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異能な僕らの青春期  作者: 戌叉
二章
47/68

13 瀬奈の過去④

加賀の運転する車に揺られ約一時間、瀬奈は遊園地へと到着した。



「ここが……遊園地!」



初めて来る遊園地に瀬奈は心躍らせていた。



ゲートをくぐると目の前には広大な敷地と数多くのアトラクションがあり、通りかかる人々は皆笑顔に包まれている。その人の多さに少し緊張するがそれも含めて瀬奈の興奮は高まり続けている。



瀬奈は加賀が遅れていることにも気づかずに待ちきれず正面にある子供達が馬のような乗り物に跨がって回っているアトラクションに興味をそそられ無意識に足がそこへとに向かってしまう。



「瀬奈様!」

「……あっ!」

「うぉっ!」



加賀の声に反応して狭くなった視野が元に戻る。そこで横から通りかかった少年に気づいたが慌てた瀬奈は避けることができずにその少年と衝突した。



「瀬奈様! 大丈夫ですか!?」

「は、はい……私は大丈夫です。でも……」



瀬奈は少年とぶつかって少しよろめいただけで済んだが、その少年の方が少々悲惨になっていた。丁度、手に持っていた飲み物が滑ってひっくり返ってしまった。その結果、少年の服は水浸しになってしまった。



気を取られていたとはいえ、自分の不注意によって汚してしまった服を見ると瀬奈は申し訳なくなる。



「申し訳ありません。お怪我はありませんか?」

「僕は大丈夫だけど……そっちの女の子は?」



振り向くと瀬奈は孤児院で出会った頃のように今度は加賀の背に隠れる。せっかく自分に自信がついたと思っていた瀬奈だったが、残念ながらそう簡単にはいかないようだ。



「あ、あの……ごめんなさい」



瀬奈は加賀の背中から顔を隠して謝罪する。無礼かもしれないが、それが今の瀬奈にできる精一杯だった。



少年はぶつかって服を台無しにしてしまったことに対して瀬奈の罪悪感が伝わった。少年も余所見をしていた自分にも非があると思い、瀬奈を咎めるつもりはなかった。



「僕は大丈夫だよ。その子のお父さん? も、気にしないで」

「これはこれは……ありがとうございます。私は瀬奈様の付き人です。随分と逞しい方ですね、おいくつですか?」

「今年で十三になります」



瀬奈は加賀と少年の会話を聞いて申し訳なさそうに声を出した。



「怒ってない?」

「うん、全然。それより君は大丈夫?」

「私は大丈夫。服、ごめんなさい」

「私からもすみません。そうだ! 少し待っていて下さい、そこの売店で新しい服を買ってきますので」



加賀はそう言うと瀬奈と少年を置いて売店に行ってしまった。瀬奈は離れていく加賀の背中を視線で追い、わざと少年から目を逸らす。



こんな時どうしたらいいのか、瀬奈はそれを菊から学んだ。大切なのは相手に誠意を伝える事。申し訳ないと罪の意識を持ちながらも堂々と謝罪をする事。少年に気を遣わせないように。



しかし、いざその時が来ると頭ではわかっていても体が動かないものだ。



(せっかく頑張ったのに……結局、何も変わってない)



いくら作法や態度を学び、人から見られることを意識した立ち振る舞いをしても瀬奈はまだ子供だ。九歳の子供が未熟なのは不思議なことではない。成長した大人でさえ満足に謝罪ができない人間は世の中にいるのだ。今の瀬奈にできないのも仕方がない。



それでも瀬奈が落ち込んでいるのは自分の事を過大評価していたからなのだろう。憧れた人の真似はできるが、まだ身についた訳ではなかった。



「本当に怒ってないよ? ねぇ、こっち向いて」



少年は落ち込んで縮こまる背中を見て心配そうに声をかけると瀬奈がゆっくりと振り返る。



すると、少年は目が合った瞬間瀬奈の儚げな姿に心を奪われた。



「…………」

「?」



突然、態度が変わった少年を見て瀬奈は首を傾げる。その仕草に少年の恋情は更に加速する。数秒の間を置いて我に返った少年は緊張のあまり早口になっていた。



「……あっ! ぼ、僕は美原(みはら)拓巳(たくみ)、十二歳、十月生まれ、好きなのは高いところに行くこと、君の名前は!?」

「え、えと……瀬奈って言います」

「瀬奈か。へー、良い名前だね!」



拓巳は普通に話そうと思ってもさっきまでどんなふうに接していたか忘れてしまった。とりあえず当たり障りのない言葉を口にして後から後悔した。



「ありがとうございます……」

「……」



会話が途切れてしまったからだ。



苦笑いする拓巳につられて瀬奈も困ったように笑う。まるで、今から告白でもするみたいな雰囲気に緊張感が漂う。



「お待たせしました! おや? どうかされたのですか?」



すると、片手にこの遊園地のマスコットキャラクター「テイソウ君」が描かれた服を持って加賀が戻ってきた。瀬奈にとっての助け船がやって来ると加賀は期待を込めた視線を瀬奈から浴びて困惑した。



