7 校門前
「それじゃぁ、先輩。明日からも彼氏役お願いします」
瀬奈にそう言われながら瑞己はカフェから出た。
瑞己はストーカーを誘き出すために瀬奈の彼氏役として、また居心地の悪い中等部の女子寮のカフェエリアに行っていた。仕方がないとはいえ注目が集まるなか瀬奈のように平然と紅茶を飲むことは瑞己にはできなかった。
「わかった。あんまり部屋からは出ないようにしろよ」
「もしかして心配してくれるんですか?」
こんなふうに瀬奈のからかうような態度にも瑞己は慣れてきた。肌の接触がなければ副作用に振り回されることもない。例え、瀬奈があるのかないのかもわからない胸元をちらりと見せるように下から覗いてきても冷静に対処できるはずと瑞己は自負していた。
「い、一応は、彼氏だからな!」
「そうでしたね。彼氏なら当然ですよね? それなら彼女は彼氏が制服の隙間を見ていても気にしませんよね?」
「…………見せてきたくせに」
瀬奈には聞こえないように小言を呟く。
「何か言いました?」
「いや何でもない」
怪しそうに見てくる瀬奈から目をそらして瑞己は頭の中で煩悩退散と連呼する。最近何かと日々が騒がしくなり、それにともない疲れも溜まっていた。正直なところ瑞己は早く帰りたかった。だから、今日はもういいだろうと瀬奈に別れを告げて今日の恋人役は終了することにした。手を振る瀬奈を背に瑞己はそのまま帰路につく。
「早くストーカー見つかんないかな……」
学園の校門は生徒たちの寮がある敷地とは正反対にある。瑞己のような適性者達はあまり寮側の地理を知らない。わざわざクラスメイト以外の異能者と関わりになりたくないからだ。それに適性者は運動部には入らないため授業が終われば皆早々に帰宅する。
「あれは……サッカー部かな?」
学園内にあるいくつかの運動場の一つで歩いている瑞己の目にボールを蹴る生徒たちの姿が見えた。
この学園ができた頃、異能者と適性者は混ざり合って部活動を行っていた。異能を持っているからといって青春を部活に求める生徒たちは少なくない。そんな彼らの要望もあり、始めは何の問題もなく楽しく部活を謳歌していた彼らだった。しかし、問題は意外なところから発生した。
運動部で部長を決める時だった。普通なら部内で一番上手い者、もしくはリーダーシップがある者がその役を任せられるのだろうが、その部の顧問の教師が事の火種となった。
異能者の中で決めるように
たったその一言のせいでチームが分裂した。適性者と異能者の優劣を公平に判断するべき教師がその基準を無視して一方的に決めてしまったからだ。
「教師も異能者だからな」
適性者からするとそういうことだ。異能を持っているから、それだけで優遇されるというのは面白くない。正当な評価が下されないのは誰だって腹が立つものだ。努力が実らないのは仕方がないが、それを認めてすらもらえないことに適性者達は黙っていなかった。
それは小さな火種からいつしか学園全体の問題へと変わっていた。適性者の団体が構成され、それに対抗するべく異能者のみの生徒会を筆頭に対抗組織ができていた。当時の適性者達は様々な方法で訴えたが少数派の意見はどれも受け入れられなかった。結局、適性者の暴走として問題は片付けられた。その時、適性者のリーダーを勤めていた生徒は自主退学で学園を去って行ったと言われている。
「ほんとのところはどうなんだろうな?」
今現在も適性者は異能者の影に隠れるように学園生活を過ごしている。当時の頃よりは平穏に過ごせるようになったものの辛い思いをしている生徒は極少数だがいる。それは過去の生徒達のせいかもしれないが、瑞己は適性者としての地位を守ろうとしてくれた生徒を攻める気にはならなかった。
「それに今じゃ、俺もどっちかわからないしな」
瑞己は自分の臀部を摩る。そこにはふさふさした毛並みの良い尻尾が制服の下に隠れている。一体誰に相談するべきか瑞己は悩んでいた。最初に思い浮かんだのは鈴や友人の太陽や夏目だが、それで解決できるとも思えなかった。ならば、ここは養護教諭の雫や担任の忠志が適任かもしれない。
「ん? あれって……」
そんなことを考えていたら、瑞己はもう校門まで辿り着いていた。そして、そこにはよく見る警備員のおじさんと忠志が立っていた。
