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異能な僕らの青春期  作者: 戌叉
二章
51/68

17 迎え

少し長いです

カフェを出た鈴と瀬奈は少し外を散歩することにした。提案したのは瀬奈の方から。



まだ落ち着かないと、適当な理由をつけて鈴と一緒にいる時間を少しでも引き延ばそうとしていた。



「り、鈴先輩は何が好きなんですか?」

「私? そうね……動物は好きよ。特に野性味のある動物がね、例えば……」

「狼とか?」

「そうそう」



瀬奈は遊園地で見た狼を思い出した。



「子供の頃、一度だけ狼を見たことがあります」

「へぇ……どうだった?」

「……綺麗でした」

「綺麗?」



瀬奈の意外な返答に鈴は少し驚いた。普通なら格好いいやら、恐ろしいなどの答えが返ってくると思っていたのに予想の斜め上をいく瀬奈の考えに少し関心した。



「どうしてそう思うの?」

「初めて見た瞬間は怖くて思わず目を背けたんですけど、後になってあの狼のことが頭から離れませんでした。……狼の生きる姿を、羨ましいと思ったから」



あの日は瀬奈が初めて遊園地に行った日、そして真奈とメイの本性を知った日。



「羨ましい?」



瀬奈は立ち止まり、振り向いた鈴に顔を向けて話を続ける。



「はい、生きるために……自分のために生きていく姿がとても綺麗に思えたんです。本能の赴くまま狼としてあるべき姿がそこにはあった気がしました」

「瀬奈は……その狼に嫉妬していたの?」



鈴の言葉に苦笑いで答える瀬奈。嫉妬、そういわれたら瀬奈は何だかその言葉がしっくりきた。



「嫉妬かぁ……そうかもしれませんね。人の顔色ばかり伺っていた自分は何者にも縛られない狼に憧れていたのかもしれません」

「憧れ……ね。なら、それを目標にしたらいいんじゃない?」

「どういうことですか?」



鈴は再び歩き始める。瀬奈も遅れてその数歩後ろをついていくように歩く。



「憧れってことはなりたい、そうしたいって事だと思うの。だから、憧れにするんじゃなくて目標にしたらなりたい自分に近づいていくんじゃないかしら?」

「なりたい自分……ですか」

「そうすれば、きっと自分がどういう人間なのか少しずつわかると思うわ」



今の瀬奈にはまだ難しいかもしれないが、これから一歩ずつ自分の気持ちと向き合うことができれば瀬奈の精神を縛る鎖は少しずつ解けるかもしれない。



瀬奈になにか譲れない物ができて、それが危険に晒された時には周りの事など省みず自分の本能をさらけ出す事ができるかもしれない。



(自分は……どうなりたいんだろう?)



沈んだ太陽の残光を眺めながら瀬奈はぼんやりとそんなことを考えていた。






▽▽▽▽▽

「そろそろ帰りましょ」

「そうですね」



カフェを出て三十分程歩くと外はすっかり暗くなり、二人は寮へと帰ることにした。



高等部と中等部の寮は別々に建てられているため帰路が途中で別れることになる。鈴は瀬奈とその別れ道まで並んで歩いていく。



等間隔に街灯の明かりがあるとはいえ、夜道は不気味さは増すばかり。特に瀬奈はストーカーの一件があるから無意識に周囲を警戒してしまう。



「大丈夫よ、私がついているから」

「あっ」



瀬奈の不安を察した鈴が瀬奈の手を取る。暖かい温もりと安心感を感じながらも瀬奈は少し情けなくなった。



異能で性別が変わるとは言え、中身は男のつもりでいる瀬奈は好きな女性に守られるのは流石にみっともなく思っているようだ。



そんな葛藤に悩まされているといつのまにか分かれ道に着いてしまった。



「ここまで来れば大丈夫でしょ。それじゃ……ん?」



鈴が手を離そうとすると瀬奈が握る手に力を込めて離そうとしない。振り返って瀬奈に目を向けると下を向いていた。



「どうかした?」

「……もう……少し……」

「ごめん、何て言ったの?」



ぼそぼそと何か言う瀬奈。しかし、隣にいる鈴でさえ聞こえない声。



瀬奈はもう少し一緒にいたいと言いたいのだが、鈴のことを意識し始めてから恥ずかしくて思うように言葉がでない。下を向いているのも恥ずかしさと赤面している顔を見られたくないからだ。



