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コミュ障なのです


 

 ぷるぷる、ふるふる。


 小刻みに躰を震わせるその様は、怯えた兎そのものだった。

 姉であるジャンヌの背に隠れ、ぴるぴると震えながらレティーシアは涙目で目の前の少年を窺う。


 ブルーブラックの落ち着いた髪と瞳。温和な笑みを浮かべる美少年はレティーシアの知っている人物とよく似ていて。

 現在進行形で失礼な態度をとってしまっているレティーシア相手にも柔らかな笑顔をキープしてくれている。整った身なりと大人びた挙動から一見高位貴族にさえ見える美少年。


 そしてその美少年相手にレティーシアはぷるぷるしていた。




 ことの発端は数日前。


 レティーシアは困っていた。

 初回は散々だったマナーとダンスのレッスン。だがレティーシアの日々の努力の甲斐があって徐々に体力もついてきた。

 カーテシーも躰がガクガクせずに行えるようになったし、ダンスだって音楽に合わせて踊れるようになった。嬉しい副産物として体力がついたお蔭か季節の変わり目に寝込むこともなくなり、全てが順調かに見えた。


 だが、それ故の問題にブチ当たった。


 挨拶も覚え、ダンスのパートも覚えた。

 ならば、次は。

 実戦である。


 パートナーを据えてのダンス。そしてこの屋敷にはレティーシアのパートナー役を務められるような人間は居なかった。7歳のレティーシア。パートナーは当然身長的にも同年代か少し上ぐらいが妥当だろう。



「ダンスのパートナー?」


 父、レックスの出した話題に兄のレイナードが問い返す。


「ああ、マルグリット夫人から話があってね。レティのパートナーをどうするかと。希望がなければ同年代の子息に夫人から声を掛けてくれるといっていたがレティーシアどうする?」


 にこにこと問いかけてくるレックスにレティーシアはぴっ!と小動物染みた動作で肩を跳ねさせた。


「パートナーということは自分のパートはマスターしたのね。凄いわレティ」


 毎日のように筋肉痛に苛まれていた妹を知っているからか姉のジャンヌは声を弾ませ妹の小さな頭を撫でる。レティーシアは隠しているつもりだったが小鹿のような動きは家族みんなにバレバレだった。


「パートナーならこちらで人選した方がいいのでは?何せレティのパートナーですし」


「そうだなぁ。付き合いも多くなるしな…」


 男性陣は安定の過保護。特に兄。


「同じ年頃といったら…スペクターやハミルトンの子息とかか。あとランス殿下もレティと同じ年か」


 もはやナイフとフォークを置いて脳内の貴族名鑑を広げるレイナードが挙げる名にレティーシアは震えあがった。食器をカタカタ鳴らしてしまいそうなので彼に(なら)ってシルバーを皿へと下ろす。とても食事を続けられる状態ではない。


 何せ挙げられた名がハンパない。

 スペクター家はローズヴェルト家と同じ侯爵家、同じ年頃というなら次男だろう。ハミルトン家は伯爵家、こちらは長男。最後に至ってはこの国の王子殿下。第三王子だ。


「パートナーといってもパーティーでなくレッスンの相手ですよ?しかも初めてペアで踊るのにそれは少し身分が高いのでは?」


 ジャンヌの言葉に力一杯レティーシアは頷く。もはや首振り人形の如く。


「それはそうだが……」


「レティ?レティはパートナーの希望はあるかい?」


「………お……」


「「「お?」」」


 レックスの問いに意を決したようにレティーシアが顔を上げ、小さく口を開いた。

 開かれたそれに、もしや意中の相手が居るのかと三人は思わず身を乗り出す。息を呑む三人は目と顔が真剣(マジ)。緊迫感すら漂う中、レティーシアは震える声で口にした。


「男の人、怖いです……!!」


 小さいがはっきりと響いた声に一同固まる。

 ぴるぴる震えるレティーシアはもはや涙目だ。


 ダンスが踊れるようになったのは嬉しい。だがレティーシアは失念していた。ダンスは当然男女ペア。そして自分が男性恐怖症、もっといえば対人恐怖症的なコミュ障であることを。


