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異能な僕らの青春期  作者: 戌叉
二章
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19 加賀の過去

瀬奈は車の窓から流れる景色を見ていた。車内には走行音だけが響いている。車を運転しているのは昔のように加賀がハンドルを握っている。



目の前にいる瑞己の仮面を被った偽物は何も言わずに瀬奈をじっと見ていた。その気持ち悪い視線に目を合わせたくなくて瀬奈はずっと窓の向こうを眺めている。



しかし、いつまでも瑞己の顔でいられることにいい加減、不快感が我慢できなくなった。



「……先輩の顔をやめてください。もう、必要ないでしょ」

「ん? あぁ、そうだね」



そう言うと偽物は顔を両手で覆い、皮膚を撫でるように下に降ろして言った。すると、泥が流れるように頭のてっぺんから皮膚が崩れ落ちていく。



瑞己の顔が瞬く間に剥がれていく。



「改めて……久しぶりだね、瀬奈」



仮面が剥がれ、その素顔が晒されると瀬奈はやっぱりと思った。口調や態度からあの時の面影があって、もしかしてと思っていたけれど瀬奈はこれで確信した。



「美原さん……」

「拓巳でいいよ」



彼は美原拓巳。瀬奈と一度だけ遊園地で遊んだあの時の少年だ。そして今、彼は国から指名手配されている異能者でもある。



その素顔は黒髪のマッシュヘアで細い目が前髪から見え隠れしていた。確かに自分が言うだけの顔立ちは整っていると瀬奈は思ったが、その顔には大きな特徴があった。



唇の端から左頬に伸びる一本の傷痕。傷自体は浅く、裂けている様子はないが痕跡が痛々しく残っている。瀬奈はその傷に目が止まった。



子供の頃に拓巳を列車から突き落とした記憶が蘇る。その時できた傷なのだろうかと不気味で嫌悪感しかない相手だが過去のしこりは残したくなかった。



「今更ですが、突き落としてすみませんでした」

「あの時はびっくりしたよ。でも、今は気にしてないから」



拓巳はずっと笑顔のまま気にしないでと瀬奈に言う。そして、瀬奈の視線が自分の頬に向いていることに拓巳は気づいた。



「これのこと?」



瀬奈は黙って頷く。



「これはあの時の傷じゃないよ」



その言葉に瀬奈はほっと安堵した。あの傷が瀬奈のせいではないのならば罪悪感を感じることもない。今でも突き落とした事に後悔はしていないのだから。



「もしかして……心配してくれたの!? ありがとうね! 確かにあの時はいきなり過ぎたけど、今なら気持ちの整理もできているんじゃないかな? 僕はあの日、君に出会った日から心に決めた人は瀬奈だけと決めているんだ! 瀬奈も同じ気持ちだったんじゃないかな? 嬉しいな! やっぱり僕たちは運命で……」