「瀬奈?」

「……いえ……何でもないです」

「そう? それじゃ、明日ね」



瀬奈はまだ本音よりも照れが勝っているみたいだ。何とか笑顔をつくって鈴に顔を向ける。



「はい……また明日!」



結局、瀬奈は言うことができなかった。また明日会える、それだけでよしとしよう。自分にそう言い聞かせて鈴の手を離した。



名残り惜しいと思いながら手を振って帰っていく鈴に瀬奈も手を振り返した。



鈴の姿が街灯の明かりから外れ、夜闇(よやみ)の中に消えていくと瀬奈は寮までの道を溜め息をつきながら歩き始める。



頭を過ぎるのは鈴のことばかり。どうしたらあの人と一緒にいられるか、気を引くにはどうしたらいいのか、どんな人が好みなのか。



「鈴先輩はあの人のどこがいいんだろう?」



一番の障害はやはり瑞己だ。瀬奈から見ても瑞己は格好悪くはないが、飛び抜けて整った顔立ちにも思えなかった。なら、鈴の気を引いているのはその内面部分なのかと。必死に瑞己の長所を探す。



しかし、瀬奈は瑞己の内面をまだ良くは知らない。今のところ、人に対して無関心を装っているがお人よしの一面が透けて見える程度にしか知らない。



今は恋人同士ということになっているが、ストーカー被害が解決したらその瞬間に恋敵となる。



「まっ、先輩だからって譲る気はないけどね」



初めて譲れない物ができた瀬奈は何となく今後の学園生活が楽しみになってきた。



しかし、そんな思いはすぐに遮られてしまう。



「何だか、楽しそうだね。瀬奈」

「……え?」



軽快になった足取りを止めて、後ろから聞き覚えのある声がして瀬奈は振り返る。



瀬奈はその声を何故か昔から知っているような気がした。



「先輩?」

「やぁ」



そこに立っていたのは嘘の恋人。瀬奈に向けて満面の笑みを浮かべる瑞己がいた。



どうしてここに、いつからそこに、何のようがあってなど思うことはいくらでもあるが、瑞己の見て最初に思い浮かんだのは気味の悪さだった。



「な、なにしてるんですか?」

「何って……一人じゃ危ないから。寮まで見送ろうと思ってね」



全身に鳥肌が浮かぶ。一見親切のようにも見えるが、瀬奈はそれに身の危険を感じた。



「いえ、大丈夫です。すぐそこですし、先輩ももう遅いから帰った方がいいですよ」

「遠慮しなくていいよ。恋人を送るのは彼氏の役目だろ?」



言っていることは間違えていない。間違えていないのだが、根本的にいつもの瑞己と何か違う違和感がある。



瑞己は瀬奈に負い目を感じているが、友人以上の好意は向けていない。率先して恋人のようなことをやろうとはしない。目の前の不気味な存在のように瀬奈を全身舐め廻すように見たりしない。



これは、瑞己じゃない。



声も顔も瑞己そっくりだが、本人じゃない。



「あなたは……誰ですか?」

「…………」



瑞己の笑顔は崩れない。



瀬奈は更に警戒心を高める。体が自然と強張る。



「先輩はどうしたんですか!?」

「なんでばれちゃうかなぁ?」

「まさか……あなたがストーカー?」

「ストーカーだなんて……酷いな。僕は瀬奈を見守っていただけだよ」



瑞己の顔でそれはそれは残念そうに偽物は溜め息をつく。まるで失恋でもしたような表情で肩を落とす。



(自分はこの人を知っている気がする。でも……思い出せない)

