4 冷める昼食
午前の授業も終わり昼休みになった。
瑞己は食堂で日替わり定食を食べている。今日の献立は冷しゃぶにご飯と味噌汁、後は追加で納豆もある。
「お疲れ、みっきー」
空いていた向かいの席に座ってきたのは、Aクラスの藤堂太陽。名前のとおり明るい性格で天然パーマのムードメーカーだ。
「太陽、その呼び方やめろって」
「まぁまぁ、いいじゃないの」
やめろといいつつ、やめないのはわかっていた。この一ヶ月の付き合いで彼が人の話を聞かないことを瑞己は理解している。
太陽とは入学した直後の適正者のみで行うレクリエーションで知り合った。パーソナルスペースを気にしない彼は、最初こそ面倒だったけれど今では瑞己も軽口を言い合える程度には仲が良くなっていた。
「それで、今日はどうだった? 何か新しい出会いはありましたか?」
「なんだよそれ」
「そりゃー、みっきー。僕たちは花の高校生だよ! この青春時代を楽しまなくてどうするのさ!」
急に始まった青春の妄想に茫然とするが、太陽の言っていることにも多少なら瑞己は共感できた。しかし、瑞己としては青春、色恋、学校行事などはあまり興味がない。ここ異能学園であれば尚更だ。
「はいはい、そうですね」
「はぁー、みっきーはもうちょっと楽しそうにした方が良いと思うよ。その内どっかのヤンキー野郎から目をつけられるかもよ」
なかなか鋭いことを言う太陽。正確には野郎ではなく女の子で、ヤンキーというより猛獣に近い印象ある。きっと明日の今頃は太陽にほらねと言われることだろう。
「ところで、最近の不登校生徒が増えてるって話聞いた?」
「ああ、今日のホームルームで聞いたよ」
何やら少し深刻そうに話し始めた太陽は食事の手を止めて語り始めた。
「噂なんだけど、学校側は不登校っていってるらしいけど、実は脱走なんじゃないかって話があるんだ」
チラチラと周りを見渡して、声を抑えて雰囲気をだしている。にやけながら話しているのを見る限りこの手の話題が好きらしい。対して瑞己は胡散臭そうと思いながら太陽の話に耳を傾ける。
「なんで?」
「それがさ、今朝僕のクラスメイトの新島兼也って奴が不登校になったって聞いたんだよ。実際、先生からもそう言われたしね。でも、彼の隣の部屋の人が今朝、物音がして起きたらしいんだよ。その音があまりうるさいもんだから文句を言いに言ったんだって」
「へぇー、ほぉれから?」
瑞己は冷しゃぶを食べながら話の続きを促す。
「それから、部屋を訪ねて静かにしてくれって言ったらしいんだ。因みに音はかなりうるさかったらしくて、両隣と向かいの二部屋の人も起きて廊下に出ていたらしい」
隣だけなら多少の騒音でも気にならないだろうが、さすがに向かいの部屋まで響くとなるとかなりの音だったのだろう。ここまで聞くとただの騒音問題にしか聞こえないが、恐らくここからが本題なのだろう。瑞己は味噌汁を啜りながら話の続きを待つ。
「訪ねた左隣部屋の人が話を済ませた後にしばらくしてまた音がしたんだ。もう一度、話をしに部屋を出ると右隣と向かいの部屋の二人もでてきてて、朝早くというのもあってかなりイライラしていたらしいよ」
冷しゃぶには胡麻のタレがかかっている。白米と冷しゃぶを一緒に食べるとなお旨い。
「四人が集まっていたところで新島君が扉を少し開けて、「ごめん、もう大丈夫だから」って言って戻っていったんだ。その後、四人はしばらく部屋の前で愚痴を言っていたんだ。でも、その直後に新島君の部屋から何かが倒れる音がしたらしい。四人は不安になって声をかけたらしいけど返事が返ってこないから、心配になって…」
「様子を見に行ったら新島がいなくっていたと」
話の腰を追って申し訳ないがここまでくれば瑞己にも流れが見えてくる。新島がいなくなった、それも確かに大変なことなのだが、重要なのはそこじゃない。
「まさか密室だったのか?」
「そう! そこなんだよ! 彼は確かにいなかった」
太陽が身を乗り出しながら、少々、興奮気味に言う。
扉の前には四人もいた。見逃すわけはないだろう。残るは窓だけだが太陽はそれはないと断定した。彼の部屋は五階だと言う。跳べなくはない高さだが、脱走が目的なら脚に怪我を負うリスクは避けるだろう。
「能力で抜け出した?」
「僕もそうじゃないかなって思ってるんだ」
仮にすり抜ける能力ならばそれも可能だろう。しかし、脱走する理由がわからない。太陽もそこは知らないらしく、前日まで普通にしていたらしい。
密室の脱走、不明な動機、謎の騒音。何やらサスペンスの香りがするが、所詮は高校生のする事。案外すぐに見つかるかもしれない。
貴重な昼休みを無駄にして聞いただけはあった。思っていたより面白い話が聞けて瑞己は満足した。
「面白い話だった。ありがとな」
「いいえ、お構い無く」
太陽も誰かに聞かせなかったのだろう、なんだか満足げな表情だ。
「ところでさ、」
「うん?」
太陽の昼食に目を向ける。そこにはカピカピになった冷しゃぶと冷めたご飯がまだ残っていた。
「あと十分で昼休み終わるぞ」
「あ……」
急いで食べ始めた彼を苦笑いで見ながら新島はどんな能力で脱走したのかを考えたが、瑞己には見当もつかなかった。