14 瀬奈の過去⑤
ちょっと長いです
楽しい時間はあっという間に過ぎてしまった。
拓巳は瀬奈が楽しめるように絶叫系のものは外して、なるべく体で体感するものよりも見て面白いアトラクションを選び三人で巡った。
昼には一緒に遊園地内にある食堂で食欲を満たし、しばしの休憩を挟んでから午後はここのマスコットキャラクター「ていそう君」と記念写真を取るなどをして満喫した。
そして、最後に遊園地を一周する子供専用の列車に乗って瀬奈と拓巳は今日の思い出話に花を咲かせていた。
「あっ! 終点が見えた!」
そろそろ列車が走り終えてしまう。そんなときに拓巳は瀬奈に改めてお礼の言葉を口にする。
「今日はありがとうね。僕に付き合ってもらって」
「私も……楽しかった!」
大人が疾走すれば追いつきそうな速度で走る列車は子供の二人にとっては十分に速い。瀬奈の肩には届かない髪が波のように風になびいて拓巳の恋心を刺激する。
不慮の事故から今日を共に過ごすことになった二人。できれば拓巳はこの日限りの関係に終わりたくなかった。
この気持ちをいつまた会えるかわからないまま恋い焦がれて待つくらいなら、今打ち明けてしまおうと拓巳は決心して瀬奈の手を握った。
そして、瀬奈の手を取った瞬間から拓巳の様子が一変した。
「!」
突然手を握られたことで瀬奈が驚く。
さっきまで楽しく話していた拓巳の表情が急に変わり、和気藹々としていた雰囲気が緊迫した空気に変わる。
「僕……瀬奈が好きだ!」
「えっ!?」
困惑する瀬奈に拓巳はその理由を語り出した。
「今日、初めて会ったばかりの僕に何言ってるんだろうって思うだろうけど……君と目が合った瞬間にわかったんだ」
「な……何を?」
迫るように寄っていく拓巳は瀬奈がそれを嫌がっていることに気付かない。
瀬奈は逃げ場のない列車の席の端へとできるだけ下がる。
「運命さ! 僕と君が出会ったのは運命だよ! ただの偶然なんかじゃない、神様が決めた宿命なんだ!」
「……わかんないです……いきなりそんなのこと言われても、わかんないです!」
運命だと言われても瀬奈には納得できなかった。たまたま拓巳とぶつかり、たまたま一緒に遊ぶことになっただけの何が運命なのか理解できるはずがない。
拓巳は瀬奈の戸惑っている様子でさえ可愛いと思いながら、少女と勘違いした子を何とか懐柔しようとする。
「君はまだわからなくても良い。僕が全部教えてあげる。遊園地を案内したみたいに僕に任せて! 僕達が将来結婚するまで僕が何もかも準備してあげる!」
結婚、その言葉に瀬奈は引っ掛かった。
真奈とメイのように世間とは違う形で添い遂げる人がいることを知ったが、それはおそらく少数派で一般的に結婚とは男女が誓い合う事。
それを思い出した瀬奈は拓巳が勘違いしている事に気付いた。きっと拓巳は自分のことを女の子だと。
ならば、その誤解を解けばきっとこの妙な不快感がなくなると考えた。
「あの……私、女の子じゃ……ないです」
「……え?」
瀬奈のカミングアウトに拓巳の思考が停止する。
やがて思考再開した頭の中でその台詞を反芻する拓巳。
次に瀬奈の服装を見た。
綺麗なワンピースを着た姿はまるで妖精のよう。翼があれば天使と言われても信じてしまう程だ。
そんな瀬奈が女じゃないわけがないと拓巳は否定し、瀬奈の拒絶を都合よく解釈する。
「僕に気を遣ってそんな嘘はつくなんて……君は優しいね」
瀬奈の真実は拓巳には受け入れられなかった。そこから少しずつ拓巳の行動がおかしくなった。
何度も瀬奈が近すぎる、好きではないと口で言っても拓巳はそれを瀬奈の恥じらいだと強引に決めつける。最初はたどたどしかった様子も、今は蛇のように執拗に執着して来る拓巳に瀬奈は恐怖を覚え始めた。
思い込みが激しい。瀬奈がジェットコースターに乗れると思っていたように相手の事よりもまず自分の価値観を優先している。