「まぁ、そんなことどうでもいい」



瑞己の偽物は瀬奈へと近づくと手を差し、瀬奈がその手を掴むのを待っている。



「迎えに来たよ、瀬奈。一緒に帰ろう」

「な、何を言っているんですか?」



その手を取ってはいけない。目の前の偽物が醸し出す雰囲気は瀬奈はよく知っている。今でもあの二人の影が付き纏っているような気がしているのだから。



「嫌です……自分はどこにも行くつもりありません」

「そんな……どうして? もしかしてこの顔だから? こんなの仕方がなく変えているだけだよ。この学園から出たらすぐに元に戻するから……そしたら」

「あなたがどこの誰かなんて関係ありません!」



人の話を聞かないところも同じ。こちらが黙っていれば今度はそれを都合のいいように解釈するのだろう。



だが、もうそんなことはさせない。



自分の気持ちをはっきり口にしなければ今までのようにまた辛い思いをしなければいけなくなる。瀬奈はそんな事はもう懲り懲りだ。



「自分はこの学園が好きなんです! いたい場所なんです! あなたがどこの誰で、何故ストーカー行為をするのかは知りませんが、迷惑です! 不愉快です! 自分に近づかないで下さい!!」

「よく言ったわ、瀬奈!」

「!!」



瀬奈の拒絶の叫びと同時に瑞己の偽物は横から飛び出してきた者によって蹴飛ばされた。



「ようやく現れたわね、ストーカー野郎!」

「り、鈴先輩!」



飛ばされた偽物と入れ替わるように瀬奈の目の前に来たのは鈴だった。不意を狙った全力の蹴りは偽物を数メートル先まで勢い良く蹴飛ばした。



「カフェを出た当たりからずっとついてきていたのよ」

「え、気づいてたんですか!?」



そう。別れた後に鈴は街灯の灯が届かない木の裏に潜み、瀬奈をひっそりと尾行していた。



「ごめんね、言わなくて。でも、犯人を捕まえるチャンスだと思ったから囮にさせてもらったわ」

(えぇ! ま、まさか独り言聞かれてないよね!?)



瀬奈は囮にされた事実よりも鈴のことを考えながら呟いていたことがばれていないか、その方が気になるようだ。



「うわぁ……びっくりしたなぁ」



瀬奈が慌てていると落ち着いた声で偽物が倒れたままそんなことを言う。



「いきなり蹴るなんて酷いじゃないか、鈴」



言葉ではそういいつつも何ともないように偽物は立ち上がり服についた土を払う。



「気安く名前で呼ばないでよね。気持ち悪い」

「……なんだ、やっぱりばれてたのか」

「そんな下手な変装で私が気付かないわけないじゃない」



鈴の冷たい視線が偽物を射抜く。初めて見る鈴の蔑む態度と嫌悪を表す姿勢に瀬奈は少し畏縮する。鈴の知らない一面を知る事ができたのはよかったが、あの眼差しは向けられたくはないのだろう。



しかし、今それを向けられている張本人は表情一つ変わらない。



「本物の瑞己はどうしたのよ?」



軽蔑を込めた鈴の声に更に怒りが加わる。瑞己のこととなると本人は無意識だがほんの少し過激になる。最初に跳び蹴りをしたのも、まさかストーカーが瑞己に変装するとは思わず、瑞己を汚されたように感じて思わず足が出てしまったのだ。




「別に何もしていないさ。最近学園に来ていないから今がチャンスと思って顔を変えただけ。こんな不細工な顔、好き好んで変える分けないだろ?」

「確かにイケメンじゃないけど、あんたの素顔よりはきっとマシよ」



本人がいないとは言え、あまりの言われようだ。瀬奈があの人実は皆から嫌われているのかと思うほど言われたい放題だった。



「それに以外とモテるのよ、見向きもされないあんたとは違ってね」

「あぁ……瀬奈、君の彼氏らしいね。全く……身の程もわきまえない不細工が! 瀬奈の隣に相応しいのは僕だけに決まっているだろ! あんな奴は邪魔なんだよ! ああいうのは害虫と一緒だ、駆除するべきなんだ!」



