22 三分間
建設中の建物。そこには瑞己を待つ人影が二つ。
「いつまで待たせるんだよ!」
ガンッ!
龍悟は剥き出しの鉄柱に苛立ちをぶつける。もう何度目だろうか。
「もうすぐ来るよ」
それをさっきから宥めている颯も待ちくたびれて、手に付いた何かを払いながら壁に寄りかかる。瑞己が鈴のもてなしを受けている間、二人は下駄箱に脅迫文を残してずっと建設途中の建物で待っていた。
ただの自業自得なのだ。
「なぁ、写真の男がもし来なかったらどうするんだ?」
「大丈夫、ちゃんと来るさ」
このやり取りも龍悟と颯は何度も繰り返している。また、龍悟が鉄柱に向かって八つ当たりをやり始めた。
この建物はまだ未完成のため屋根もなければ壁もない。それに工事中のため、あちらこちらに建築に使う道具や材料が置かれている。この建物の完成予定は夏休みの後となっているため人は寄り付かない。どんな建物になるかは理事長が箝口令を出しているので知るよしもなかった。
「あっ、来たみたいだ」
入口とは言えないが、鉄柱の合間を通って瑞己が到着した。夕日が沈みかけ、もうすぐ暗くなるころだろうか。
「遅ぇーんだよ!」
(うわ! あの二人って、あの時新島を机に叩き付けたやつらじゃないか)
既に最悪な気分なのによりによって彼らに呼び出されるとは、瑞己もついていたない。到着するなり叫ばれるし、迷惑なのはそっちの方だと内心文句を並べる。
「それで何だよ?こんなものまで用意して」
さっさと用件を聞いて帰りたい瑞己。早速、脅迫文を出して話を進める。
「別に恐喝しようってんじゃねぇ」
既に脅迫しといて何を言うのやらと、瑞己は呆れる。まるで信用できないが一応、最後まで黙って聞くことにした。
「お前の彼女をここに連れてこい。それだけだ、簡単だろ」
「?」
(え、彼女って誰?)
今まで彼女はできたこともない、寧ろ女の子の友達すらいない瑞己は質問の意図が読めない。新手の虐めだろうか。
「俺に彼女はいないが、誰かと勘違いしてないか」
「? あぁー、なるほどな。……面倒くせぇ」
龍悟の低い声が響いた瞬間、いきなり龍悟と瑞己の距離が縮まった。少なくとも手を伸ばして届く距離ではないはずだった。
突然目の前に来た龍悟は背が高く、上から睨み付けながら見下されれば恐怖心を抱かずにはいられなかった。
何かに引っ張られた感覚があった。二メートル以上あったにも関わらず自分以外の何かに影響されて強制的に引き寄せられた。
「おい、無能は黙って俺ら能力者に従え。それが唯一のお前らの存在意義だ」
今日はよく胸ぐらを掴まれる。
龍悟はそう言い放つと今度は後ろに押し離された。新島の件でも思ったが考えるより手が出る性格らしい。それでも、瑞己は事実を言っているだけだ。暴力で訴えるのは勘弁してもらいたいと思った。
「本当に何にもないんだ。俺と鈴が付き合ってるとでも思ってるのか?」
「違うのか? この写真、明らかに恋人同士の一部始終にしか見えないな」
颯が龍悟の代わりに話を聞く。
彼らからしてみれば瑞己が鈴を守ろうと嘘をついているとしか思えていないのだろう。誰だってこの写真を見れば皆が言うだろう。いったい何処に恋仲でもない男女がこんなに密着しあえると言うのだろうかと。
颯と瑞己の終わらない問答が続く。
すると、何度も同じ反論を繰り返す瑞己に龍悟の我慢がとうとう抑えきれなくなった。
