24 職員室
瑞己が雄叫び上げた直後、職員室では。
「ん?」
「どうかしましたか? 橘先生?」
コーヒーを飲みながら忠志は、隣の男性の態度が変わったことに気づく。
「いえ、ちょっと」
彼、橘圭太、物腰が弱そうな風貌で丸眼鏡をしている。そして、いつも肩に鼠を乗せている。
その肩にいた鼠が机に下りてチュッ、チュッと何かを強く訴え始めた。
「……!?」
鼠から思念のようなものを受け取った圭太は、その内容に驚いて勢い良く立ち上がる。その勢いで椅子が倒れる。
「皆さん、緊急事態です! 現在、建設中の建物で生徒が頭から血を流し瀕死状態です。その他にも殴られたような痕跡もあるそうです。このままでは出血多量で死んでしまいます。それと、」
簡潔に現状報告を済ませると目の前の忠志を申し訳なさそうに見る。
「一条先生、貴方のクラスの生徒です」
パリンッと飲みかけのコーヒーを床に落とし、コップを割ってしまう忠志。教師達の注目が音の鳴った方へ向く。
放心状態の忠志。突然の報告に脳の処理が追いついていない。
「橘先生、建設中の建物ですね?」
圭太の話を聞いて最初に立ち上がったのは肩に掛からない程度に髪を揃えている圭太より少し背が高い女性だった。
小森菊は背丈以上に責任感と生徒への想いが高い菊は生徒が瀕死と聞いて黙っていられなかった。
「私がそこまで飛ばします。一条先生、行きますよ」
「………………」
返事がないのは、菊の声が届いていない訳ではない。
「一条先生! しっかりしてください!」
菊は忠志のもとまで行き、肩を強く揺さぶる。
「今度は、助けましょう!」
その言葉に反応して忠志はゆっくり立ち上がる。
『あ゛ぁッーーーーーーーーーーー!』
その時、瑞己の叫び声が聞こえた。
「なんだ?」
「わかりません、でも嫌な予感がします。急ぎましょう!」
ざわつく職員室に菊は苛立ちを感じる。
「はい、今度こそは誰も見捨てません」
「宜しい」
それでは手を出して下さいと忠志に握手をする形で手を差し出す。それに忠志は頷き、菊の手を握り返す。
「お願いします」
「行きます!」
そう言うと菊は大きく深呼吸をして忠志の手を両手で包み、目を閉じる。まるで神に祈っているかなようだ。そして、ゆっくりと菊が目を開けると瞳の奥が薄く輝いている。
「必ず助けて下さいね」
「はい!」
その言葉を最後に忠志はスッと菊の前から姿を消した。それも当然、彼女が忠志を能力で飛ばしたからだ。菊の瞳から輝きが消える。職員室は静寂に包まれていた。
「何をぼさっとしているんですか? 治癒系の能力を持つ先生方は早く現場に向かってください!」
菊の一言によって慌ただしく動き始めた教師陣。この場には彼女より立場も年齢も上の人はいるだろうが、その人たちが菊の指示に従う理由。それは最も彼女が能力者の子供達を保護することに貢献しているからだ。
年間で能力が発言する子達は今までの傾向では約十〜二十人。
本来ならほとんどが親によって申告されることが多いなか、中には良心的ではない親の元で能力を持ってしまった子達も含まれている。そんな子達を探しだしているのが、学園で教師でもありながら国から派遣された保護監察官でもある菊だった。
「まったく」
年下の自分に言われてから動き始めた彼らを見て溜め息をつく。頼りなく思いつつも頼らざるを得ないのだから仕方がない。忠志に対してもあまりその評価には変わりないが、今は時間との勝負。そんな彼が今、最も適任なのは菊だとわかっていた。
「一条先生、お願いしましたよ」
忠志と怪我をおった生徒のいる方を向いてそう呟いた。
「あれ? おかしいな」
と、菊の目の前で鼠を手に乗せた圭太が首を傾けている。
「どうかしました?」
「あ、いえ。さっきから現場にいる鼠が反応しないんですよ。何かあったのかな?」
「猫にでも連れ去られたとかですか?」
「うーん? よくわかりません。その、一条先生が向かってから鼠達から連絡がないんですよ。問い掛けても返事が返ってこないなんて」
圭太は能力によって鼠達との交信と視覚を共有することができる。この学園の目として圭太は重要な役割を任されていた。が、能力で鼠を使うということもあって女性からはあまり良い印象はなかった。
「近くに他の鼠はいないんですか?」
「……いません。やっぱりおかしいです。僕の鼠は僕からの指示に従って繁殖を制限しています。だから、鼠達がどこに何匹いるかは把握していました。ここには五匹の鼠がいるはずです。ですが、その子達からは全く返事がありません」
だんだんと違和感が募り、不安に変わっていく。
(こんなことは初めてです。考えられるのは鼠達が自らの意思で僕を拒絶しているか、または眠っているか。もしくは……)
「小森先生、最悪の場合僕の鼠達が殺されている可能性があります」
「誰がそんなことを?」
「理由はわかりませんが……。ちょっとこの子達の視界を覗いてきます。なので私は現場に向かいえそうにありません」
圭太は目を閉じて鼠の視界に集中する。
「…………」
「あの、橘先生?」
何も言わない圭太を菊はどうしたのかと尋ねるが返答がない。
「えぇ……」
周りに目を向ける。怪我を負った生徒のもとに駆け付けに行った者、この状況を警察に連絡しに行った者、それぞれが今できることをしている。
菊はこんなことをしている場合ではないと、目を閉じて黙ったままの圭太を置いて職員室から出ていった。
しばらくして誰もいなくなった職員室。一人残った彼の頬を伝う涙に自分も気づかないまま瞼が腫れるまで泣き続けていた。
その後、警察に連絡をして戻ってきた先生が倒れた圭太を発見した。




