6 実習
「よし。三人一組ができたところはグループの代表で一人、ボールを取りに来てくれ。それと逃げる人は背中を壁に向けてやるようにー」
忠志が手を振りながら全員の注目を集めて指示を出す。
「東雲君、ボールお願いしますね」
涼子はともかく夏目に声をかけたのは瑞己だ。この三人で代表を決めるとなれば、夏目と涼子は自然と瑞己に目を向けた。しょうがなく瑞己はボールを取りに行く事にした。
代表と思われる生徒達が忠志に集まる。その群がりに瑞己も混ざると横に怜奈が並んできた。
「東雲君」
「神楽……さん、何?」
「怜奈でいいわ。彼女……涼子の事、改めてよろしくお願い」
少し申し訳無さそうに言う彼女をやはり美人だなと思いつつも心配なら一緒に組めばいいのにと瑞己は思ったが、怜奈は怜奈で組む相手がいる。そう考えると取り残された涼子が可哀想に思えなくもなかった。
「怪我しないようにね」
「……そこはさせないようにだろ」
「……まぁ、いいわ。それじゃあね」
そう言って彼女は忠志からボールを受け取ると小走りで行ってしまった。朝もこのくらい会話ができればもう少し心理的な距離が縮まるかもしれない。
瑞己はそんな淡い期待を抱いていると後ろから冷たい視線を感じた。それがなにかは振り返らなくても瑞己にはわかった。ひしひしと感じる野獣のような瞳を持つ彼女に何かを言われる前に瑞己はボールをもらい二人のもとに戻っていった。
「どうしました?」
少し冷や汗をかいて戻ってくるとニヤニヤしている夏目がいた。さっき鈴に睨まれていたのを見ていたんだろう。
「別に、何でもない」
わざわざ夏目の笑いのツボを刺激する必要はないだろうと、瑞己は何事もなかったかのように振る舞う。
「そうですか、それはよかったです。ところで順番はどうしますか?」
心にもないこと言う夏目に瑞己は呆れる。まだ短い付き合いだが夏目がどんな性格をしているのか瑞己は何となく理解し始めた。
「そうだな。……じゃんけんで良いんじゃないか?」
じゃんけんの結果、夏目、瑞己、涼子の順番になった。まずはボールを投げるのが夏目になり、その相手が涼子となった。瑞己は審判としてそれを見守ることとなった。
「怪我させんなよ」
「あははっ! 東雲君じゃあるまいし、それはないよ」
(こいつ、慣れてきたら態度変わったな)
「涼子さんいくよ」
「はっ、はい! お願いします!」
一人三球投げたら交代、涼子は難なく夏目のボールを避けた。瑞己から見て怯えている涼子はその見た目に反して重心がしっかりしているように見えた。ただ毎回避ける様は見事なのに泣きそうな表情がまるで弱いもの虐めをしているようしか見えなかった。
(柔道でもやってんのかな?)
