23 反撃
龍悟が走りながら後ろに腕を引くと同時に瑞己がまた引き摺られる。流石の瑞己も龍悟の能力のからくりがわかってきた。龍悟は後ろに腕もしくは脚を下げることで相手を引き付ける事ができる。ただ、それが走りながらできるとは思わなかった。
「う゛っ!」
折れて力の入らない腕のせいでバランスが崩れ、もろに脇腹に龍悟の拳がめり込む。いくら体格がよくても高校生が出せる力じゃない。
ビキッ!
体の内側から刃物で刺されたような痛みが瑞己を襲う。どうやら肋骨にひびが入ったようだ。呼吸するたびに激痛が襲う。
「あーあ、どーなっても知ーらない」
颯の言葉の意味はわかる。瑞己は完全に龍悟を怒らせてしまった。
ゆっくりと近づく龍悟を睨み上げながら、右手で左の脇腹を押さえる。そして、龍悟は瑞己の目の前で止まり、そのまましゃがみこんだ。
「なんだ? その目は」
瑞己の反感を持った眼差しを覗きこむ。龍悟はさっきまで一方的にやられるだけだった瑞己が突然、気に入らない態度に変わって怒りが爆発しそうだった。
常に自分が頂点に立っていると錯覚している龍悟にとって目下の存在から侮辱されることほど耐えがたいものはなかった。
「鈴に手を出すな、……そう言う約束だろうが!」
「あぁ? そんなの嘘に決まってんだろうが。なにまともに信じてんだよ」
龍悟の言葉に瑞己は呆然とする。あれだけ瑞己を殴っておいて、あんなに辛く惨めな思いまでさせたのに龍悟は最初に決めた約束さえ違えようとする。
「颯の言った通り、簡単に騙されてやがる」
龍悟は瑞己の表情を見て愉しそうに嗤った。彼らは初めから瑞己との取り決めなど守ろうなんて思っていなかった。自らの不平不満を解消するために他人を陥れることに何の罪悪感を持たない。
(そんな、俺は一体何のために? ただ、こいつらに利用されただけ?)
「はぁ、もういいわ。お前みたいな無能な奴に構ってやるほど暇じゃないだよ」
「あれ、いいの?」
意気消沈している瑞己を見て興が冷めた龍悟は立ち上がりまた去ろうとする。それを見て颯もついていく。
「さぁ、次はあの女だ。今度はどうするん…っ! ん゛っ!」
突然、龍悟が声にならない悲鳴を上げる。
「なっ!? どうした!?」
ある部分を抑えてうずくまる龍悟。
体格も力も劣る瑞己が絶対に龍悟を悶絶させるにはこれしかない。
そこは男ならば誰もが同情する急所。瑞己はそれ目掛けて、全力で蹴り上げた。
「やめろって言っただろ。鈴には…手を出させない!」
(ここまで来て、無駄になんかさせない。それに、……ここで諦めたら、鈴に合わせる顔がない)
瑞己は自分を奮い立たせて、完全に油断している龍悟の後ろから股間に蹴りをお見舞いしてやった。
「お前!」
初めて颯が瑞己に殴り掛かろうとする。実は動くだけで体が激痛を訴えている瑞己。龍悟より細い颯の拳でさえ避けられる気がしない。だか、もうやられっぱなしの瑞己ではない。動く右腕を使って瑞己も颯に殴り掛かる。
「颯ぇ!」
寸前のところで龍悟の颯を呼ぶ大声によって二人とも動きを止める。龍悟は四つん這いから片膝立ち、中腰とゆっくりと起き上がる。後ろを向いたまま颯に命令する。
「認識阻害、全力で出掛けろ。外からは完全にわからないようにな!」
「……わ、わかった」
(そんな、きいてないのか?)
そんなことはない。急所を突かれても平然を装う事ができるのは、それ以上の感情が龍悟を突き動かしているからだ。
命令を受けた颯は目をつむり能力に集中する。颯が能力を発揮する。先程までとは違い、瑞己達を囲っていた円から外側の景色がぼやけ始めた。
「あまり長くは持たないからな。せいぜい五分だ」
「充分だ」
そう言うと龍悟は顔だけを瑞己に向ける。こちらからは半分の顔しか見えないがそれでも、今の龍悟の感情を表すには充分。それともうひとつ、龍悟の目が緑色に変わっていることに気づいた。
「ぶっ殺してやる!」
その言葉と同時に瑞己は引き摺られる。それも、今までのように龍悟に向かってではなく後ろに向かって引き摺られていく。それは剥き出しの鉄柱にぶつかるまで続いた。
「っ!……がっ!?」
ぶつかった衝撃が体に走る。高硬度の鉄はそれだけでも凶器足り得る。その硬さゆえ当たるだけでもかなり痛い。が、驚いたのはそこではない。それは引き摺られるような感覚がまだ続いていたからだ。
「何……で?」
激痛を無視して全力で動けば動かせそうだったが、龍悟が勢いよく全力で走ってくるのに気づいた。しかし、体を上手く動かせないこの状況では覚悟を決めることしかできなかった。
「おぉーーーーらっ!」
「がぁはっ!」
容赦のない一撃が瑞己の腹部に打ち込まれる。一度、嘔吐したお陰で二度目はなかったが内蔵が出てくるかと思うほどの威力だ。倒れてしまいそうだが龍悟の能力がそれを許さない。