今、瀬奈は怯えているのに拓巳は照れ隠しなのだと思い込んでいる。瀬奈の肩が震えているのは怖がっているからで、けして拓巳の告白を喜んでいるわけではない。
「わ、私は男の子で……女の子が好きなんです!」
「君が男なわけないじゃないか? これからは僕と一緒になるんだ!」
瀬奈が受け入れてくれないことに拓巳は苛立ち始めた。
拓巳が強引に瀬奈の手を引く。子供同士とは言え、瀬奈は拓巳よりも幼く非力で簡単に引き寄せられる。
「いい加減認めてよ! 君は僕しかいないんだ!」
その瞬間、拓巳は瀬奈へと顔を近づける。
それが何を意味するのか瀬奈には直感的にわかった。凄まじい吐き気と嫌悪感が込み上げて来る。
「いやだ!!」
だから、瀬奈は咄嗟に拓巳を突き飛ばした。
「あっ」
「あ、あ……うわぁぁぁぁぁぁ!」
拓巳の異常な好意を拒絶したかったのもあるが、同性に迫られることがこんなにも不快とは思わなかった。
そして、反射的な行動とはいえ拓巳を列車から突き落としてしまった。
落ちていった拓巳、瀬奈は急いで列車から身を乗り出して安否を確認する。
「おい! 子供が落ちてきたぞ!」
「噴水に落ちたぞ!」
運良く拓巳は噴水の水場に落ちたことで大した怪我は無いようだ。近くにいる大人とスタッフが拓巳を介抱してくれている。
「よ、よかった……」
拓巳が無事で安心した反面、もう彼には近寄りたくない、関わりたくないと思ってしまった瀬奈。
今、拓巳がどんな表情をしているのか見たくなくて瀬奈は列車の席に身を隠した。
突き飛ばしたことは申し訳ないと思っているが、謝るつもりはない。あのまま拓巳のするがまま抵抗していないと想像すると瀬奈は全身に鳥肌が立つ。
「お帰りなさい、瀬奈様……おや? 拓巳様は?」
「……もう時間だって……帰りました」
「?」
様子のおかしい瀬奈を不思議に思う加賀だが、何かに怯えているのはわかった。それから瀬奈は何も言わないので詳しいことはわからなかった。
「……それでは私達も帰りましょうか」
「うん……」
加賀が小さい背中を追ってゆっくりと歩くと瀬奈が振り返って加賀の手を握った。一瞬驚いた加賀だったが、震える小さな手を優しく握り返した。
▽▽▽▽▽
「遊園地は楽しかったかしら?」
「はい……」
「どうした? あまり元気がないな。食事も進んでないみたいだし」
瀬奈の前にはいつものように豪華な食事が並んでいる。しかし、今は食欲があまりなく手が止まっていた。
「……少し嫌なことがあって」
「えぇ!? 何があったの? もしかして加賀さんが?」
「いいえ! 加賀さんは良くしてくれました!」
「じゃぁ、何が嫌だったんだ?」
心配する真奈とメイに瀬奈は今日初めて会った少年に告白されたことを伝えた。
「私は人を好きになることがどういうことなのか、まだわかりません。でも、彼に好きと言われて嫌な気持ちになりました」
「当然よ! たった一日でそんな急に人を好きになるわけないわ!」
「そんな短い時間で運命を感じるなんて、随分とその少年は依存体質だね」
出会って間もない二人が恋に落ちるなど漫画の中でしかない。そんな簡単に恋愛が始まったら世の中はカップルで埋め尽くされてしまう。
「その……嫌だったのは相手が男の子だったからです」
「あっ……そ、そうよね! 瀬奈ちゃんは男の子だものね!」
「なぁ、瀬奈。瀬奈はやっぱり女の子が好きなのか?」
「そう……ですね」
歯切れの悪い言い方に真奈とメイは不思議そうな瀬奈を見る。
瀬奈は拓巳を突き落としたことを話していない。というより言いたくなかった。
「……ご馳走様でした。今日はもう休みます」
「そうか。……そうだ、明日から世話係をつけるから」
「お世話係?」
「あぁ、世話って言っても家の掃除とかだよ。あまり気にしなくていい」
「はい、わかりました。おやすみなさい」
「おやすみなさい!」
瀬奈の初めての外出はあまり良い思い出とはならなかったようだ。
(好きってなんだろう?)