「次、東雲君の番だよ」
「ああ、当たっても文句言うなよ」
「言わないよ。それに当たらないから」
自信満々に瑞己と向かい合う夏目。その理由はやはり異能だ。異能者は自分の能力については自分が最も理解している。彼ら異能者にとってできるという自信は過信ではなく単なる事実だ。
だが、適正者とてボールを当てる程度なら難しくない。当てられないと言われれば当てたくなるのが人の性というものだ。
「まずは、一球目」
まずは最初は夏目の異能を知るべく瑞己は様子見で適当に投げる。しかし、それは簡単に避けられた。避けることができてよかったはずの夏目が何やら不満そうな顔をしている。
「全力で投げてきなよ。言ったろ、当てれないって」
どうやら瑞己の様子見の投球が気に食わなかったらしい。ここは本人の言質もあるし、別に構わないかと瑞己は二球目は全力で投げた。狙うは夏目の首から下の腹部辺り、大きく振りかぶって腕を鞭のようにしならせる。
「………あれ?」
「ほらね、当てれないって言ったろ」
当てられない。その言葉どおり瑞己の投げたゴムボールは夏目から大きく外れて壁に跳ね返ってきた。二人の距離はだいたい六~八メートル。的が人ではあるが運動音痴ではない瑞己は外す方が難しい距離のはずだった。
「能力か?」
「当たり」
「どんな?」
「それを言うわけないでしょ」
そう、異能者にとって異能とは個人情報のようなもの。身内でも親しい友人でもない瑞己に夏目が自分の異能について教えてくれるはずもない。
(曲がるとか、落ちるとかなら分かる。でも、投げた瞬間に一直線に逸れていった。まるで無意識に外しているみたいに……)
そこで瑞己は何となく引っかかってた言葉を思い出す。確証はないが何かの糸口になるかもしれないと瑞己は夏目に問いかける。
「当てれない……か?」
「おっ! いいところに気づいたね」
当たらないではなく当てられない、つまり瑞己が夏目にボールをあてることができない。言葉の意味は理解したが、瑞己は夏目の異能がボールか瑞己本人に作用しているかがわからなかった。
「さぁ、あと一球だよ。当てたら明日から君のこと様付けしてあげるよ」
余裕綽々で腹の立つ顔をしてる夏目は瑞己をわかりやすく挑発する。しかし、能力が分からなければ対処のしようがない。きっと夏目は異能に振り回されている瑞己を見て楽しいのだろう。優越感に浸る夏目をなんとかこらしめてやりたいが適正者の瑞己にはその術がない。
(………ダメだ、全然わからない。もう適当に投げるか)
思考を放棄して瑞己はさっさと終わらせることにした。全力で投げるものの夏目に当てるつもりはなく、どうせ当たらないのだろうと思いながら投げたつもりだった。
「!?」
夏目が半身になって避けた。まさに虚をつかれたような顔をして驚いている。が、それは瑞己も同じでむしろ瑞己の方が混乱していた。
「えっ? なんで?」
(偶然? それとも狙った? いや、あの顔は偶然みたいだ)
「惜しかったね、危なく東雲君を様付けするところだったよ」
誤魔化すように瑞己を慰める夏目は内心焦っていた。彼の能力の手品が分かってしまえば瑞己に限らずその他大勢にとって夏目は、ほぼ一般人と同じになると自分ではわかっていたからだ。
「ほら、次は東雲君が避ける番だよ」
夏目は瑞己が異能に気づく前に話題をそらした。何やら腑に落ちない瑞己はボールを集めて涼子に渡し、壁を背に向ける。
「あっ! あの……東雲君」
「ん、何?」
ずっと下を向きながら話す涼子は自分の番を飛ばして欲しいと言ってきた。
「体調でも悪いの?」
「いっ、いえ! そ、そういうわけではないんですが……」
歯切れの悪い言い方に瑞己は少々苛立ちを感じる。只でさえやりたくない実技を我慢して受けて夏目の愉悦に付き合ったのだから正直瑞己はもう終わりたかった。
「なら、早く済ませてくれないか」
「いえ、あの、その……えーと………はぃ」
涼子は一瞬顔をあげたかと思うと、数回口を開け閉めしてまた下を向く。返事をした後には何故か申し訳なさそうな顔で戻っていった。
「東雲君、顔変だよ。そんなイライラした顔で言わないであげなよ」
(違う、この顔は生まれつきだ)
それに瑞己がイライラしてるのは夏目の能力の謎が解けそうで解けないからだ。
「悪いな雛水。それじゃ、よろしく頼む」
「……はい」
(そういえば、雛水は能力使ってなかったな)
彼女のボールを避ける様は素人の瑞己から見ても洗礼されていた。あのおどおどしたような態度からは想像もつかないほど見事な動きだった。
しかし、身体能力が突然向上したようにも思えなかった。あまりにも自然体だったためそれが異能とは思えなかった。
「い、いきます!」
まるでプロの野球選手のように投げられたボールは、
「あ……」
………瑞己の顔面に直撃した。