30 救出完了
遅くなってすみません
「ど、どうしてあなた達がここに!?」
加賀は何が起こったのか、理解できなかった。
身を投げだそうとしたら、突然押し返されるように何かを投げつけられた。投げつけられたものが何なのかは直ぐにわかった。ついさっき、自ら突き落とした憎き女が気絶して加賀に覆い被さっている。
そのことにも驚愕なのだが、それよりもさっきまで自分が立っていた窓際に見覚えのある者達が立っていた。
「そんなことより……瀬奈はどこ?」
加賀の疑問を鈴は無視して周囲を見渡してから、瀬奈の居場所を加賀に問い詰める。
起きたことの整理が追いつかない加賀は放置され、瑞己は鈴を下ろす。
「ま、まさか……この高さを上って来たのですか!?」
「だから、そんなことはどうでもいいのよ! 瀬奈はどこ!」
話が進まないことに苛立ち感じた鈴はツカツカと加賀に近づいてその胸倉を掴む。
「あ、あ、……に、二階」
鈴の気迫に圧されたのか、加賀はそれだけを言って階段を指差す。
「行こう、鈴」
「ふんっ!」
鈴に突き飛ばされるように離された加賀はただただ呆然とすることしかできなかった。
「……おい」
「は、はいっ」
そんな様子で呆けていると不意に瑞己が声をかけた。
その時に鈴からは見えてなかっただろうがテーブルの裏に血溜まりと女性のような人影が見えた。見覚えのない着物を着た女性。
確か瀬奈の義母は二人。真奈がそこの女なら、あれがメイということだ。
瑞己がいない間に何が起きたのか、それはわからない。もうすでに起きた後なのだから、瑞己にはどうすることもできない。しかし、瀬奈の罪を償わせることができなかったのは少し残念に思った。
そんなことを考えながら、瑞己はそこで気絶してる真奈に指を差して加賀に告げる。
「そいつに用があるんだ。……また、突き落とすなよ?」
「!?」
拓巳と二人で対峙した時とは雰囲気の違う瑞己に加賀は息を呑む。今、自分の目の前にいるのはほんとに人間なのかと疑うほどに。
鋭い牙をちらつかせ、その首筋にいつでも噛み付くことができる。瑞己の瞳の奥に感じる、身を潜めた猛獣がそう言っている気がした。
「わ……わかりました」
すでに死ぬつもりだった加賀だったが、自ら命を絶つ覚悟はしても殺される恐怖に立ち向かう勇気は無かった。
「瑞己、早く!」
「あぁ」
鈴に呼ばれ、瑞己は階段を登る。二階に上がると部屋が三つ。壁に沿うようにある二つの部屋と立ち塞がるようにある正面の奥の部屋。
どこに瀬奈がいるのかはなんとなくわかった。壁沿いにある部屋の扉に比べて、奥の部屋だけが質素なものだった。この家にあるものはどれも細部にもこだわったデザインを取り入れているのにそこだけ手を抜いたような、どう扱ってもいいような部屋のように見えた。
「きっとあの部屋ね」
鈴は迷わずその部屋に向かい、ドアノブに手をかける。
「瀬奈!!」
勢いよくダンッと音を立てて開かれた扉とは真逆に部屋の中は驚くほど静かだった。音が吸収され、暗闇が敷き詰められたような部屋。そこに差し込む一筋の月明かりは暗く静かな部屋に差し伸ばす唯一の救済のよう。
「……!? お前ら、どうしてここにいる!?」
突入した鈴の目に映ったのは、上半身を裸にした拓巳がベットで横たわる瀬奈に迫る光景。
「この……変態っ!!!」
「う゛っ!!」
鈍い悲鳴と共に拓巳は瀬奈から引きはがされるようにはじき飛ばされた。
口よりも先に手が出る鈴は状況を見た瞬間に拓巳の顔面に飛び膝蹴りを繰り出した。あまりの展開が早さに瑞己も茫然としてしまっている。
「瀬奈! 瀬奈! 大丈夫!?」
「…………」
鈴はベットに横たわる瀬奈の肩を揺らすが、反応がない。そのかわりに寝息が聞こえた。
「眠っているみたいだな」
「はぁ……よかった」
穏やかに眠っている瀬奈の顔を見て、一安心した鈴は瀬奈をギュッと抱きしめた。
その時、髪に隠れていた瀬奈の首筋が見えた。そこには細い針で刺したような跡があった。注射器で刺されたような痕跡、瑞己は何故か自分の首筋を摩る。
覚えはないが、自分も似たようなことされたことがあるような気がした。
「お、おい……」
そんな違和感に気を取られているといつのまにか拓巳が立ち上がっていた。鈴の膝を喰らったことで鼻血を流しながら酷く二人を睨みつけている。
「僕の瀬奈を返せっ!」
「誰があんたの瀬奈よ! 瀬奈は私のよ!!」
(それも違うと思う)
瑞己は敢えて口にはしなかった。あの凶悪な膝蹴りを喰らいたくはない。
「…………」
瑞己は改めて拓巳の容姿を見ると言葉に詰まった。瑞己の追わせた怪我もそうだが、もとからあったのであろう古傷は見るに堪えない。
「なんだ? 僕を哀れんでいるのか?」
