久しぶりの外出です
「別荘へ…?」
きょとん、と言葉を繰り返す。
こてりと頭を傾けたレティーシアを父、レックスはにこにこと眺め、兄のレイナードも姉のジャンヌの微笑ましそうに眺めていた。
「そう、久しぶりに少し時間がとれそうなんだ。レティにもずっと寂しい想いをさせてたし家族で一週間程別荘へ行かないかい?」
告げられた言葉に瞳が大きく見開かれる。
口の端が緩み、満面の笑みをつくりかけたところで止まった。
「尤も、仕事があるからずっと一緒に居てあげることは出来ないんだけど…」眉を下げて告げられた父の言葉は構わない。
それに父とよく似た表情で頷いた兄も。
仕事があるのは当然だし、いつもより一緒に居られる時間が多いだけで全然嬉しい。
だからそのことは一向に構わないのだけど……。
「でも…、大丈夫なのですか?無理をなさっているんじゃ……。
お父様もお兄様もお仕事が忙しいし、何よりお姉様は入団試験に向けての追い込みの時期でしょう?」
長い睫毛を伏せ、窺うように家族を見遣る。
一緒に居られるのは嬉しい。
すごく、すごく嬉しいけれど…自分のために無理をさせるのは嫌だ。
特に姉のジャンヌは騎士団への大事な入団試験を控えている。それに学園だって卒業間近。鍛錬に最後の学園行事の準備や試験に多忙にしているのを知っているからそれを邪魔してまでわがままを言おうとは思わない。
ちょっと残念だけど……。
でもちゃんと我慢できるもの。
「また来年とかの方が良いのではないですかお父様」
にっこりと、笑顔を作る。
だが、残念ながら……。
レティーシアは隠したつもりでも、素直な彼女の葛藤は一同には手に取るようにバレバレだった。それはもう、分かり易いほどに筒抜け。
結果、一同はデレデレだった。
特にレックスが酷い。ただでさえ垂れ目で温和な顔なので。
そしてレイナードも抑えてはいるものの外での“怜悧な貴公子”然とした彼しか知らない人がみたら「誰だ、お前!?」と言いたくなる有り様だ。割と妹たちの前では通常運転な彼はれっきとしたシスコンだ。
ミモザは心の中では両手を組んで「天使!!」と叫びと祈りを捧げているものの表面上は冷静で、その他の面々は実に微笑まし気な瞳を浮かべて居た。
「私たちの心配をしてくれているのね。ありがとうレティ」
だけど、とジャンヌは続ける。
「偶には私だって息抜きしたいし、可愛い妹と一緒に過ごしたいわ。毎日毎日根を詰めていたらやってられないもの。ね?一緒に行きましょう?今の時期ならきっと紅葉も素敵よ」
悪戯っぽい表情を浮かべて、ね?と覗き込んでくるジャンヌ。
「そうだぞ。偶には私にも癒しをくれ。折角可愛い妹たちと過ごせる機会だ、レポートは最短で終わらそう」
「レイナード、私の仕事は手伝ってくれないのか?父だって家族団欒で過ごしたいぞ」
「父上は自分で頑張って下さい。私は深刻な癒し不足なので」
「父だってそうだぞっ?!」
じゃれつくようなレイナードとレックスの掛け合いに思わずジャンヌと二人でくすくすと笑う。
いいのだろうか?
そう思ってもう一度ちらりと姉を窺うも、自分と同色の瞳が柔らかく微笑み返してくれて。
勇気を貰ったレティーシアは本音を告げた。
「行きたいです。私も、みんなと一緒に過ごしたい」
良くできました、とでもいうように兄と姉の手が優しくレティーシアの頭を撫でた。
そうしてやってきた別荘。
馬車に揺られ、やってきたのは領地の一角にある何度か訪れたこともある別荘だ。
近隣の街からもそう遠すぎず、程よく山近いその場所は都会の喧騒を忘れ寛ぐのに最適だった。他にも別荘は幾つかあるものの、その静けさと季節がら今回はこの別荘へ決まった。
時折、森の生き物の鳴き声が響くのみのこの場所なら持ち込んだレックスやレイナードの仕事やレポートも捗るだろうし、広い敷地もジャンヌの鍛錬にももってこいだろう。
何より、ジャンヌが口にしたように一面の紅葉が見事だった。
燃えるような紅に、赤に黄色に茶色の樹々。
自然の織りなすグラデーションは美しく樹々を染め上げていた。
「わぁ、凄い綺麗!」
「確かに、今年は寒さが厳しいからか一段と美しいな」
一息ついて、兄と姉と散歩に出掛けたレティーシアは改めて感嘆を上げた。
ついてすぐにも驚いたがこうしてじっくり見るとやはり圧倒される。自宅の邸宅の樹々も色づいてきたがレイナードのいうように寒さの影響もあってか山間のこの辺りは色づきが段違いだ。
風邪をひかないように、とレイナードがレティーシアが首に巻いていたふわふわのマフラーをきつく結び直してくれる。
「ありがとうございます」
「どういたしまして。寒くなったらすぐ言うんだよ?」
「はい」
過保護な兄にくすくすと笑う。
兄や姉と一緒に散歩が出来るなんて随分と久しぶりだ。
レティーシアはご機嫌で寒さなんてちっとも気にはならなかった。
残念ながらレックスは急ぎの仕事があり、ついてそうそう缶詰だ。
レイナードを心持ち恨めしそうに見ながらも笑顔で見送ってくれた。その際、「今度はお父様と一緒に散歩に行こうね?」と約束を取り付けるのも忘れなかったが。勿論レティーシアは満面の笑みで「はいっ!」と答えた。
「あっ!お姉様、お姉様っ。リスですっ!!見て、可愛い!!」
樹の上をちろちろと駆け抜けたふわふわ。
茶色くてしましま模様の大きな尻尾を持ったその存在にレティーシアは大はしゃぎ。
「本当っ、可愛い!冬眠前に木の実を集めているのかしら?」
「この辺りは野生動物も出るからな。散歩する時はあまり奥に行かないよう気をつけろよ」
「わかりました。他にはどんな動物が出るんですか?」
「ウサギやキツネなんかも出ますかっ?!」
わくわくと輝く瞳で話題に喰いつく。
だって、見たい。凄く見たい!
「出るんじゃないか?」
きゃーと喜びに手を握りしめた。きょろきょろと辺りを見渡すも、そう都合よくは見つからなかった。残念。
はしゃぐ妹の鼻先をつんとレイナードは優しく突いた。
「ウサギやキツネなんかの小動物はいいが、イノシシなんかの大型動物も稀に出るから気をつけるんだぞ」
「イノシシ…」
「なら念のため、近場の散歩でも護衛は外さない方がいいですね」
「そうだな、そうしておけ」
そんな会話をしつつ、散歩を楽しむ。
足を踏みだすたびに落ち葉がカサカサと音を立て、目だけでなく音も楽しい。サクサクと落ち葉を踏みしめ散歩を満喫する。
お出かけも散歩も楽しいが、何より大好きな二人と一緒に居られることが何よりも嬉しかった。
だからレティーシアは浮かれていた。
何も知らず、ただ浮かれていられた___________。