加賀から服を受け取った拓巳は遊園地の公衆トイレに行ってテイソウ君の服に着替えた。



「ご家族の方は一緒じゃないんですか? 謝罪と服をクリーニングするので住所を教えていただきたいのですか?」

「そんなのいらないよ。その服も捨てちゃっていいよ」

「……そうですか、お気遣いありがとうございます」



加賀は振り返るとまた後ろに隠れた瀬奈に後は全て任せてもいいというアイコンタクトを送る。



ありがたいと思いながらも瀬奈は自分が情けなくなった。



「……ねぇ、一緒に遊ばない?」



そんな瀬奈に気を遣って拓巳が提案をする。



「え?」

「僕、一人で来てるんだ。一緒に遊んでくれると嬉しいんだけど」

「……その……」



突然の申し出に瀬奈は返事ができなかった。



どうすればいいのかわからずに加賀に目を向ける。これまで誰とも遊んだことのない瀬奈は誘われること事態が初体験。



加賀は瀬奈の許可を求めるような眼差しに笑顔で頷いて答える。



加賀もこれは瀬奈にとって良い経験になると思った。人と関わることを避けてきた瀬奈にはまず年の近い子と交流を深めることで成長に繋がるばずだと思ったからだ。



「遊園地には今日が初めて?」

「う、うん」

「それじゃ、僕が案内してあげるよ!」



拓巳は瀬奈の手を引いて走り出す。急に手を繋がれて驚いた瀬奈だったが、嫌ではなかった。後ろから加賀もついて来ている。



瀬奈の初めての外出は出だしは悪かったが、ようやく楽しみしていた時間が始まった。



拓巳に連れていかれたのはジェットコースター。行列が最も長い人気のアトラクションに瀬奈達も並んだ。



待ちながら他の子供達の楽しみにしている表情を見ると瀬奈はどんな乗り物なのだろうかと期待に胸を膨らませる。



「さぁ! 僕らの番だよ!」



ついに瀬奈の順番が回ってきて拓巳と隣同士でジェットコースターに乗る。



「皆さん! 準備は宜しいでしょうか? それでは……レッツゴー!」



スタッフの掛け声とともに瀬奈と拓巳を乗せ、ジェットコースターが動き始めた。



ゆっくりと高い傾斜の坂を登る。カタカタと揺れる振動が瀬奈の不安を煽る。そして、瀬奈は並んでいる最中に乗り終わった子供達の中に何人か泣いている子がいたのを思い出した。



一体何が怖くて泣いていたのか瀬奈はそれをこれから体験する。



「え? え、え、えええ………あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁーーー!」

「うわぁーーーー!」



ジェットコースターが急降下すると同時に一人を除いた全員が歓喜の叫びを上げる。



急降下の勢いのままジェットコースターが左右に激しく揺れる。瀬奈達はその急転換が訪れる度に前体重がのしかかったような重圧を浴びる。



瀬奈は恐ろしくて閉じていた瞼を微かに開け、少し先の線路を見て絶望する。



「いや゛ぁぁぁーーーーー!!」



ジェットコースターは速度を維持したまま内側に円を描くように昇る。とてつもない速度に頂上の滞在時間は一瞬だが、その一時に瀬奈は胃がひっくり返りそうな衝撃を味わう。



「ううぅっ……!」



もし、瀬奈がこれに乗る前に何か食事を取っていたら大惨事になっていたかもしれない。



最後の関門を過ぎたジェットコースターは速度が落ち始めてゆっくりと停車する。



「あぁー、楽しかった! ………大丈夫?」



楽しむことで精一杯だった拓巳は悲鳴を上げる瀬奈に気づかなかった。目の前には背もたれに寄り掛かってぐったりとした瀬奈が虚無の眼差しを向けている。



「もしかして絶叫アトラクション苦手?」

「……そう、みたいです……」



今日、瀬奈は初めて遊園地に来た。もちろんジェットコースターなんて乗ったことはないわけだから拓巳が知らないのもしょうがない。



「瀬奈様、飲み物を買ってきましょうか!? それとも食べ物がいいですか!? いえ、気分が悪いなら食欲もありませんよね? それなら、どこか横になれる場所を探しましょうか?」



ふらふらになりながら瀬奈は外で待つ加賀の元に戻る。戻って来るなり虚ろな表情の瀬奈を見て、加賀は持ち前の過保護が発動してしまった。



拓巳もそれにつられて余計なお世話をしようとする。騒がしい二人に瀬奈は正直なところ一人にして欲しいと思ったが言えなかった。



「あの、もう少し怖くないのはないんですか?」

「うーん……僕はあれしか乗らないからな」



気分も落ち着いて改めて瀬奈は拓巳にお勧めを聞くと信じられない返事が来て驚愕する。あんなものを何回も乗るなんて考えられないと、瀬奈は拓巳の中身は何でできているのだろうかと本当に自分と同じ人間か疑いたくなった。



