないか」
「はぁ?」
怜奈が忠志を睨む。美人の怒った顔は怖いと言うが、なるほどわかった気がする。
「これから一ヶ月頑張ろうな」
「ひっぐ、ぐすっ……はい!」
それから今後の予定を簡単に話して、今日は全員帰路についた。その途中で夏目が一言。
「女性の友情って……素晴らしい!」
(こいつ百合萌えオタクだったのか)
せっかくの感動が台無しになった。