そうして一大ブランドが生まれる
ちくちく、ちくちく。
今日もレティーシアは手と針を動かしていた。
最近は空いた時間はこうしていることが多い。お勉強の予習復習や大好きな本の世界に没頭していることも勿論多いが、手芸はマイブームといっても過言でない。
「最近はジャンヌお嬢様の鍛錬をめっきりご覧になられませんね」
お茶を淹れてくれたミモザが零したその言葉も理由の一つだ。
「だってお邪魔しては申し訳ないもの」
「お嬢様が見学なさるならお邪魔ではないと思いますが」
ミモザの言葉には曖昧に微笑み返す。
レティーシアの言葉は半分本心で、もう半分はいい訳だ。
何故、最近手芸や本の世界に浸る時間が増えているか。
答えは簡単だ。前より家族で過ごす時間が減って、一人で過ごす時間が増えたからだ。
父であるレックスの忙しさは以前からだが、大好きな兄のレイナードは長じるにつき父の仕事の手伝いやアカデミーの課題などで忙しくなった。将来侯爵家を継ぎ、成績優秀で王城でも重要な地位に就くだろうことを思えば仕方のないこと。そうわかっていても寂しいものは寂しいが。
姉であるジャンヌも学園が忙しいし、何より剣の鍛錬にいとまがない。
なにせジャンヌは12歳。この世界でも騎士団に入団が認められるのは13歳になる歳からだ。来年入団試験を受ける彼女がその準備に忙しいのは当然のことだった。
そういった経緯から最近のレティーシアは一人で過ごす時間が増えていた。専属メイドのミモザや使用人が側にいることが多いので正確に言えば一人ではないのだけれど…。
そしてミモザが先程口にしたように以前のレティーシアは姉のジャンヌが鍛錬をしている姿を見るのが好きだった。恰好いいし、一緒に居られるのが嬉しかったから。
だけど今は……前世の記憶を思い出してからは鍛錬中は近寄らないようにしている。
今のレティーシアには戦闘の知識だけは在り過ぎる。色々思い出してしまうし、口を出してしまいそうにもなる。なので見ないようにしていた。
レティーシアはジャンヌを尊敬している。
優しくて恰好よくて綺麗で。
大好きで大切な存在だ。
ジャンヌと、いや、この国の騎士のほとんどと比べてもアラベラは強かった。この国の騎士に比べてかつての国の騎士は強かったし、その中でもアラベラは群を抜いていた。この世界では滅多にお目にかかることのない魔獣も大量にいたし、死線をくぐりぬけた数からして違う。剣の実力のみならず、攻撃魔術もここよりずっと発展していた。
だからといってジャンヌを見下す気持ちは全くない。誓ってそういえる。
だけど、
かつての兄様も、婚約者も、同僚も……もしかしたらそう感じていたのかも知れない。
彼らに勝った瞬間から疎まれ、憎まれたのは単純に女に負けた悔しさか。それとも、彼らはアラベラを見下しながらも、アラベラから見下されていると思っていたのか……。
そんなことを考えると、姉のジャンヌの鍛錬を見れなかった。
ジャンヌは強く、誇り高くて美しい女性だ。
それは単純に剣や体術による強さではなく、その心と在り方が。
そんな彼女を羨む自分がいることを知っている。
「お嬢様?」
「ううん。何でもないわ。ここの刺繍はどうしようか迷っていただけ」
考えに浸って俯いていたところに声を掛けられて、レティーシアは誤魔化すように首を振った。
「何のお花がいいかしら?真っ赤なバラもいいけど、タチアオイも素敵ね。ん~、今回はタチアオイにするわ。バラはよくモチーフとして使うしまた今度にしましょう」
鮮やかな赤い刺繍糸を針に通す。
タチアオイの花言葉は「気高く威厳に満ちた美」。
お姉様にぴったりだ、とレティーシアは鮮やかな赤い花を描いていく。
「本当に見事な腕前ですね。最近ますます速さにも磨きがかかって…。先日頂いた下着もとても素敵でした」
「ふふ、気に入ってくれた?」
「もちろんです。生涯の宝にします!」
下着を生涯の宝にするのはいかがなものだろうか…。正直そうは思ったが喜んでくれたなら何よりだ。
今作っているのはジャンヌの下着だ。
こっそり作っていた下着だが、その可愛さに噂になった。まず洗濯を担当するランドリーメイドがざわついた。そしてそれはメイドの耳へと入り、見たこともない可愛い下着はメイドの間で話題になり、ジャンヌの耳にも入った。
こっそり聞かれたレティーシアが自作のそれを見せれば可愛いそれにジャンヌも心を奪われて、彼女の分も作成している。
もう何着か作っているだけあってその手つきも慣れたものだ。
もっと腕が上がったらその内、ドレスなどの大物にチャレンジしてみるのも楽しいかも知れない。
「レティーシアお嬢様、いっそ商品展開してはいかがです?ご自分のブランドを立ち上げるなり何処かの店舗に卸すなりしてみては?」
「お店?」
「ご自分でお作りになられるのが大変なら、このデザインを売るだけでも大ヒット間違いなしですよ。だってこんな可愛い下着、みんな欲しいに決まってます」
思ってもみなかった言葉にぱちくりと目を瞬く。
両手に持ったレースに飾られた布を見下ろす。
「下着は……ちょっと……」
確かに可愛いとは自分でも思うけど、下着を売るのには抵抗がある。
下着を売っているということを世間の人や父や兄に知られるのはちょっと恥ずかしい。
「…それは確かに」
言いだしたミモザもレティーシアの色づいた頬を見てその恥じらいを感じ取り、確かにちょっと恥ずかしいと思い直す。
「下着以外でもいけると思います。お嬢様の刺繍とデザインは芸術的ですし」
褒められるのは嬉しいが、刺繍の腕前はともかくデザインはアラベラだった頃の知識も元にしてるのでちょっと後ろめたさを感じる。
でも……。
自分の作ったモノが商品となって誰かの手に取って貰えるのはちょっと嬉しいかもしれない。
この時のレティーシアはまだ知らなかった。
いずれ自分の作る品々が爆発的なヒットを生み、王族すら使用するような一大ブランドとなることを。