「良いことを教えてやる。俺の能力は使うときに一定の動作が必要だが一日一度だけ、この目になっている間は無条件で能力が使える。それも本来なら俺を対象に物質を引き寄せられるだけだが、こいつはそれに縛られない」
頭を下げ、息を整える瑞己の髪を掴み無理矢理持ち上げる。龍悟は自信たっぷりに能力の説明をした。それを聞いて瑞己は、
「だからなんだってんだよ、バーカ」
この後、自分がどうなるかなんて考えもせずに龍悟を挑発する。更に龍悟を馬鹿にするように嘲笑う。龍悟の怒りが自分だけに向くように。
「っう゛!」
龍悟にとって絶対の自信の根源である能力を馬鹿にされ、今にも血管が弾けそうなほど頭に血が上る。髪を掴んだまま瑞己の額に膝を打ち付けた。
「う゛っ! う゛っ! う゛っ! う゛っ! う゛っ! ……」
そこからは、痛いという感覚がわからなくなったのが唯一の救いだった。
休む間もなく龍悟は何度も瑞己の顔を殴り始める。
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。
抵抗しようにもそんな余力はとうに尽きた。ひたすら殴られ続けられる。地面には口に溜まった血が殴られる度に垂れ落ちる。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
息を切らす龍悟。何発、殴られたのだろう。流石に龍悟の拳も腫れている。緑色に光る目も片目になり光も次第に小さくなっていた。それに伴って瑞己を縛る能力も弱くなっている。
「うぅ、っはぁ! もう限界だ」
颯がそう言うと認識阻害の円が縮まって行き、足元まで小さくなってからスッと消えた。その後、颯は疲れて地面に座り込む。
「時間切れか。運のいい奴だな」
(やっと…………終わった)
龍悟の目が元に戻り、瑞己を離しては鉄柱に蹴りつける。ぶつけられた鉄柱に寄りかかったまま崩れ落ちる。
「龍悟、気は済んだ?」
「あぁ? んなわけねぇだろ」
背中を向けたまま、颯に答える。
「あの女、鈴だったか? あいつだ仕切り直しだ。見た目だけはいいからなあの女。俺好みに調教してやるか」
楽しみだ、と言って龍悟は汚らわしい妄想を思いを浮かべる。
(駄目だ! そんなことっ!)
火事場の馬鹿力で何とか立ち上げる。まだ、瑞己の目は諦めていなかった。
「やら……せるかーー!」
「ん? ぐふっ」
瑞己は最後の力を振り絞って、今できる渾身の一撃をお見舞いしてやった。
「っ! てめぇ。この無能が!」
「うっ」
「ダメだ! 龍悟やめろ!」
再び、龍悟は目を緑に輝かせる。そして、瑞己の顔を鷲掴みにする。颯の呼び止める声を無視し、能力と自分の力で瑞己を後ろに叩き付けようとする。
(ごめん、鈴……)
ようやく打ち解け合えたのにと、名前を呼ぶと嬉しそうに笑う彼女を思い出す。颯と龍悟を止められなかったこと、約束を守れそうにないことに申し訳ないと思いながら。
「死ねぇ!」
ガンッー!!
ギシッ、ギシッと鉄柱が軋む。
衝撃の音が響くと共に瑞己は鉄柱に後頭部から勢いよく叩き付けられた。龍悟の手が瑞己から離されるとそのまま仰向けに倒れる。そして、瑞己の頭からどくどくと血が流れ始めた。
「龍悟! 何してるんだ!」
「……あぁ、なんだよ?」
倒れた瑞己を眺める龍悟に颯は焦りながら問い掛ける。
「俺の能力が発動していない時に能力は使うな! 学園にバレる、前にも説明しただろ!」
「あぁ、そうだったな」
慌てる颯は急いで逃げようと龍悟を催促する。しかし、龍悟は瑞己が気になるようで動こうとしない。
「あーもう! 先に行くからな!」
と言って、颯は龍悟を置いて走って行ってしまった。龍悟も気になるが、今はここから逃げることを最優先に考え、建物から出て行った。
倒れた瑞己以外、誰もいなくなった現場。流れ出る血が徐々に血溜まりを広げる。瑞己はまさに死んだように気を失っている。少しずつ体温も下がり、着実に死に向かっている。
トクン……トクン………
トクン…………トクン………………
ト、クン………………………………
完全に心臓も止まった、
………………ドクンッ!
………ドクンッ!……ドクンッ!…ドクンッ!ドクンッ!
はずだった。
「アハッ」
静かな場所に笑い声が響いた。龍悟と颯は既に建物から離れている。では、誰の笑い声なのか。
「ハハハッ」
無邪気に笑っているような声。
「アハッ、アハハハハ…………ン?」
気を失っている筈の瑞己がまるで眠りから覚めたように膝立ちになるように起き上がる。血が瑞己の腕を伝って流れ出た場所へと戻っていく。
一滴、一滴がまるで生きているように瑞己に集まる。
全ての血が戻った後、傷口が塞がりありえない速度で自己再生をする。切れた頭の傷、脱臼した肩、ひびが入った肋骨、折れた腕の骨。その全てが、完治した。
「スゥー」
立ち上がると瑞己は深く息を吸う。そして、
「あ゛ぁッーーーーーーーーーーー!!」
腹の底にのしかかるような、おぞましい叫び声が学園中に響き渡った。