その視線に気づいた拓巳は同情の眼差しを向ける瑞己を鼻で笑う。
「どいつもこいつも……僕を見て可哀相な奴とか、哀れだとか……余計なお世話なんだよ!」
拓巳は自分の顔を掻きむしる。まるで癇癪を起こした子供だ。爪を立て、自ら顔の皮膚を引っ掻く。
「瀬奈だけなんだ、僕を受け入れてくれたのは!」
子供のころ拓巳はよく一人で遊園地に足を運んだ。それは普通の家族を知りたかったから。愛されるということを知りたかった。
目に映る親子は誰もが笑顔で幸せそうだった。では、自分はどうか。
親といて笑えているだろうか。
我が儘を言ったことがあるだろうか。
兄弟喧嘩をしたことはあっただろうか。
今の自分は幸せなのだろうか。
そこに行けば、その答えが見つかると思っていた。愛情や幸福を学べる気がしていた。けれど、実際はただ虚しい孤独感を味わっているだけだった。
そんなとき白いワンピースを着た子供とぶつかった、瀬奈だ。
一緒にいた男はどう見ても親には見えなかった。この子も一人なんだ、同類なんだと。そう思うと拓巳は瀬奈に親近感を感じた。
「あぁ、瀬奈……セナ、セナ、セナ、セナ、セナァ!」
この子の事がもっと知りたい。もっと側にいたい。
支配したい。
拓巳の世界に初めて踏み込んだのが瀬奈だった。
「瀬奈は僕だけのモノだ! 僕だけが瀬奈を愛することができるんだ!!」
「何言ってんのよ……」
鈴は発狂した拓巳を正面から見据えて、はっきりと言う。
「貴方はただ孤独を紛らわせるために人を愛しているつもりなだけよ!!」
「くっ! ……黙れーーーー!!!」
真意を突かれた拓巳は勢い任せに鈴へと襲いかかる。が、それは瑞己が許さない。
「ふぐっ! がぁ!!」
「……鈴に近づくな」
考え無しに迫り来る拓巳を押さえるのは簡単だった。腹に一撃、そして後頭部を掴んで顔面を床に叩き付けた。
「…………」
「あれ?」
「…………」
拓巳の額から血が流れてきた。
瑞己はあまり力を入れていないつもりだったが、どうやらビルを駆け上がってきた後ということもあり、力加減を間違えたらしい。
動かない拓巳を鈴が足先で突くと鈍いが反応があった。
「大丈夫。気絶しているだけよ」
「そ、そっか……」
(やってしまったかと思った)
しかし、何はともあれ。これで無事に瀬奈を取り戻すことができた。
いまだに眠っている瀬奈は少し不安だが、まずはここから出るために鈴は瀬奈を背負う。拓巳はというと、瑞己がベットの布をちぎって縛る。そして、そのまま引きずって連れだした。
「おや、遅かったですね」
瑞己と鈴が階段を降りていると、そこで悠然と待っている人物がいた。
「綾吊……兎無」
「やぁ、またあったね」
白いトップハットを被り、白い衣装に身を包み、サーカスの興行師でもやってそうな愉快な男。
「瑞己……誰?」
「鈴……気をつけろ。あいつは犯罪者だ」
「犯罪者!? ……まさか、瀬奈を狙って」
「いえいえ、私の目的はお使いです。そこの半端ものは関係ありません」
「半端もの?」
「おっと、すいません。口が滑りました」
引っかかる台詞だ。兎無はその言葉を瀬奈に向けて言った。それがどういった意味なのかはわからないが、まるで瀬奈の存在を蔑むような言い方だ。
「ところで……」
「ひぃっ!!」
兎無は目線を変えて、加賀を見下ろす。どうやら、鈴と瑞己が降りて来るまで加賀と何かを話していたらしい。
兎無は手に持つステッキの先端を加賀に向ける。
「貴方に頼んでおいた物は?」
「は、はい! ……こ、これですか?」
加賀は何か小さい箱を兎無に手渡す。細長いものをいれるような長方形型のケースだ。
兎無はケースを受け取ると、その中身を確認する。
「はい、確かに受け取りました」
満足した兎無はケースをしまう。
「さて、これで私の用事は済みました。それではお暇させていただきます」
帽子を脱ぎ、一礼すると兎無は窓際へと歩いていった。
「あぁ、そうだ。……起きろ」
「……はい、ご主人様」
何かを思い出したようで、兎無は振り返って声をかけた。そして、その声に反応した人を見て加賀は驚愕する。
「そ、そんな! 死んだはずなのに!?」
「死にませんよ。これは私の人形なのでね」
立ち上がったのは、メイだった。拓巳によって喉を裂かれたはずのメイが何事もなかったように歩く、信じられない姿が映る。
「ど、どういうことですか!?」
「どうとは?」
「何故、彼女が生きているのですか!?」
「だから、生きていませんよ。これは私が手掛けた操り人形です。もともと死体だったものを私が再利用したんですよ」
加賀は訳がわからないと、開いた口が塞がらない。口をパクパクと兎無は溜め息をついて加賀に説明する。
