ないなら自分で作りましょう
レティーシアは思っていた。
下着が可愛くない、と。
お風呂上り、用意された下着類を両手で持ってじっと見つめる。
色は白。装飾は殆どなし。肌触りは悪くないのだがいかにもシンプルで味気ない。
とはいえ、今はお風呂上り。
湯冷めしてしまっては大変だし、いつまでもこんなところで下着を見つめているわけにもいかない。レティーシアはもそもそと用意されたそれらを身に着けた。
別にレティーシアとてアラベラだった頃の記憶が戻る前は用意される下着に疑問を覚えたことなどなかった。だけどレティーシアは思い出してしまった。前世の記憶を。
そしてアラベラが生きていた世界と国の方が可愛さにかけては上だった。
女性のドレスや装飾品然り、家具に小物、果てにはデザートの装飾などに至るまで。女性という存在が大事に大事にされていたかつての国では女性たちはいつだって贅を尽した可愛さに囲まれていた。
勿論、この国にだって可愛いドレスや小物はある。
あるのだが、女性が愛でられるだけの存在だったあの国の、実用性に欠いた華美さに比べるとどうしても劣ってしまう。
なかでもレティーシアが気になったのが下着だ。
アラベラだった頃に見知った下着はレースやフリルがふんだんに使われ、果てには紐で結ぶタイプややたらに煽情的なデザインなど色も形も様々。
一方、今の下着といえば防御力でいえば格段に高いが白一色でシンプルイズザベストでもいわんばかりの味気ないデザイン。
気になったのはそれが彼女にとって身近なものだったからというのも大きいかも知れない。
ドレスは身に着ける機会がなかったし、可愛い小物や装飾品も似合わないと知っているから手が出せなかった。
だけど下着は…。人目に触れることのない下着を選ぶのはアラベラの密かな楽しみだった。
つまりは何が言いたいかというと。
「可愛い下着が欲しい」
その呟きが全てである。
欲しいけどない。
ないなら作ればいいじゃない。
と、いうわけでレティーシアはミモザに布やレースに糸を頼んだ。本当は下着を作るなんて恥ずかしくていいたくないけど材料が手に入らなければ何も出来ないから仕方がない。
「ご要望の布とレースです。糸はこちらに。数種類用意しましたが足りそうですか?他にご希望の生地などございましたら手配しますよ」
「大丈夫よありがとう」
用意されたそれらを手にしてレティーシアは瞳を輝かせた。
やっぱり下着だし肌触りも大切よね、と数種の布を手に取って満足のいく生地を選ぶ。これにあのレースと刺繍は何がいいかしら?考えるだけでわくわくする。
「ハンカチ、ではないのですか?一体何を作られるのです?」
ミモザの問い掛けに白い頬が僅かに色づく。
手芸をするのに何をそんなに恥ずかしがることがあるんだろう?とミモザは首を傾げた。
ようやく聞き取れるような小さな声でレティーシアは答える。
「……下着…」
「は?」
きょとんとすれば、ますますレティーシアは白い頬を恥ずかしそうに色づけて俯く。
「だって……もっと可愛いのが欲しくて」
唇を少し尖らせて拗ねたように告げる姿にミモザは危うく崩れ落ちそうになった。根性でキープ。
頭の中には盛大にハテナマークが浮かんでいたが、もう何でもいい。可愛いから何でもいい。そうミモザは思った。
ちくちく、ちくちく。
針を通すごとに少しづつ模様が浮かぶ。
レティーシアは手芸が好きだ。刺繍は勿論、モノづくり全体が。無心で作業に没頭できるのも、少しづつ自分の思い描いたものをカタチに出来るのもとても楽しい。
そして出来上がった下着は非常に満足のいく出来栄えだった。
最初から冒険するのは躊躇われたので、色は白をベースに光沢のある白と銀と糸を使って小花や唐草模様を刺繍した。ショーツはこの国の一般的な下着に比べると布面積がやや小さく防御力にかけるが可愛さは今のもっさりショーツと比べるまでもない。
更にはショーツの防御力の低さを補うようにたっぷりの布を使ったブラスリップも作った。ショーツと同様の生地と刺繍で、こちらは裾のふんわりしたデザインと背中のサテンリボンを使った編み上げがポイントだ。胸元にもサテンリボンのワンポイント。
ブラはまだお子様なレティーシアには必要のないものなのでいずれまた。
出来上がったそれらを両手に、ミモザは感動に震えていた。
「か、可愛い。そして美しい。デザインも刺繍の出来も完璧です。
7歳でこれ作れるとか私のお嬢様天才じゃないですか?!」
神に捧げるかのように両手で下着を捧げ持つミモザ。
しかもちゃっかり“私の”お嬢様とか言った。
「お嬢様!」
「はいっっ」
可笑しな挙動の後で急にきりっとした面持ちで呼ばれたレティーシアは反射的にびくっと身を竦ませた。
「すぐお着換えしますよ」
「え、でもなんで今?折角ドレスを着てるんだし…」
「何故?それは勿論、私がこの下着を身に着けてらっしゃるお嬢様を見たいからに決まってるじゃないですか!?」
興奮のあまり冷静沈着なメイドの仮面がまるっと剥がれてるミモザだった。
幼女の下着姿が見たいとか、通報されても可笑しくないレベル。
部屋に他に人が居ないのが幸いだった。
そして着替えさせられたレティーシア。
サイズはぴったり。薄いブラスリップを身に着けたレティーシアは妖精のように可憐だった。
神に祈りを捧げる動作をしたミモザがショーツもみたいとスリップの裾を捲ろうとしたのは必死に死守。そんなことをされたら転生紋が丸見えだ。
そして幼女の下着を捲ろうとするメイドは犯罪案件。
一応断っておくが、ミモザに幼女趣味はない。性的な興味はないがレティーシアのことが可愛すぎて時々暴走するだけだ。
だけと言っていい案件かはわからないが…。
「素晴らしいですお嬢様。代えも必要ですから何枚かお作りしましょう。欲しい色味の布や糸がございましたらどんどん言ってくださいね」
暴走が収まったミモザが着付けてくれたドレスを纏い(と、いっても脱がしたのも彼女だが)一息ついたとこで心強い言葉をくれた。レティーシア自身、姿見の前で見た出来に満足だったので嬉しい言葉だ。
「本当にすっごく可愛かったです」
褒めてくれるミモザに嬉しくなって小首を傾げる。
「あの、ね?気にいってくれたのなら…ミモザのも作る?」
褒めてくれたのは社交辞令で要らないっていわれたらどうしよう、そんな不安を抱きつつ提案すればアッシュグレイの瞳が大きく見開かれた。
「えっ?いいんですか?!」
その様子に褒めてくれたのはどうやら本心らしいと勿論と頷く。
「あ、じゃあお金を払います。幾らでも払います」
「お金は要らないわ。でもそうね」
考えるように布とレースの山を見遣る。
「これからも材料の調達をお願いね。口止め料よ」
しぃ、と唇の前に指を一本たててレティーシアは微笑んだ。




