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異能な僕らの青春期  作者: 戌叉
一章
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11 用件

三十分程かけて翔子の手伝いを終えた瑞己は、受付の後ろにあった扉の奥にある部屋で報酬として紅茶をもらっていた。



「ありがとう。助かったわ」

「いえ、別に」



本の片付けが終った後にお礼がしたいと部屋に案内されて、お菓子を提供してもらった。



部屋と言っても図書室に並べていない本をしまっておくための仮置き場のようで、本を除いても四人が座れる席とテーブルが置いてあるだけだ。



そこに瑞己は座り、何故か隣に翔子が座っている。



「お味はいかがかしら?」

「……美味しいですよ」



紅茶は、ほんのりジャスミンの香りがする。あまり紅茶と縁がなかった瑞己でも美味しく飲むことができた。お菓子はシンプルなプレーンクッキーで紅茶ととても合う。



「それはよかったわ! 実は手作りなのよね!」



彼女はテーブルに肘を置き、組んだ手の上に顎を乗せ、クッキーを食べる瑞己をじっと見ている。



「………………」



気まずい、非常に気まずい。



大して親しくもない異性の先輩に菓子と紅茶を提供してもらい、食べている様子を観察されている。お礼と言われ、断るのも申し訳なかった。



特に会話もないまま時間とお菓子だけが減っていく。



「瑞己君ってもしかしてお兄さんいたりする?」

「……?はい、二つ上に兄ちゃんがいますけど」



突然の質問に少し驚いたが、よくよく考えれば彼女は瑞己の兄、永遠と同じ学年だ。知り合っていても不思議じゃない。



瑞己は食べる手を止めずに翔子の話を聞く。



「やっぱり! 名字も一緒だし、東雲君に似ていると思ってたのよね!」

「んぐっ、兄ちゃんのクラスメイトですか?」

「いいえ、違うわ」



同じクラスでもないのに兄弟とわかるものだろうか。兄弟だがそんなに顔はそっくりではない二人。瑞己は接点を見つけられないまま、翔子は会話を進める。



「東雲君にも本の片付けを手伝ってもらったことがあるのよ。その時も、こうしてお礼をさせてもらったのだけど」



そう言って翔子は笑いを堪えながら、その時の彼の様子を教えてくれた。



「彼もね、代理で本を返却しに来たの。その後に本の片付けをお願いしてね、手伝ってくれたのよ。まぁ、君ほどは嫌がらなかったけどね」



嫌がるとわかっていてあんなことをしたのかと瑞己は呆れる。



せっかく頂いた紅茶が冷めないうちに飲む。



「彼にも紅茶とクッキーをお礼に食べてもらったの。その時の彼、今の君と同じだったわよ。何を話せば言いか分からなくて黙々とクッキーを食べてたわ」



流石、兄弟ねと微笑みながら翔子は実に楽しそうに寛いでいた。



(なるほど、兄ちゃんもこの人の餌食になったのか)

「今、私の餌食になったと思ったでしょ」

(考えを読まないでほしい、それともそういう能力でも持っているのか?)



翔子はまた笑顔のまま瑞己の食べる様子を見ている。少し食べるペースを上げる。美味しいクッキーに罪はない。



ようやく菓子と紅茶もなくなり鈴との約束した時間にもそろそろ近づいてきた。



「それじゃ、俺はこれで。クッキー美味しかったです」

「御粗末様でした。また来てね」



素敵な笑顔で受付席から手を振り、翔子は瑞己を見送った。



からかい好きな先輩に翻弄されるのは少し癪だが、あのクッキーを食べられるならいいかもと思った。しかし、瑞己は餌付けされていることに気づく。いかんいかんと頭を振りながら瑞己は図書室を後にした。






夕日が半分沈み、少し空が暗くなってきた。



放課後、部活のある生徒以外は既に帰宅している。瑞己は人のいない廊下を小走りで教室へと向かう。



教室の前に着いて、先に鈴が待っていないか窓から覗く。そこには既に一人の女の子がいた。



携帯を見ながら瑞己の椅子に座る鈴。普段の制服ではなく、動きやすそうな格好で教室にいた。



瑞己は一度、深呼吸をして教室に入る。



「……お待たせ」

「やっと来たわね」



溜息をつきながら席から立ち上がり、窓から照らす夕日を背に瑞己を睨む。



「待ってなさいって、いったわよね」



二席分の距離まで進んだところで止まり、いつもの腕組みポーズで待つ鈴。あの野獣のような目で見られると近寄りがたい雰囲気がある。



「悪い、少し用事を頼まれてたんだよ」

「ふーん……。まぁ、別にいいわ。それより」



鈴は瑞己との距離をつめようと歩み寄る。それに合わせて瑞己も下がる。



「何よ、この微妙な距離は」

「個人的事情だ」

(お前が苦手だから)



わかりやすい本音を苦笑いで誤魔化す。しかし、それが気に入らなかったのか鈴の顔がスッと感情が抜けたような表情になった。



彼女は再度、距離をつめ始める。



瑞己も距離を保つために下がるが誰かの机に足が引っ掛かった。躓いて勢いよくドンッ!と尻餅をつく。



「っつぅ……うっ!」



転んだ衝撃で臀部に痛みが広がる。それでもすぐに立ち上がろうしたが、上から見下ろす鈴に腹を軽く足で踏みつけられた。軽い力であっても瑞己を押さえつけるには十分だ。



「私、嘘つきが嫌いなの。それと、誤魔化されるのもね」

「嘘なんて、」



誤魔化しはしたが、嘘はついていない。



「そうやって、逃げるのね」



けして大きな声で言われたわけではないが、二人しかいないこの教室にその言葉が響いた。鈴が足をどけて近くの椅子に座る。



「……話を変えるわね。今日、あんたを呼んだ用件についてよ」



そう。本来ならそのために瑞己はここにいる。だいぶ遅くなったがこれから本題に入るようだ。



「単刀直入に言うわ」



そう言うと鈴は足を組み、瑞己にビッと指を差す。



「東雲瑞己! 今日からあたしの<物>になりなさい」

「……ん? 物?」



当初、瑞己の想像していた内容とはあまりにもかけ離れていた。

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