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異能な僕らの青春期  作者: 戌叉
一章
21/68

20 手料理

心の準備ができないまま、遂にこの時がきてしまった。



授業中、横からくる刺すような視線はなるべく無視した。横並びの生徒には悪いが、一々反応していては瑞己の胃がもたない。



ホームルームが終わった直後に鈴が瑞己の前にやって来た。実は生徒達に紛れてこっそり帰れないかと瑞己は思ったが、そんな甘い考えが通るはずもなかった。



「行くわよ、荷物は置いて来なさい」

「わ、わかった」



ホームルーム終了直後だった為、教室の全員から注目を集めてしまった。意外な組み合わせの二人が出ていった後、教室はその話題で特に女子達が騒がしくなった。



廊下に出てからは何もしゃべらない鈴の後ろをついていく。歩きながら頭の中で色々と最近の鈴とのやり取りを思い出す。その中で一番気になるのはやっぱり私の物になれと言われたこと。



鈴に無能と言われたのは今でもはっきり覚えている。そんなことを言う女性にずっと翻弄されてきた。正直、もううんざりだ。親しくない人との対話や接触はストレスが溜まる。



「……なぁ、何を考えてるんだ」

「何よ、急に」



立ち止まり、手を後ろ回してこっちを振り向いた鈴は呆れたような顔をしていた。



「今さら嫌とは言わせないわよ」

「そんな事じゃない。ただ、何で俺に固執するのかわからない」



鈴は瑞己を真っ直ぐ見つめる。これが苦手だ。彼女は感情や態度が良くも悪くも真っ直ぐだ。それが瑞己にとっては自分から程遠いようなものに感じるからだ。



自然とこちらも鈴の目を真っ直ぐ見てしまう。不思議と彼女の瞳を見ると何かを吸い込まれるような気分になる。だが、けっして不快なものではない。



「正直、俺はお前が苦手だ。初対面の相手を無能呼ばわりして軽蔑してると思ったら、今度は自分の物になれだなんておかしなことを言うし。お前は俺が嫌いなんじゃないのか?」



鈴のことは苦手、でも嫌いというわけではない。尊敬できる所もある。例えば、先日の新島との一件とか。



自分より体格も背丈も大きい男子に臆することなく、ものを言えるのは同じ男の瑞己にだってできなかった。



「あなたを無能と言ったのは謝るわ、ごめんなさい」



意外にもあっさり謝罪された。



「別に嫌いだから言ったわけじゃないわ。それにあの言葉が学園で差別的な意味を持つことは後から知ったの。本当にそんなつもりはなかったわ。でも、あの時はあれが私の本心よ」



潔く自分の非を認める姿からも瑞己にはない物を感じる。最後の台詞は余計だったが。



きっと、鈴の事が苦手なのは彼女を見ていると自分が惨めに思えてくるからだろう。自分よりも優れている。そう思えてしまう程、彼女は凛々しく見えた。



「いや、謝って欲しかったわけじゃない。あながち、無能というのも間違いじゃない。昨日、俺は殴られている新島を見ていただけでなにもしてないからな」



実際、瑞己に能力はない。それに苛めの現場を目前に行動を起こしたのは鈴だ。



「それよりもうひとつの方が気になる」



と言うと、何やら鈴の顔が不機嫌そうになっていった。遠回しに鈴の言葉は間違ってないと伝えたつもりだったが、何か気に障ることを言っただろうか。



「……それはまだ言えないわ、それより早く行くわよ」



さっきより早足で進み始めた。結局、一番聞きたいことは答えてくれない。そこからは声をかけても返事がないまま食堂に着いてしまった。






(食堂で何をするんだ?)



