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異能な僕らの青春期  作者: 戌叉
一章
13/68

12 天罰

ガチャッ、バタン



「……あれ、いつの間に着いたんだっけ?」



玄関で靴を脱ぎ、適当にバックを置いて布団でうつ伏せになる。



「はぁー、疲れた」



外はもうすっかり暗くなった。夕食はまだだが、食欲が湧かない。それでも、体に残る疲労をとるためには何か食べた方がいいだろう。



瑞己は重い体と足を動かして冷蔵庫を確認する。けれど、中には今朝残っている白米と卵、ベーコンがあるだけだった。



「……なんにもないな」



今から料理するほどの気力も食材を買いにいく体力もない。仕方なくテーブルに置いてあったチョコレートの菓子を数個食べて、また布団に寝転がる。



制服を着替えるのも億劫で、そのまま寝てしまいたい。



普段はこれ程までに倦怠感を味わうことはないが、今日の出来事を思い出すとまた溜め息がでてしまう。



・・・・・



少し時間を遡り、放課後の教室。



「……嫌だ」

「はぁ?」



どうやら瑞己の返事が気にくわなかったらしい。しかし、こちらも淡い期待を裏切られた。本人に言えるはずもないが、思春期男子の心は案外傷つきやすい。



「だって、急に物になれとか言われても困るっていうか、何て言うか……」



反論の声が小さくなってしまう。彼女の殺気を孕んだ猛獣のような瞳はそれほどの迫力があった。



「で」

「で?」



つい、そのまま聞き返してしまった。



「はぁ?」

「あ、いや」



瑞己が口をもごもごさせていると、鈴が手首をほぐし始めた。嫌な予感がして何か良い案はないか知恵を絞る。



「えーと、その……ほら、俺達知り合ってまだ数ヶ月の付き合いだろ。たがら、これからお互いの事を知りつつ、良い落としどころを見つけよう」



何とか言いくるめるために適当な言葉を並べる。けれど、無い知恵を絞ったところで出てくるのは雫程度。自分の浅慮が恨めしい。



「……いいわ」

「そ、そうか……」



よかったと、瑞己はほっと息をつく。これでひとまず時間を確保した。落ち着いて考える事もできる。そう思った。



「十五分」

「え?何が?」



鈴が椅子から立ち上がり、足を伸ばす。下を向いているのでどんな表情をしているかわからない。



話はついたはずだと思ったが、どうやら鈴は違うようだ。



「もうすぐ十八時よ。そこから、十五分間私から逃げなさい」

「何で……そんなことを?」



なんなら今すぐ逃げ出したい気持ちを抑えて鈴に説明を求める。



「あんたが私から逃げ切れば、今の話はなかったことにするわ。でも、私があんたを捕まえて三十秒拘束できたら」

「できたら?」

「無条件で私の物になりなさい」

(こいつ、俺の話聞いてないじゃないか!)

「逃げることしか考えないなら、逃げきってみなさい。どう? 貴方にピッタリでしょう?」

「くっ!」



冗談だと思いたいが、鈴は怒りと失望を込めた顔で瑞己を睨む。



思えば、鈴が話を聞いてくれたことがあっただろうか。数少ないやり取りでそれは身をもって体験している。きっと何を言っても聞いてはくれないだろう。



「三十、二十九、二十八……」



突然、カウントダウンが始まった。その意味に気づいて時計を見る。もうすぐ、十八時になる。



考えている余裕なんかない。そう思った瑞己はすぐさま教室から飛び出し、全力で走り始めた。なるべく彼女から距離をおかなければすぐに見つかってしまう。



一度、実技の時間で彼女の動きを見たことがある。確かあれは、ボルダリングを能力ありで行っている時だった。



経験も能力もない瑞己は時間こそ掛かったけれど登りきれた。クラスメイトの皆も慣れていないボルタリングという競技に手を焼いていた。



そんな中、鈴だけが軽やかに登りきっていた。それも聞いた話によると能力は使っていないらしい。



その時の彼女はまるで翼でも生えていたかのようだったと皆から称賛されていた。鈴は普通の体育の授業でも男子に引けを取らない、寧ろ瑞己よりは運動能力は高いだろう。



そんな彼女から、十五分間逃げ切らなければならない。



「冗談じゃない!」



文句を言いたいが、それよりもまず逃げ切る事が重要だ。恐らく、既に十八時を過ぎているから彼女も動き始めただろう。



(数十秒だけど多少は時間稼ぎになるだろ)



止まっていられないが、少し息を整えるために立ち止まった。



周りを見る。鈴が近くにいないことを確認して近くの教室に入る事にした。数秒後、どこからか足音が聞こえてきた。



急いで身を屈めて廊下側の窓を覗く。その視線の先には野獣、もとい日向鈴がこちらに歩いてくる姿が映る。



(音を立てなければ、ばれないはずだ)



息を殺し、廊下からは見えない死角、掃除用具入れの影に隠れ、鈴が通り過ぎるのをじっと待つ。



トッ………トッ……トッ…トッ、トットットットットッ



徐々に近づいてくる足音、それが大きくなるにつれて瑞己は焦り始める。



トットットットットッ、トッ、トッ…………



足音が止んだ。恐らく鈴が立ち止まったのだろう。



一瞬だけを窓を見る。



「……!」



自分の口を強く押さえる。窓から教室を隈無く見渡す鈴がいた。それも見落としがないようにグッと瞼を開いて。



綺麗な目が、ああも恐ろしく感じるのは何故だろう。



心音がうるさい。早く行ってしまえと、心の中で叫ぶ。



暫く教室を見渡して窓ガラスから顔を離すと舌打ちが聞こえる。そして、また足音が聞こえ始めた。



顔を出すと鈴の姿はもう無い。


ようやく去っていった鈴に張り積めていた緊張がほぐれていく。足音が完全に聞こえなくなってから深呼吸をする。



「はぁー、危なかったぁー」



窓から廊下を確認して鈴がいないことを確かめる。誰一人いない廊下を見てほっと息をつく。



「これで後は大丈夫かな?」



時計を見ると十分が経過しようとしていた。残り五分、逃走先の範囲は指定されていないからもう一度この教室に来るほど彼女に余裕はないだろう。そう思い、瑞己はガッツポーズをして教卓に寄りかかる。



「何が私の物になれだ、やなこった」



鈴への不満が溢れてくる。タイムアップを待つだけの瑞己は勝利を確信して油断しきっていた。それに加え、普段から鈴に睨まれているストレスもあり愚痴がどんどん吐き出る。



「だいたい、失礼だよな! こっちは何にもしていないのに普段からあんなに睨んできて、最初からそうだったけどやっぱり嫌な」

パリーン!!



天罰というものはきっとあるんだろう。それをこの時、身をもって知った。



窓が割れ、瑞己の足元に野球ボールが転がってくる。普通はそれを拾って投げ返すなり、窓が割れたと外の野球部に叫んだりする。しかし、瑞己は別のことで頭が一杯だった。



(まずいまずいまずいまずい!!)



割れた窓を見る。かなり大きな音が響いた。その結果、どうなるか。



バンッ!



勢いよく開かれる扉の音。音の鳴った方を恐る恐る振り返る。その先には猫のような目に少し毛先が跳ねたショートヘアーの女性が。



「見ぃーつけたっ!」



瑞己の目には今、にこりと笑う鈴がどんな風に写っているだろうか。

お読みいただきありがとうございます。


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[良い点] 瑞己の目には今、にこりと笑う鈴がどんな風に写っているだろうか。 表現の使い方が凄いですね! しかも、読者にとって物凄く想像しやすい!
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