「ぐふっ! げぼっ、げぼっ、げほっ」
また、いきなり瑞己の体が龍悟に引き寄せられた。その勢いのまま龍悟に腹を蹴られる。胃から何かが逆流しそうなほどの威力で、蹴られた瑞己はその場で横に倒れ蹲ることしかできなかった。
それから龍悟は無言で瑞己を遠慮もなしに踏みつける。
「ほらほら、早く言うことは聞かないとまた痛い目にあうよ」
なにも言わない龍悟の代わりに颯が代弁する。
「もしくは龍悟のストレス発散を君が代わりにやってくれるなら、彼女に手は出さないよ」
瑞己は既に暴力を振るっているくせに何を言ってるんだと腹が立つ。腹は立つがなにも言い返せない。止まらない暴力にただただ耐えるしかなかった。
(クソッ、早く終わらないかな)
「もういい。お前、サンドバックになれ」
ようやく龍悟の蹴りが止んだ。しかし、訪れた休息も束の間。また、何かに引っ張られるような感覚がした。瑞己は無理矢理立たされる。
「三分間。その間、俺のストレス発散に耐えたら勘弁してやる」
「はぁ、はぁ、はぁ、……三分だな。さっさとやれよ」
龍悟が気持ちの悪いにやけ面で拳をポキポキと鳴らす。その後、颯とアイコンタクトをして瑞己が後ろに逃げられないように回り込ませた。
(あぁ、くそっ! くそっ! 何で俺がこんな目に)
龍悟は腰にぶら下げていた赤い布を右の拳に巻き付ける。颯が携帯で三分のタイマーをセットして。
「それじゃ、スタート」
ピッ
音と同時に龍悟の拳が瑞己の顔面目掛けて振り下ろされる。こうして辛く苦しい三分間が始まった。
始まってから一分。
最初に顔面に喰らってから瑞己は顔をガードする。その一撃で口の中を切ってしまい鉄の味が広がる。
顔を防がれた龍悟は舌打ちをし、瑞己の頭を掴んで鳩尾に膝を打ち込む。瑞己がよろけたところで再度、顔面に殴り掛かる。
そして二分。
顔を防いでは腹に膝を喰らう、その繰り返し。遂に足に力が入らなくなり膝立ちになる。それを見て龍悟はさらに醜悪な笑みを浮かべる。息も絶え絶えな朦朧とする瑞己の目には龍悟の脚が近づいてくるように見えた。
「うっ……」
衝撃と同時に頭に鈍い痛みが広がる。
瑞己が顔を蹴られて地面に叩き付けられたと気づいたのは頭からつぅーと温かい何かが流れるのを感じてからだった。触ってみると手が赤黒く染まる。
「ギブアップ? それなら約束はなしだけど?」
颯がタイマーを止める。残り時間を見せつけてわかりきった質問をする。
残り六十秒。ここまで来て逃げ帰ったら殴られ損だ。鈴に合わせる顔もなくなる。
「……思ったより簡単だな。大したことないね」
瑞己は不敵な笑みで答えた。
見え透いた嘘を自分に言い聞かせる。頭を打って何かが吹っ切れたような瑞己は、もう龍悟が怖くなくなっていた。例え、その虚勢に腹を立てた龍悟が力任せに瑞己を背負い投げしたとしても。
「優しい時間は終わりだ。颯、こっから能力も使うからな。お前、避けたかったら避けてもいいぞ」
瑞己にとっては嬉しい提案だが、この二人にそんなつもりは一切感じない。それにこの状況で能力を使うということは違法行為、犯罪を犯すと宣言したようなもの。一体何を考えているのだろうか。
「どーぞ」
そう言って颯はぱんっと手を叩く。すると、颯の足元から円形状に何かが広がる。その広さは長径で十メートルほど。
(なんだ? 何をしたんだ?)