席に座って待てと言われてから鈴は厨房の方に向かっていった。それから数分もしないうちに誰かが厨房から出てきた。



「あんたが鈴ちゃんの彼氏だね?」

「違うっ!!」



出てきたのは顔のシワが目立つ、いつもの食堂のおばちゃんだった。鈴の否定する声にかかっと笑う。



瑞己はこのおばちゃんを知っているがおばちゃんの方は覚えてないみたいだ。それもそのはず、生徒一人一人の顔なんて覚えちゃいないだろう。



「あの、本当に違いますよ」

「なんだい、ぱっとしないね。そんなんで鈴ちゃんの隣が務まるのかね?」



違うと否定したのにあっさり無視された。



「おばちゃん! そいつの事はもういいから! 厨房借りるよ!」



人をそんな扱いするな。



余程勘違いされるのが嫌だったのだろう、鈴は急いで厨房に戻っていった。その後、おばちゃんも笑いながら出ていった。



「何だったんだ?」



そして、三十分程過ぎた頃に鈴がようやく厨房から姿を現した。エプロン姿で。



「えーと」

「目を瞑って」

「なん…」

「いいから、早く!」



言われるがまま目を瞑る。足音が遠ざかり、またすぐ近づいてきた。テーブルに何かをとんっと置く音。それと同時に何か酸味のある香りがした。



「開けていいわよ」



言われた通り目を開ける。



「さあ! 召し上がれ!」



目の前には所々黄色く、真っ赤な出来立てのチャーハンが置かれていた。



「これは……チャーハン?」

「オムライスよ!」



オムライスだった。全くご飯を卵で包み込めていないのだが。いや、見た目で判断してはいけない。瑞己はスプーンを片手にオムライスをすくい上げて、一口食べてみた。



「いただきます。……っんん!?……ぐふっ!」



口に入れた途端、舌と喉に激痛が走る。間髪入れず猛烈な酸味が襲い掛かり、むせてしまった。



我慢できずに立ち上がり、自販機に向かって全力疾走。自販機に催促するように何度もボタンを押す。出てきた水で喉と舌の刺激を緩和する。



「んぐ……はぁ、はぁ、オムライス、何だよな?」

「そ、そうよ。で、美味しかった?」



お世辞にも美味しいとは言えない、と言った方がいいか迷う。これは勝負に負けた腹いせなのだろうか。



「その前に何を入れたのか聞いてもいいか?」



瑞己の舌にまだ残る刺激、この正体は何なのか気になる。



「別に普通よ。ケチャップとデスソースよ」

(何てもの入れるんだ!)



ツッコミたい気持ちを抑える。これで辛い物はわかった。しかし、ただのケチャップであそこまで酸味が強くなるはずがない。



「まさか、何か隠し味とか入れたり?」

「したわよ。酸味が足りないと思って、お酢をね。それで感想は?」

(最悪だ!)



本人の為にもここは正直に答えるべきか、それとも嘘でも美味しいと言えばいいのか考える。



「なんだい、二人ともまだいたのかい」

「あ、おばちゃん。厨房貸してくれてありがとうね」



瑞己が苦悶していると、さっき出ていったおばちゃんが帰ってきた。



「別に構いやしないさ。それより調理器具は洗ったんだろうね?」



鈴はあっと言って厨房に走って行った。まったくと言いながら彼女を見送ってからおばちゃんは瑞己の向かいに座った。



「よっこいしょと。この年になるとね、一日中立ち仕事ってのは老いた体にきつくてね」



自分の肩を揉みながら体を労るおばちゃん。その手を見るとしわしわで所々傷痕もあった。長年の苦労を現している。



「これが鈴ちゃんの作ったオムライスかい? 一口もらえるかい」

「ど、どうぞ」



そう言うと新しいスプーンを取り出して一口。次の瞬間、顔の皺が更に深くなる。それでもむせることなく飲み込んだ。すごい。



「これは、流石に不味いね」

「……ですよね」



おばちゃんが苦笑いをする。厨房からは洗っている音と鼻歌が聞こえてくる。この際、おばちゃんから味の感想を言ってもらった方が効果的だと瑞己は思った。



「あの、味の感想を彼女に伝えてくれませんか」

「どうしてだい? これはあの子がお前さんの為に作ったんだろう。なら、あんたが言うのが筋じゃないのかい?」



まったくもってその通りだ。しかし、瑞己は鈴の作ったオムライスを不味いと言う覚悟が無いのだ。あわよくば、自分より親しげなこの人にその役割を押し付けようと、罪悪感から逃れようとしている。



「俺は別に彼女と親しい訳じゃないです。そんな相手から不味いなんて言われても納得しないでしょう。それなら、料理を職としている貴方から言ってあげた方が彼女の為になると思います」



それらしい言葉を並べてみたが、これがおばちゃんに通用するかどうか。



「………」



返事が返ってこないが、おばちゃんが瑞己をじっと見ている気がする。目線をオムライスから外せない。男として間違った選択をした気がして背中に嫌な汗をかく。



「いいだろう。その前にあんたの感想を私が聞いてからだ」



よかったと瑞己は胸を撫で下ろす。もし、断られたらこの場から逃げようと思っていた。しかし、わざわざ自分の意見が必要なのか不思議に思う。



「まぁ、不味いの一言につきますね。辛いし、酸っぱいし、控えめに言って酷いですね」

「ほぉ、そうかい。……だとさ、鈴ちゃん」

「え、うっ!」



柔らかい何かと細い腕が瑞己の首を絞める。かろうじて呼吸ができるが、懸命に吸い込む。いつぞやの甘い匂いをまた感じた。



「あら、それは残念ね。ところで、こうやって腕を回して首を締め付けても人って死なないらしいわよ。ただ脳に上手く血液が届かなくて苦しくなるだけよ。安心して」



苦しそうな瑞己にどうして安心して何て言えるんだか。



(やばい、頭が……ふわふわする)



血の気が引いていくのがわかる。死にはしないと言うが、このままでは意識が飛ぶかもしれない。間近で鈴が何かを囁いているが、意識が朦朧としているため何を言っているのかわからない。



「鈴ちゃん、離してやりな。顔が青くなってるよ」



おばちゃんが何かを言った後、突然ぱっと解放された。血の流れをはっきり感じられるほど、一気に頭に血が行き渡る。



「かはっ! はぁー、はぁー、はぁー、はぁー」

「それで、私の料理は美味しかった?」



鈴は満面の笑みで味の感想を改めて聞く。こんな状況じゃなければ見惚れていたかもしれない素晴らしい笑顔で。

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