瀬奈のことになると偽物はたかが外れるように感情を顕にする。まるで自分のお気に入りの玩具を横取りでもされたような態度だ。



「瀬奈もそう思うだろ? あんな男、本当は嫌なんだよね?」

「え、えーと……」



瀬奈は迷っている。実は偽の恋人でストーカーを炙り出すために偽装していたと言ってもいいのかと。それは瑞己が彼氏じゃないと知れば目の前の男が喜びそうでどうにも気が進まなかったから。



しかし、これ以上瑞己に迷惑をかけてもいいものかと申し訳ない思いもある。相手がこんなにも異常だと瑞己が危険にさらされるかもしれない。



瀬奈は自分の保険と瑞己の危険を天秤にかけている。



「…………じ、自分は先輩が……好き……です」



迷いに迷って結局、瀬奈は恋人のふりを突き通すようだ。決してきっとなんとかなると楽観的に考えているわけではない。



「だそうよ。あんたの出る幕なんて最初からないわ。わかったら、さっさと警察に出頭して頭擦り付けて瀬奈に謝りなさい!」

「…………はぁ」



溜め息をついてから偽物は瀬奈に笑顔を向ける。



気味の悪い笑顔だ。そして、真っ直ぐに瀬奈を見ている。



「瀬奈……大丈夫。僕はわかってるよ。本当は嫌なんだろ?」

「いえ、だから……」



偽物の目は瀬奈を見ているようで全く見ていない。瀬奈の意見を求めていない。



「大丈夫……僕はわかってる。瀬奈の事は何でもわかるんだ。瀬奈の好きなものも、嫌いなものも……不幸も幸せも、何もかも……僕は君の全てを受け入れる」

「……気持ち悪い」

「君には理解できない。これが……愛というものなんだ」

「……思い、出した」

「瀬奈?……」



瀬奈が小さく呟いた。その声に鈴が反応する。



それは忘れていた記憶、そして忘れてしまいたかった記憶。



瀬奈は偽物にそれが聞こえないように鈴に小声で伝える。



「自分は……この人を知っています。思い出しました、彼は」

「……瀬奈、それは後よ。まずはこいつから逃げないと、っーーーー!?」



突然、鈴の背後から強力な衝撃が襲う。全身を駆け巡る痺れによってその正体にすぐに気付いた。



「ス、スタン……ガン」

「鈴先輩!」



よろめく鈴が背後を振り向くと警備員の服を着ている年老いた男が立っていた。とても辛く悲しそうな顔をして後悔に(さいな)まれているような表情をしていることに鈴は違和感を感じた。



「どう……して?」

「……すみません」



警備員は一言謝ると再度、鈴に躊躇いなくスタンガンを突き当てた。



「ん゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」

「やめろ!!」



瀬奈が警備員に体当たりをする。大した力もない瀬奈の攻撃は警備員にとってなんともなかったが、鈴からスタンガンを引き離すには充分だ。



「せ………な……に、げて」



その言葉を最後に鈴は気を失った。力なく倒れる鈴を瀬奈はなんとか受け止める。



「鈴先輩! 鈴先輩っ!!」

「大丈夫です、命に別状はありません」

「っ! なんて事を!」

「申し訳ありません、瀬奈様。ですが……」



警備員はおもむろに顔の皮膚を剥がすように自分の顔を捲る。



それは偽物が瑞己の顔に化けているように、警備員もまた本当の正体を隠すために被っていた仮面。



「お久しぶりです。瀬奈様」

「……加賀、さん?」

「はい、加賀です」



丁寧にお辞儀をするのは真奈とメイ、そしてかつて瀬奈の運転手をしていた加賀だった。



「なんで……ここに?……」

「お迎えに上がりました……」



加賀の表情が更に悲痛なものへと変わる。



「お母様方が、お待ちです」

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