嵐のようにしゃべる拓巳は次々と勝手な妄想を繰り広げる。



また、拓巳の身勝手な気持ちの押し付けが始まった。



瀬奈はこのままではまた、いつ、何をされるかわからない。拓巳が暴走する前に話題を変えることにした。



「ゆ、誘拐した理由は何ですか!」

「……誘拐?」

「そうです。自分を何故誘拐したんですか?」

「誘拐なんかじゃないよ」

「何言って……」

「僕達はただ……頼まれて迎えにきただけだよ」



学園に不法侵入して、鈴に手を出し、強制的に瀬奈を連れ出した。これが誘拐でなければ何なのだろうか。



「一体誰が……」



瀬奈は問い掛けながら本当は心当たりがあった。加賀が姿を現してから頭ではそんな気がしていた。でも、本能的に考えないようにしていたのかもしれない。



「勿論、瀬奈のお母さんさ」



瀬奈は一気に体中の熱が奪われたように錯覚した。全身が鳥肌をあげ、寒さで凍えるように肩が震える。



瀬奈が母と読んでいた人は二人しかいない。



「真奈様とメイ様です」



これまで口を閉じていた加賀が初めて言葉を発した。とても苦しそうに。



しかし、瀬奈はそんな加賀の口調には気づかない。自分の肩を押さえてその恐怖心を少しでも和らげることに精一杯だ。



脳裏に蘇るのはお仕置き部屋とそれを笑顔で見つめるあの二人。人間の皮を被った化け物。



学園にいれば少なくとも後三年は猶予があったから瀬奈は考えもしなかった。あの二人が強制的に自分を連れ帰ろうとするなんて。



「どうして貴方があの二人に協力するんですか?」



恐怖に体を奮わせながら瀬奈はそれが気になった。拓巳が真奈とメイに協力する理由は何なのだろうかと。



「僕? 僕はあの二人に頼まれたんだ。瀬奈を連れ戻すのに協力してほしいってね」

「どうして、貴方に?」

「うーん、……やっぱり僕の瀬奈への思いをあの二人が理解してくれたんじゃないかな!」



そんなことあるわけがないと瀬奈は拓巳を鼻で笑う。



瀬奈は誰よりも真奈とメイの事を知っている。そんな二人が拓巳の異常な執着心を認める訳がない。それは瀬奈を大切に思っているからではなく、自分の玩具を誰かに取られたくないという子供みたいな我が儘だ。



「それにあの二人と契約したんだ。連れ戻したら、瀬奈と……結婚させてくれるってね!!」



拓巳の恍惚した表情に恐怖心とは違う悪寒が瀬奈の全身を走る。



(き、気持ち悪い! こんな人と結婚なんて死んでも嫌だ!)

「嘘です! あの二人がそんなことするわけありません!」

「いいえ、確かに契約していました」



また、加賀が口を挟む。



瀬奈は昔から加賀のことが好きだった。皺くちゃな手やゆっくりとした話し方が心地よくて、子供の頃の瀬奈は加賀の側にいるだけで安心した。



しかし、今の加賀に対しては鈴に手を出した怒りと突然いなくなってしまった裏切られた気持ちしかない。



「加賀さん、貴方もです! どうして急にいなくなったりしたんですか!?」

「……クビにされたんです」

「クビ?」



運転しながら加賀は終始申し訳なさそうにその理由を話し始めた。



「瀬奈様を遊園地から送った後に私はクビにされたんです」



丁度、車が信号で止まる。



「あの次の日、瀬奈様に新しく世話役が付きましたよね?」

「……はい、阿久津(あくつ)未奈美(みなみ)さんという方です」

「その未奈美とうのは……私の娘なんです」

「えっ!? でも名字が」

「別れた妻の名字なんです」



信号が青になり、止まっていた車が走り始めた。



「あの日の翌日、私はいつも通り真奈様とメイ様を迎えに行くとロビーにあの二方と共に未奈美がやってきました」

「もしかして、あの日自分が逃げだそうとしたことに関係あるんですか?」



加賀は前を向いたまま首を振った。



「いいえ、瀬奈様のせいではありません。何日も前から決まっていたことでした。私の娘が瀬奈様のお世話と真奈様とメイ様の送迎を担当することになり、私は不要となったのです」

「まさか、加賀さんをあの人達から引き離すために?」



そうだったらどれほどよかっただろうか。瀬奈は失笑する加賀からそんな思いが込められている気がした。



「私はこの仕事が危険だとわかって、未奈美が十一歳の時に妻と別れることにしました。理由は……告げてません。二人を巻き込むわけには行きませんから」

「…………」

「当然二人は反対しました。妻は酷く怒り、娘がいかないでと泣いたのを今でも覚えています。しかし、二人に嫌われてでも妻と娘の安全のためならと覚悟しました。まさか、それがこんな結果になるとは……」



妻と娘の為に自分を犠牲にしたつもりが、加賀は最悪な形で娘と再会することになったというわけだ。



別れの日から加賀は家族と一切の連絡を取らなかった。万が一があってはいけないと娘の声を聞くのを我慢していた。妻には事情を話して理解して欲しかったけれど、自分が犠牲になり家族に危機が及ばないのであればそれに越したことはない。