「これでばれることはない。さぁ、再スタートだ」
(そうか、あいつの能力でこの範囲内の事を隠すことができるということか。こいつら手慣れてるな)
ピッとタイマーが始まった音。
遂に終わりが見えてきた。が、気は抜けない。龍悟が腕を大きく後ろに引き、体勢を少し下げるのを見て、瑞己は耐え抜くために体に力をいれる。
いつでも来いと思った次の瞬間、また体が龍悟に引っ張られた。それも今までと比べられないほど速く。数メートルあった距離が一瞬のうちに縮まり、その勢いのまま龍悟の拳まで一直線。そのまま腹を直撃。
「うぶっ!………お゛ぇー!」
「きったねぇな」
あまりの威力に瑞己は嘔吐。瑞己が吐いている間に龍悟は距離をとる。丁度、颯が出した認識阻害の円の端まで。
ピッ
タイマーが止められた音。颯が腹の立つ顔でこっちを見ている。
「な、なんで?」
「ははっ、休憩は駄目だぞ。ほらっ、立てよ」
その台詞を聞いて瑞己は二人が本当のクズであると認識を改めた。
今の一撃、あれを何度も瑞己にやるつもりだ。震える足に必死に力を入れて立ち上がる。もう立っているだけで精一杯だ。だが、龍悟はそんな瑞己を見て歓喜する。
「あぁ、さいっこうだぜ!」
今度は片足を大きく後ろに下げ、腰を下げる龍悟。また強制的に引っ張られる。脚で引力に耐えようとしても無駄だった。引きずられる音が大きくなるだけ。
縮まる距離に合わせて、瑞己の顔面目掛けて龍悟の蹴りが迫ってくる。瑞己はそれを咄嗟に左腕で防ぐ。
その結果、バキッと何かが折れる音がした。
「え?……あ、あぁ、あぁーーー!!」
最初はどうなったかわからなかった。
あまりの威力に地面に叩き付けられる。軽い脳震盪を味わいながら起き上がると腕に違和感を感じた。よく見ると蹴りを喰らった腕が本来ならありえない方向に曲がっていた。折れたと認識した瞬間から激痛が瑞己を襲った。
脚の威力は腕の二~三倍と聞く。しかし能力がある場合、そんな常識はあてにならない。侮っていた訳ではないが腕の骨が折れ、肩を脱臼した。
「あーあ。龍悟、折っちゃったね」
「ちっ、うるせぇーな。こいつの腕が軟弱何だよ」
龍悟と颯が何かを言っているが、瑞己には自分の泣き喚く悲鳴で二人の会話が聞こえていない。
(痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛い!)
「そろそろ飽きたな」
「もう満足?」
「あぁ、スッキリしたぜ!」
首の骨をコキコキと鳴きながら欠伸をする。まるで一仕事終えたかのような態度を瑞己は涙で滲みながらしっかり見ていた。
(あぁ、悔しいなぁ、辛いなぁ。何で俺がこんな目に……)
その後も痛みに悶える瑞己を見て二人は愉快に嗤う。少しずつ、少しずつ瑞己の中にどす黒い感情が募る。瑞己はそれを自分の唇を噛み締めて痛みと共に抑える。
「あー、楽しかった。またねぇ、無能君」
「今日の事は黙ってろよ。折れた腕は転んだとでも言っとけ。いいな?」
それだけを言って龍悟は瑞己をもう一度踏み付けて外に向かう。それに颯もついていく。
遠のく足音と笑い声。
瑞己の自尊心は踏みにじられた。この涙が痛みからくるのか、自分の惨めさからくるのかはわからない。
どうすればいい?どうしたらよかった?そんな、今更どうにもならない言い訳を考えてしまう。
『男のくせに根性ないわね』
ふと鈴の事を思い出した。廊下で言われた一言。確かにその通りだと思った。鈴にも色々言われたが彼女の言葉は正しかった訳だ。
(カレー、美味しく作ってくれるかな?)
今は鈴がこんな目に合わなくて済んだことが何よりだと折れた腕を引きずりながら少しずつ立ち上がる。もう、家に帰ることだけを考えることにした。
「あっ、次はあの女も一緒に可愛がってやるよ」
その言葉がなければ。
「鈴に手を出すな!このクズ野郎!」
「……あ゛ぁ?」
瑞己が言い終わると同時に龍悟は動き始めた。