今朝の時もそうだったが、何やら深刻そうな表情は重い雰囲気を漂わせている。瑞己は気にはなったが話しかけるのも躊躇う程に忠志は疑いをかけるような目を数人の生徒に向けていた。そして、その中に瑞己が含まれていた。
「何も問題は起こしていないんだけどな」
歩いてくる瑞己に忠志が気がついたようだ。警備員と共に瑞己に目を向ける。
「あの、何かあったんですか?」
「瑞己……やっと来たか」
「?」
またあの目だ。忠志は何かを疑う目つきを瑞己に向ける。
疑われるようなことに今の瑞己は身に覚えがない。しかし、そのような目で見られては嫌でも何かしたのではと自分を信じられなくなる。
「少し話がある」
「え、何ですか?」
「正直に答えてくれ。先週の金曜の放課後は何をしていた?」
「金曜の放課後?」
その日はまさに龍悟の一件があった日だ。
忠志は昨日教室に来て動揺した。生徒達が誰一人かけることなく登校してきたからだ。会議の時に由美が言った事が現実味を増してしまった。守るべき生徒の中に龍悟を殺した犯人がいる。しかも、それは適性者である可能性が高い。
忠志の適性者を見る目が変わった。疑いは不信になり、生徒を殺した犯人と同じ空間にいなければならないと思うと怒りが込み上げてくる。
一刻も早く犯人を見つけ、生徒を守らなければ。そのために忠志は適性者の生徒が必ず出入りする校門で生徒達の帰宅する時をを待っていた。校門には必ず警備員がいる。彼らの証言をもとに教室にいる瑞己を含めた三人の適性者を問い詰めていた。
「その日は少し遅めに帰った、と思います」
「どうした? 自分の事なのにはっきりしないな」
「いや、えーと」
瑞己は正直に話すべきか迷っていた。その日は鈴と別れてからの記憶がないと言えばかもしれないが、忠志の表情が険しくなるのが目に見えてわかると瑞己は口に出すのを躊躇ってしまう。
忠志が何をそんなに怒っているのか瑞己には訳がわからない。何も悪いことはしていないのにそんな目を向けられては瑞己としても反抗の兆しが芽生えてしまう。
「そもそも、何なんですか? 先生こそはっきり言ってください」
「そ、それは……言えない。ただ、この質問は瑞己のためでもあるんだ。正直に答えてくれ」
「はぁ……訳がわかりません」
教員は理事長の指示により今回の事件は口外しないこととなった。只でさえ、虐めの動画が流失して学園の信用が世間から離れている時に生徒が殺されたなんて言えるはずがなかった。そのため犯人逮捕は密かに行われることとなった。
そんなことを瑞己は知るわけもないが、それでも忠志が何故か焦っているのは伝わった。だから、溜め息をついて仕方がなく答えることにした。
「あの日のことは、よく覚えていません。放課後に鈴と少し過ごしたこと以外は何も覚えていないんです。気づいたら朝になっていたので……」
瑞己が思い出そうとしてもまた頭の中に靄がかかって記憶が隠される。
「どうやって帰ったか覚えてないのか?」
「そうです。何か大事なことをしていたと思うんですけど、よく思い出せません」
頭を振る瑞己を忠志は見下ろすと今度は警備員に顔を向ける。
「彼の帰る姿は見ましたか?」
「いいえ、私は彼が帰るところは見ていません」
「……そうですか。申し訳ありませんが、少し離れて耳を塞いでいて下さい」
その言葉を聞いた瞬間に忠志は瑞己に軽蔑の眼差しを向けた。警備員が瑞己を見ていないと嘘をつく可能性もあるが、この学園の警備は他の学校とは違い警備員を採用する際に信頼関係が最も評価される。そのためには人柄や犯罪歴を徹底的に調べ上げられる。それを通過した者のみが学園の警備員として雇用契約を結ぶことができることになっている。
そんな信頼を保証した警備員達を疑うよりも瑞己の曖昧な説明を信用しないのは当然だった。
「な、何ですか? 俺が嘘をついてるっていうんですか?」
「それならどうやって帰ったか説明して見ろ!」
「そ、それは……わかりません」
怒鳴る忠志に瑞己は気圧される。自分の発言に信憑性がないことは理解している。しかし、わからないものはわからないのだ。