「八年ぶりに再会した未奈美は私に向かってお前はクビだと告げました。その時は何が起きたかわからず、放心状態で何もしゃべることができませんでした」



そのまま三人は加賀を無視して加賀が運転してきた車でどこかに行ってしまったらしい。



久しぶりにあった娘は加賀に冷たい眼差しを向けていた。もうそこに親子の絆は無いと宣告をするような態度で。



「よくよく考えれば私がすべての原因です。あの子が私を恨むのもしょうがありません。私は二人を……捨てたも同然なのですから」



真奈とメイの送迎をクビにされた加賀は途方に暮れ、何を思ったのかかつて妻と住んでいた家へと向かった。



自分がいない間にどういった経緯かはわからないが娘は復讐を遂げに来た。それでも真奈とメイのそばにいることだけは絶対に後悔する。



歩く足を速めて妻に未奈美があの仕事をやめるように説得しに行った。



「未奈美はきっと私の話を聞いてくれません。だから、何を言われても聞き入れる覚悟で妻に頼み行きました」



雨の降る中、加賀は傘を差して結婚した時に夫婦の記念に建てた思い出の詰まった家へと帰ってきた。



自分が出て行ったときよりどこか古びた様子に見えたのはお互い年を重ねてきたからなのだろうと加賀は懐かしの家を眺めながら玄関でベルを鳴らす。



「でも、私は遅すぎたんです」



何度か鳴らすベルに反応が無い。



もしかして出かけているのだろうか、それとも自分だとわかっていて無視しているのだろうか。



そんな事を考えながら玄関で立っていると、この家に住み始めた頃によくお世話になった近所のおばさんが通り掛かった。



不意に目が合うとおばさんは血相を変えて加賀に迫ってきた。



「あんた、ここで何してるんだい!?」



いつも優しく話しかけてくれたあのおばさんは雨の音を遮るほど荒げた声で加賀にそう言い放った。 



「八年も妻と娘を置き去りにして今更どの面下げて戻ってきたんだ、この馬鹿たれが!!」

「えっ、いや、それには訳が」

「言い訳なんか聞きたくないね! あんたのせいであの二人がどれだけ辛かったか、知らないだろ!」

「え?」



加賀は妻と別れたからといって妻と娘を蔑ろにしてきたわけではなかった。今まで二人が十分暮らせるだけの金銭を毎月欠かさず送金していた。娘のために仕事を辞めてくれた妻が一人で子育てできるようにほとんどの給料を加賀は生活費として送っていた、はずだった。



「わ、私は二人がお金に困らないように毎月生活費を送っています! 普段の生活と娘の学費も(まかな)える程度にはあったはずです!」

「……だったら、どうして……どうして千代(ちよ)さんは過労死なんかしたんだい?」

「………は? ……過労……死?」



最初は空耳かと思った。



振り返って表札に目を向けた。そこには二人で掘った『加賀』の文字があるはずだった。



それを二人で下手くそな文字を笑いながら、何度も書き直した。



念のためといつも持ち歩いていた家の鍵を出して鍵を開けた。玄関を開けると埃の臭いが鼻についた。



ここでいつもお帰りと妻が娘と一緒に玄関まで迎えに来たのが、つい昨日のように思い出せる。



リビングが透けて見える窓ガラスを庭から覗くと誰かが生活している様子は無く、家族団欒と食事をしていたテーブルが乱雑に置いてあった。



遅く帰っても暖かい食事を作ってくれる妻に感謝の言葉は伝えていただろうか。



そこには無人の一軒家があるだけだった。



それでやっと何が起きたのか理解した。



体に力が入らなくなった。



空から冷たいものが降りかかった。



上手く立てなくて膝が崩れてしまった。



急に呼吸が苦しくなった。



頬を伝っていくのが雨ではなく自分の涙だと気づいた時、加賀は自分が惨めに泣き崩れているのだとわかった。

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