部屋に戻った瀬奈はぬいぐるみを抱えてベットに横たわった。明かりもつけずに暗い部屋で目を閉じる。
いつも側にいてくれた院長が好き。
優しく手を握ってくれる加賀が好き。
養親になってくれた真奈とメイが好き。
しかし、この好きは好意であって恋愛感情ではない。
瀬奈は幼いながらもそれを理解している。だか、違いはわかっていてもその本質がわからなかった。
もし、恋愛感情が自分にとって特別な人なのだとしたら、瀬奈には一人だけ思い当たる人がいた。
「先生に会いたいな……」
常に堂々とした態度で自信に満ちている背中に瀬奈は憧れた。あの人のようになりたいと瀬奈は引っ込み思案な性格を何とかするために努力してきた。
しかし、これを恋かと問われればそうとは言えない。瀬奈が今まで出会ってきた中で一番大きな存在だが、恋愛対象というよりは理想像に近い。
まだ、人との関わりが少ない瀬奈はこれから様々な人と接してその答えを自分なりに見つけていかなければいかない。
しかし、憧れが恋愛感情に変わることは珍しくもない話。瀬奈がそれに気づくのは数年先のこと。
今は悩みや不安を思いながら怒涛の一日を送った疲れで眠りに落ちてしまった。
それから数時間後。
日付が変わり始めた頃、瀬奈の寝顔を眺めている者が一人。
「瀬奈さん……瀬奈さん……」
「んぅ~、んぅ~~………」
その者は小声で瀬奈の名前を呼ぶ。できるだけ小さく、それでいてはっきりと聞こえるように。
だが、深い眠りに入っている瀬奈は反応はしても起きることはなかった。瀬奈が起きなくて焦ったのか、その者は小さい体を揺さぶりながらさっきよりも少し大きな声で起こす。
「瀬奈さん! 早く起きて!」
「んぅ? ………先生?」
ぼんやりと開けた瀬奈の目には菊が映っていた。
「これは……夢?」
「いいえ、現実です。準備してください」
「準備? なんの~?」
まだ、寝ぼけている瀬奈は菊に習った立ち振舞いや言葉遣いのことなど忘れて子供らしい口調で受け答えする。それがしっかり頭に入っているかはまた別問題だが。
「ここから逃げるんです。ここにいたらあなたは殺されてしまう」
「えぇ〜、殺される? 何言ってるんですかぁ~?」
眠そうな目を擦っている瀬奈に菊は益々焦る。菊には時間がない。それが瀬奈に伝わらず、もう強引に連れ去ってしまおうかと考えていた。が、そうもいかず菊は両の手の平に軽く力を込めて瀬奈を頬を挟むようにして広げる。そして、そのまま手の平を瀬奈の頬に当てた。
「うひゃ!」
「目が覚めましたか?」
軽い力だったからほとんど痛みはないが瀬奈は驚いて流石に目が覚めた。菊に挟まれた頬がうっすらとあかみを帯びていた。
「改めて言います。あなたに危険が迫っています。逃げますよ」
「え、先生? ころっ? 逃げ? はぁ!? んぶぅ!」
「声が大きい!」
今度は慌てる瀬奈の口を塞ぐ菊。
それもしょうがない。菊は知るよしもないが瀬奈は寝る前に菊に会いたいと考えながら眠りについた。まさかそれが叶うとは思いもしなかった結果がこれだ。
菊は瀬奈を落ち着かせるために一先ず深呼吸をさせた。
「落ち着きましたか?」
「はい……えと、先生はどうしてここに?」
菊は瀬奈の部屋にあるテーブルを指差す。
「私は異能者なんです。ここにはその力で来ました。テーブルの裏にマークをつけておきましたから、それを目印にここに来ることができます」
「マーク? ……あっ、本当だ」
瀬奈がテーブルの下を覗くと赤い丸が描かれていた。しかも、ただの赤いインクではないことは一目見るとすぐにわかった。
「これって……」
「はい、私の血です」
菊は自分の血で印をつけたところに自分もしくは対象人物を転送できる。
「そんなことより、今はあなたの方が先です。ここから逃げますよ」
「急にどうしてですか!? 説明してください!」
「そんな時間はありません。さぁ、行きますよ」
菊が強引に手を引くと瀬奈はそれに抵抗した。
「嫌です! 何の説明もないままここから出て行くなんて……やっと一人ぼっちじゃなくなったのに」
「……仕方がありませんね。少し移動しますよ」
菊は瀬奈の手を握ったまま部屋を出た。扉を開けると菊は細心の注意を払いながら並んでいる部屋の最も端にある部屋に進む。
そこは三つ並ぶ部屋の一番奥にある部屋。瀬奈が唯一知らない部屋だ。
「ここは……」
「きっとあの二人はあなたにこの部屋のことは話していないんでしょう?」
あの二人とは真奈とメイのことだ。瀬奈は菊の顔を見ると怒っていることに気付いた。それも苛立ちというよりは憎しみに近いものを感じた。
いつも仕事でいないことの方が多い二人だが、瀬奈に豪華な食事と家を用意してくれた新しい家族。それに菊と真奈は先輩後輩の仲だと言う。何故、菊がそんな顔をするのかわからなかった。
「この部屋の鍵を探すのに随分時間がかかりました」
菊はそういいながらポケットから鍵を出した。それを鍵穴に差し込む。
「ここだけ外鍵なのは何故だと思います?」
「え? ……人を、入れないため?」
「それもあります。でも、それ以上に……」
菊はゆっくりと鍵を回して開錠、扉を開ける。
「中に居る者を逃がさないためです」