「「「………」」」


「やっぱり無難な相手にしましょう。もっとハードルが低い方で」


 いち早く立ち直ったのはジャンヌだった。


「そうだな。人当たりがよくレティーシアが気負わない相手がいいな」


「そうだ」


 何か思いついたようにレイナードが執事のセバスチャンへと顔を向けた。


「セバス、お前の息子はレティーシアの一つ上ではなかったか?」


 レイナードの言葉にレックスもジャンヌもああ、と頷く。一同の視線を受けたセバスチャンは軽く頭を下げた。


「はい。愚息は確かに…ですがお嬢様のお相手などもっと相応しい方がおいでなのでは…」


「いや、ハンスなら安心して任せられる」


「確かに」


 セバスチャンは控えめに辞退を申し出るも家族一同は超乗り気。

 何せセバスチャンはローズヴェルト家の有能執事。その有能さたるや折り紙付きだし、息子のハンスはセバスチャン似。つまりは将来有望かつレティーシアの相手として不足はない。何より立場を弁えている彼はレティーシアに手を出すこともない。執事一家への信頼は厚い。


「レティ、どうだい?」


 レックスの問い掛けにレティーシアは考える。

 知らない人は怖い。男の人は特に苦手。だけど相手を選ばなければならないのなら先に述べられたビックネームより慣れ親しんだセバスによく似たご子息だというハンスの方がよほど心理的負担は少ない。


「お、お願いします」


 本人の意向も聞かずに申し訳ないと思いながらも、レティーシアはセバスチャンへ頭を下げた。




 本人の意思など無関係に召喚された美少年ことハンス。

 それにも関わらずハンスは嫌な顔ひとつしないで紳士的に挨拶してくれた。


「父がお世話になっております。ハンス・スチュアートと申します。お嬢様方におかれましては麗しきご尊顔を拝謁する機に恵まれまして光栄至極に存じます」


 綺麗な礼を披露する様は成程セバスチャンそっくりで、セバスチャンの幼い頃といっても信じられるぐらいよく似ていた。穏やかな笑みも、雰囲気も。そしてそつない態度さえ。


 そんなハンスに対してぷるぷる、ふるふるするレティーシア。


 心配して今日はレッスンに付き添ってくれたジャンヌにしがみ付いてひたすらぴるぴる。

 レティーシア自身、これが失礼なのはわかってる。だが…前世のトラウマは思ったより根強かったようだ。震える躰と涙腺がそれを証明している。


 それでも姉に促され、びくびくしながらも一歩踏み出す。


 もはやジャンヌもミモザも、ハンスやマルグリット夫人に至るまで幼子を見守る体勢。一同の瞳には心配と慈愛が籠っていた。

 足をゆっくり斜めに下げて。スカートの裾を両手で摘んで軽く足を曲げる。


「お初お目にかかります。ローズヴェルト侯爵家が次女、ローズヴェルト・フォン・レティーシアにございます」


 出来た。

 安心した途端、背後から柔らかく抱きしめられた。


「凄く上手に挨拶出来たわ」


「流石はレティーシアお嬢様です。優雅かつ可憐極まりないカーテシーでした!」


「素晴らしいカーテシーを有難う御座います」


 大袈裟なまでにみんなが褒めてくれ、面食らったレティーシアはようやく緊張が解けた。小さく笑みが浮かぶ。


 本来ならカーテシーは目上の相手にするものだ。

 使用人の子であるハンスへ行う挨拶ではないがハンスはダンスやマナーの練習相手。誰かに向かって初めて披露したカーテシーが上手くいってレティーシアは少し希望を抱いた。


 これなら上手くいくかもしれないと。



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[一言] 微笑ましいわあ
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