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異能な僕らの青春期  作者: 戌叉
一章
11/68

10 暇潰し

午後からの授業は頭に入らなかった。



鈴とのやり取りが頭から離れない。脳内で何度もあの瞬間が繰り返される。時間がたっても彼女の感触と匂いを鮮明に思い出してしまい、煩悩に翻弄されていた。



終始、茫然としているといつの間にか帰りのホームルームになっていた。最後の授業の鐘の音で瑞己は我に返った。



「最近、不登校気味だった生徒達が続々と学園に通ってきてくれてる。嬉しいことなんだけど何か不自然な感じがするんだよね。幸いにもこのクラスにはいないけど、もし知り合いにそう言う生徒がいて何か普段とは違うとか、……奇妙なことがあったら知らせて貰えると助かる」



何か思うことがあるのだろうか、と瑞己は考えたが忠志はそれ以上は口にしなかった。



皆を見渡しながら言い終えると忠志は挨拶をして出ていった。それから生徒達は、それぞれ帰宅する準備に取り掛かる。



ちらりと鈴を見る。



いつもの二人と一緒に帰り支度をして、そのまま出ていく。どうやら一度、女子寮に帰ってから来るみたいだ。



敷地外から登校している瑞己とは違い、ほとんどの生活をこの中で過ごす鈴や能力者達は学園と寮を行き来しやすいのだろう。



(夕方まで何をして時間を潰そうか)



一度帰るにしても、瑞己の下宿は学園から離れているため面倒だ。一番確実なのは教室でずっと待っていることだけれど、夕方なんて大雑把な時間にどれ程待たなければいけないのか考えると、何か時間を潰せた方がいいだろう。



「……暇だな」

「それなら僕の頼みを聞いてくれないかな?」

「うおっ!」



振り向くと音もなく忍び寄った夏目が数冊の本を押し付けてきた。



「今日は大事な用事があってね。代わりにこの本を図書室に返してくれないかな」

「えぇ……、まぁいいけど。昼食一回で手をうってやる」

「ちゃっかりしてるね。いいよ、明日にでも」



交渉は成立した。瑞己は明日の食堂のメニューが好物のオムライスならいいなと思った。



用事は何なのか訪ねると色々ね、とだけ。夏目はすぐに行ってしまった。



荷物を置いて図書室に向かう途中、窓から生徒達を見る。下校する者、部活のランニングに行く者、それぞれが青春を謳歌している風景を見るのはなかなか飽きないものだ。



ふとある人を見つけた。



普段のように友達と話ながら楽しげに帰宅する彼女を見ると昼間の出来事が嘘のように思える。



同年代、それも異性にあそこまで密着されることなんてなかった瑞己は柔らかい感触を思い出して少し顔が熱くなる。



夕方の校舎で待ち合わせ。どんな話があるのか、少しの期待と緊張を抱きながら図書室に向かう。






図書室の扉を開けるとすぐに図書当番の女性がいた。



「あの、本の返却に来ました」

「…………」

「あのー、すみません」

「…………うん?」



ようやく瑞己に気付いてくれた。



「あら、ごめんなさい。本に夢中だったわ」

「いえ、邪魔してすみません」



彼女は本にしおりを挟み、姿勢を正してから瑞己を見上げて笑った。そのしぐさが妙に大人っぽく、年上のお姉さんのような印象だ。



「それで本の返却よね?それなら、この紙に名前と学年、クラスを書いてちょうだい」

「代理で返却に来たんですけど、借りた本人の名前を書けばいいですか?」



本を返却箱に入れて瑞己は訪ねる。



「そうね。そうしてちょうだい。ところで貴方の名前は?」

「1ーAの東雲瑞己です。えっと…先輩?の名前は何て言うんですか?」



先輩かどうかは確かではないが、雰囲気からして同年代には思えない。所々の仕草が普通の高校生とは違い、どこかのお嬢様みたいだ。



「あら、ごめんなさい。人に訪ねるならまず自分からよね」



穏やかな口調をしつつも社交性があり、おっとり笑う仕草がどことなく余裕を感じさせる。すると、椅子から立ち上がり、流れるようにお辞儀をした。



「はじめまして、3ーAの西園寺翔子(さいえんじ しょうこ)です。」



印象ではなく、実際に年上のお姉さんだった。



(ん?西園寺?どこかで聞いたような……)

「…………」

「ここの施設責任者兼理事長、西園寺宗次郎(そうじろう)の孫娘よ」



瑞己の考えを察して翔子は教えてくれた。大人びた印象とお嬢様のような気品のある態度、それが理事長譲りと言われて納得した。



「ところで瑞己君、今は暇?」

「え?……まぁ、暇かどうかと聞かれれば暇ですが」



立ったまま翔子は振り返って山積みになっている本に目を向ける。



「今日の当番、他の子もいるんだけどね、その子が今日は用事があるからって来てすぐに帰っちゃったのよ」

「はぁ、そうなんですか」



翔子は頬に手を添えてあからさまに困ったような態度をとる。



「そうなの!」

「!?」



受付の席から少し身を乗り出してきた。



「だからね、本の片付けを一人でやらなきゃいけないのよ」

「……なるほど」

(じゃあ、何でさっきまで本読んでたんだよ!)

「………………」



嫌な沈黙が続く。



彼女の魂胆はわかっている。だが、それを簡単には請け負うほど瑞己は優しい性格をしていない。この場合、同情はするが助けてあげる義理もないため撤収した方がいいだろう。



「……!!」



いつの間にか先程よりも体を傾けて瑞己の手を両手で握り締めてきた。逃がさないとばかりに手を引っ張り、じっと瑞己の目を見つめる。



何故だろう、今あの目を覗き込んでしまうのはまずい予感がする。



(この人もそうだけど、この学園の女子は何か、……怖い!)



見た目とは相反する力で顔面ストライクを決めるが、根は優しい女子。



人を常に殺気を込めた視線で睨むくせに、急に甘い顔で体を密着させてきた野獣。



そして、会って数分の関係なのに人のパーソナルスペースを気にしない年上のお姉さん。



(あーもう、疲れる……)

「……手伝いましょうか?」



瑞己は込み上げてくる苛立ちを溜息と共にぐっと堪えた。



「ありがとう! お願いするわ!」



これ以上の反発は余計な体力を消耗すると思った瑞己は、やむなく翔子の仕事を手伝うことにした。

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