「これは私が仕込んだ罠です。あなたが抱えているそこの女性の経済力、権力を利用するために私が端正込めて作った力作です。しかし、ここまでうまく行くとは思いませんでしたよ」
「彼女を騙すために?」
「騙した訳ではありませんよ。どちらかと言うと、堕落させたんです。私は死体を操れる。それも生前の機能を大きく残したまま。勿論、異能もね」
兎無は手元に戻ってきたメイを貴重品のように丁寧に扱う。
「これの異能は【堕落】。そばにいればいるほど、対象を自分の思い描いた方針へと堕落させることができる。時間は掛かるが確実にこれを手にするにはこれが一番だったのさ」
「では、彼女達の奇行は全て……」
加賀がそこまで言うと、続く言葉を予想できた兎無は思わず広角を上げた。
「えぇ、私の仕業です」
「…………あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁ!」
点と点が結び着くように、全ての出来事が繋がった。
メイと出会った真奈は仕組まれた事とは知らず、次第にメイと親睦を深める。それをきっかけに真奈は深い溝に嵌まるように堕落していった。
次々に子供を養子に迎え入れ、捨てては拾ってを繰り返した。それに群がる邪魔物は真奈が勝手に権力で押し潰してくれる。
そして、頃合いになると熟した実を収穫するために拓巳と加賀を利用した。
全ては仕組まれていた事だった。真奈の悪行も、瀬奈の拉致も、加賀の復讐さえも利用された訳だ。
「そろそろ時間ですね」
「がはっ! …………こ、これは」
兎無に襲いかかろうとした加賀が突然膝を落とし、血を吐く。
「【天秤】について一つ、伝え忘れたことがあります」
「? ……はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、うぐっ!!」
加賀は胸に手を当て、踠き苦しむ。
「【天秤】は必ずバランスを保たなければならない。よって願いを叶える代わりに、その代償を必ず支払う必要があります」
兎無は震えて息も絶え絶えな加賀にしゃがんで優しく伝える。
「しかし、欠点があるんです。天秤にはタイムリミットがありまして。強い契約力がある分、効果時間は短いんです」
兎無は加賀の肩に手を置く。
「せいぜい3日が限界なんですよ」
加賀が拓巳と【天秤】を交わしたのは丁度、3日前の今頃。つまり、真奈の【契約】を阻止する力も時間切れとなった。その証拠に拓巳と加賀の胸元にあった天秤の印が薄くなっている。
しかし、これも兎無の策略に他ならない。
「ど……どう……して?」
「理由は……特にありません」
「!?」
「強いて言えば……あなたの復讐劇を失敗させたかったんですよ」
そんな下らない理由で、と加賀は怒り狂いそうだ。
今すぐ兎無の胸倉を掴んで殴ってやりたいが、心臓を握られているような圧迫感と苦痛で体を動かす事すらままならない。どんなに憎もうが加賀は唇を噛むことしかできない。
「……最低」
「貴女は……学園の生徒ですね?」
「……それが何よ」
「私はどう思われても気にしませんが……あなた方、学園の生徒はもう少し異能という存在がどう思われている認識した方が身のためですよ?」
何か含みのある言い方だ。
「どういう意味よ!?」
「さぁ? どういう意味でしょうね?」
「ちっ!」
「鈴……落ち着け。アイツのペースに流されるな」
こちらを嘲笑うような兎無の態度。瀬奈を背負っていなければ恐らく鈴は兎無に膝蹴りをかましていただろう。
だが、鈴と同じように瑞己も兎無の言葉の意味が気になる。それに兎無が受け取ったケース。一瞬だけだったが、瑞己はその中身が見えた。
ケースの中身は注射器だ。
「そのケースが目的なんだろ? 用が済んだなら早く逃げた方が良いんじゃないか?」
「えぇ、そうさせていただきます」
直後、割れた窓から室内に流れるような突風が吹く。それと同時に翼をはためかせる音が近づく。
「迎えも来ましたし」
「か……烏!?」
窓に降り立ったのは三メートルを優に越えた漆黒の烏。しかし、その目には生気がない。つまり、これも兎無の人形だ。しかも、ロビーにいた番犬と同じ異能を兼ね備えた個体。
「それでは皆さん、ごきげんよう」
兎無とメイが烏の鉤爪に捕まると、烏はまた翼を羽ばたかせる。巨体に相応しい力強い暴風がその場にいるものを襲う。
「きゃっ!!」
瑞己は倒れそうになる鈴を支えながら飛び立っていく兎無が見えなくなるまで警戒し続けた。
一難去ってまた一難。
鈴と瑞己は立て続けに変わる展開に着いていけないが、取り敢えず瀬奈の救出は完了した。
最後まで読んでくださりありがとうございます。
ここでお知らせがあります。この度、
『元公爵令嬢は悪びれない』
を新しく連載します。よかったら読みに来てください。