「それなら……あれなんかどうでしょうか?」

「あれ?」



加賀は空を見上げて何かに指を指す。その方向に二人は目を向ける。そこには大きな円盤に駕篭のような個室が吊されてぐるぐると回っている装置、観覧車があった。



「おっきい……」

「観覧車です。あそこに入って景色を楽しむ乗り物ですよ」

「観覧車かぁ、乗ったことないな」



加賀の案内で瀬奈達は観覧車へと向かう。歩きながら加賀が飲み物を買い、瀬奈と拓巳は叫びすぎて乾燥した喉を潤した。



観覧車の近くまで寄ると瀬奈はその巨大さを実感した。瀬奈や真奈とメイが住むビルほどではないが、観覧車もなかなかの大きさがある。



回転するなかタイミングを見て乗り込む必要がある観覧車は大した速度ではないが、初めて乗る者は少し不安になる。



「一緒に乗りましょう」



そんな様子の瀬奈を見て加賀は手を差し出す。細く頼りない手だが瀬奈にはそれが心強かった。



三人が駕篭の中に入ると重みで多少揺れたが無事に乗ることができた。



「さぁ、座って景色を楽しみましょう!」



瀬奈は加賀の隣に座り、その向かいに拓巳が座る。



「瀬奈様、あれを見てください」



加賀は外を眺めながら瀬奈に言った。言われるがままその視線の先に目を向けるとその先には壮大な自然の景色が広がっていた。



「綺麗……」

「そうですね」



目の前に広がる大自然はまさに圧巻の景色。深緑の木々が連なり、風になびけばまるで遊んでいるように草木が揺れる。更に木々の隙間には浅い渓流が見えた。水辺には生き物がいるかもしれないと加賀が楽しそうに言う。



「あっ! 鹿だ!」



拓巳が指を指す方向を見ると川の水を飲んでいる鹿がいた。薄茶色の毛皮に身を包み、細い足は獣道を軽快に走ることができるだろう。



(あれは……何?)



加賀と拓巳がその鹿の姿に気を取られている中、瀬奈はもう一つの動く影に気がついた。



茂みに隠れてそれが何かはわからないが、水を飲んでいる鹿へと背後からゆっくりと近づいている。



「あっちにもいる!」

「おぉ、拓巳様は目が良いですね。老眼には些か厳しいですな」



二人が別の方向を見ても瀬奈は何故かその影から目を離せなかった。あの正体が何なのか気になってしょうがない。



(何だか……胸が苦しくなる)



今から何が起こるのかをきっと瀬奈の生存本能は理解している。ただ、それを言語化するには瀬奈はまだ幼すぎた。



すると、鹿が何かに気づいたようにあたりを見渡す。自然界に生きるもの全ての動物に当然のように備わっているものがある。それは危機感だ。



人間は搾取するばかりでその本質を忘れがちだが、生きるという事は命を奪うということ。



そして、時には奪われることも受け入れなければいけない。



何かを察知した鹿は咄嗟に走り出そうとする。が、もう手遅れだった。



鹿の首にそいつは噛み付いた。飛び掛かって来た影響で川に水しぶきをあげながら鹿は倒れる。直後足をばたつかせ必死の抵抗をしていたが、すぐにその力は無くなり透明な渓流が鮮血に染まる。



襲い掛かったものの正体は木々の影に隠れて見えない。



しかし、鹿の絶命を感じ取ったのか、ゆっくりとその姿をさらけ出した。



鹿に食い込む鋭い牙に黒い瞳孔を覆う琥珀色の虹採、そして銀灰色(ぎんかいしょく)の毛並み。その姿は恐ろしいが、一方で凛々しく猛々しい風貌に心惹かれるのもまた事実。



(あれが……狼……)



瀬奈は襲われた鹿を可哀相と思うよりも威風堂々とした狼を見て羨ましいと思った。



それは嫉妬のようでもあり、憧れのようでもあり、待ち焦がれたものでもあった。



瀬奈が目を離せずにいると狼が動きを止める。そして、不意に狼が瀬奈の方を向いた。



目が合った瞬間瀬奈は命の危機を感じて頭の中で狼に喰い殺されるイメージが繊細に浮かび上がり咄嗟に身を隠した。



「瀬奈様? どうかしましたか?」

「……あ、あそこに獣が……狼がいる!」

「え、狼!? ……いないよ?」

「えっ!?」



瀬奈が顔を上げるとそこにはもう狼の姿はなかった。鹿の血で濁った川は流されて元の綺麗な渓流へと戻っていた。



(さっきまでいたのに……気のせいだったのかな?)



痕跡が何もない。まるで幻覚を見ていたかのような感覚に混乱する瀬奈。



「あっ! 瀬奈様、頂上ですよ。こっちを見てみてください」

「……人が一杯」

「ねぇ、今度はあれに乗ろうよ!」



さっきとは反対の方向、眼下に広がる遊園地の敷地に目を向ける。



拓巳が指を指すのは瀬奈が最初に見たアトラクション。馬のような者に跨がり回転している子供達は楽しそうに笑っている。



狼のことがまだ気になっている瀬奈だったが、せっかくの外出を楽しまないのは勿体無いと気持ちを切り替えることにした。



「はい!」



瀬奈は少し後ろ髪引かれる思いのまま笑顔で答えた。

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