後ろでおろおろとしている警備員が落ち着いてと忠志に近寄ろうとするが怒気を含んだ目で睨まれたら黙って更に離れてしまった。これでおじさんに二人の会話は完全に聞こえなくなった。
冷静さを欠いた忠志は瑞己の目の前まで近づいて制服の襟を掴む
「お前が! 龍悟を殺したのか!?」
「龍悟? 俺が殺した?」
その名前には聞き覚えがあった。新島を殴っていた男、瑞己はあの時の光景を思い出す。
(何で俺はあいつが龍悟だってわかるんだ? 面識はないはずなのに)
考えれば考えるほど矛盾が広がる。知らないはずなのに龍悟のことを考えると無性に腹が立ってきた。それと同時に何故か鈴の顔が思い浮かぶ。瑞己はますます混乱した。
「わかんないですよ! 気づいたら朝で、体中がすごく痛くて、自分に何が起きたかわかんないから、誰かに相談しに行こうと休みなのに学園に行ったんですよ!」
「学園に?」
不安なのは瑞己も同じだった。自分の知らないところでこの身に何かが起こった。けれど、肝心のことは覚えていない上に担任には殺人者扱いをされている。
「どうし」
「どうかしたんですか? 彼が何かしたんですか?」
「………君は?」
忠志の向く先には警備員の制服を着た若い男性が立っていた。
「あぁ、どうも初めまして。この校門の警備を任されている倉田です。先生とは初対面ですね」
「警備は二人でやるんですか?」
忠志は警備員のおじさんに尋ねる。すると、おじさんは丁寧にお辞儀をする倉田を紹介した。
「彼は倉田晴紀君です。夜から朝まで彼が警備を引き継いでくれています。自分から夜勤を申し出てくれていつも助かっていますよ」
「いやー、それほどでも」
腰の低そうな晴紀はおじさんの賛辞にまんざらでもない様子。
「何時からですか?」
「丁度、今くらいの時間でいつも交代しています」
それを聞いた忠志は瑞己から手を離して晴紀にもおじさんに聞いたことと同じ質問をする。どうせ同じだろうと考えていた忠志は晴紀の返事に驚く。
「彼を見たかって? ええ、見ましたよ。手ぶらだったのが気になりましたが、確かに彼でしたよ」
「えっ! 変わった様子はなかったか? 怪我をしていたりとか」
「いえ、普通だったと思いますけど?」
「そ、そうか」
龍悟に報復した生徒は大怪我をしていた。なら、無事だったとしても印象に残るくらいの目に見えた傷はあったはずだ。それなのに瑞己には何も不審なことはないと晴紀は言う。その言葉が本当であれば忠志は瑞己に人を殺した罪を押し付けようとしていることになる。
「あの、何があったかは知りませんけど。もう少し生徒には優しくしてはいかがですか?」
いつも自分が生徒に言って聞かせている言葉を晴紀に投げ掛けられる。それでようやく自分が瑞己に酷いことしていたと気づく忠志。振り返ると怒りを超えて呆れ果てた瑞己が口を開いた。
「もう帰っていいですか?」
「あ、あぁ。疑ってすまない瑞己」
謝る忠志に瑞己は返事も返さずに帰って行った。離れていく背中のように瑞己の忠志に対する尊敬と信頼は遠ざかって行った。
帰っていく瑞己を見送ると後ろで警備員のおじさんが同情の眼差しを向けていた。
「せっかく協力してもらったのに恥ずかしいところを見せましたね。すみません」
「いえいえ、そんなことはありません。間違うのは誰にでもあることです。問題はその後ですよ。頑張ってください」
「はい。今日はこれ失礼します」
そう言って忠志はくたびれたように歩きながら校舎に戻って行った。その後、晴紀とおじさんは仕事の引き継ぎをしながら少し瑞己について話していた。
「それにしても、あの生徒は一体に何をやらかしたんだろうね?」
「そりゃ、校則違反ですよ。いつの時代も先生を困らせるのは生徒達の思春期ならではの好奇心に決まっています。俺も学生時代には髪の毛をいじって先生に怒られたっけな」
「校則違反か。でも、あの生徒は普通だったじゃないか?」
「これ、見てくださいよ」
「……あちゃ、これは先生も怒るな」
晴紀はおじさんに防犯カメラの履歴映像を見せた。そこには白髪になっている瑞己が映っていた。
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