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溺愛メイドはかく語る

(ミモザ視点)





「お嬢様、起きてください」


 そっと細い肩を揺り起こす。


 甘く囁くようなその声は、我ながら起床を促すのに適さないと自覚している。甘やかすような、眠りへ誘おうとしているかのような、そんな声音。


 正直、恋人にだってこんな甘い声で囁きかけたことなんてない。

 現在恋人居ませんけど。そして別に欲しいとも思ってませんけど。



「んぅっ…」


 蕾のような唇からむずがるような声が漏れた。




「レティーシアお嬢様、朝ですよ」


 再び声と共に肩を揺すればいやいやするように兎のぬいぐるみをぎゅっと抱きしめるお嬢様。何という眼福、ご馳走さまです。…じゃなかった。


「起きてください、お嬢様」


 辛抱強く声を掛ければふるふると揺れる睫毛。プラチナブロンドの長い睫毛が揺れて、その下から現れた蕩けた瞳が私を捉える。


「…朝?おはようミモザ」


 舌ったらずな口調で挨拶を口にしてくれたお嬢様に私も笑顔で朝の挨拶を返した。


 何という素晴らしき一日。

 やはり朝の目覚めはこうでなくては!一日ぶりに味わう幸福を噛みしめ、私は心の中で力強く頷いた。




 私の名はミモザ。


 コンフィズリー王国の侯爵家・ローズヴェルト・フォン・レックス様にお仕えするメイドの一人だ。

 (もっと)も、雇用主はレックス様だが。私は次女であらせるレティーシア様専属メイドなので真にお仕えするお相手はレティーシアお嬢様だ。


 レティーシアお嬢様は病弱なところがあり、それで専属のメイドをつけることをお決めになったらしい。


 最初ローズヴェルト家のメイドのお話しを頂いた時、私は天にも昇る気持ちになり、そして詳細を聞いてめんどくさっ!と思った。


 お声を掛けて頂いたのは他家で見習いをしていた私の働きぶりを買ってくださってのこと。

 その事実に、そして侯爵家のメイドという栄誉に私は喜んだ。

 病弱な3歳のお嬢様専属、という話を聞くまでは。


 ぶっちゃけ私は子供があまり得意でない。

 しかも雇い先の子供。更には侯爵家。


 私生活なら好きでもない子供なら関わらなければいい、それこそ可愛げのないガキなら適当にあしらう。だが仕事とあってはそうもいかない。


 聞けば私にお声が掛かったのは人伝に私の働きぶりをお聞きになったのともう一つ。私が年若いメイド見習いだったから。

 専属になるお嬢様という方は人見知りで気弱な方らしく、少しでも歳が違い方が姉のような感覚で馴染みやすいのではないかということらしかった。


 ほんの少し悩み、それでも私はこの話を受けた。


 子供は得意じゃないし、人見知りな子とか面倒臭いと思ったが、それはそれ。

 なんたって侯爵家。

 こんなチャンスを逃すべきじゃない。

 私はプロフェッショナル!仕事と割り切って見事やり遂げてみせるわ!それに我儘放題のクソガキより気弱なぐらいのがまだいいじゃない。その時の心境はこんな感じだった。



 そして____

 私の運命は変わった。



 私が専属となったレティーシアお嬢様はめちゃくちゃ可愛かった。

 姉であるジャンヌお嬢様の後ろに隠れてちらちらとこちらを盗みみては隠れる様子は小動物そのもの。


 最初はあまり懐いて下さらなかったが日を重ねるごとにご家族を介さないでもお話ししてくれるようになり、「ミモザ」と満面の笑みでそう呼び掛けて下さるようになった。



 ご当主であるレックス様は温厚で使用人にも優しく、ご長男のレイナード様は聡明で子供っぽさのない方。ご長女のジャンヌお嬢様も凛々しくも優しい方で、レティーシアお嬢様はとにかく可愛い。何をしても可愛い。


 ご家族仲もとても良く、そんなご家族を見守る使用人一同もいい方ばかりで。


 つまりは、むちゃくちゃ理想の職場だった。

 あの日の自分の決断を心の底から称賛したい。よくやった、自分!



 お嬢様の専属メイドとしてお仕えして三年、今ではもはやメロメロだ。

 だって可愛い。凄く可愛い。


 とにかく可愛いのだ。


 天使でフェアリーな美少女フェイスはもちろん、小動物みたいな挙動も、一生懸命でとても優しい性格も何もかもが可愛いくて仕方がない。


 ご家族の皆様方がレティーシアお嬢様をお姫様のように扱われる姿を見て、過保護だなと当初は思ってはいた。いたのだが……今は全力で納得した。

 これは過保護になる。全力で甘やかしてお守りして差し上げたくなるのも無理はない。

 過保護?いえいえ、当然です。


 専属メイドとしてお雇い下さった旦那様には心からの感謝と尊敬を抱いております。どうぞ今後も末永くローズヴェルト家のメイドとして宜しくお願い致します。

 むしろお嬢様から離れるつもりはありません。ええ、嫁ぎ先までご一緒致しますとも。何ていったって専属ですから。


 脳内でつらつらと過去を反芻(はんすう)しながらも、カーテンを開き、お嬢様のアーリーモーニングティーを用意し、寝起きのベットを整えと手は淀みなく動きます。もはや身に沁みついた動作。メイドとしての本業に支障が出ることなどあってはならない。


 お嬢様の専属メイドの座は誰にも渡しません。ええ、誰にも。



「美味しい」


 ふにゃりとした笑顔で零される言葉ににっこりと笑みが漏れる。


 人前ではなさらないけど実は猫舌で、お一人の時はふぅふぅと息を吹きかけてからお飲みになるところも超絶ポイント高いです。可愛い。


 本日の紅茶は特徴的な香りと渋みのあるウバ茶。それにミルクとお砂糖をたっぷり入れたミルクティー。

 ミルクと相性のよいウバですが、折角の最高級茶葉。バラやスズランに例えられる香気と澄んだ濃い深紅色。そしてティーカップのの水面の縁に黄金の輪が映るゴールデンリングをお楽しみいただくべく二杯目はストレートでお召し上がりいただきましょう。


 ああ、これぞ素晴らしき一日の始まり。


 何せ昨日は非番でしたから。


 お休みとかいらないのに。

 何故、私がお嬢様のお傍を離れなくてはならないのです?

 

 旦那様方にも必死に交渉したところ、お休みを減らして頂くことには成功したのですが、それでも定期的にお休みをとらされます。


 同僚のメイドには呆れた目で見られました。


 曰く、「普通は休みを増やして欲しい、でしょう。何なの、お給料減らしてもいいから休みなしにして下さい、ってどんな要求よ?」


 私だって昔は休みは多く少しでも高い賃金を望んでましたよ!でも今は逆。給料少なくてもいいからお嬢様の傍に居たい。


 因みに旦那様はお休みを減らした分、お給料を上げてくださいました。とても良心的な御方です。もう一歩譲歩して無休にしてくだされば言うことなしなのですが…。



「今日はダンスのレッスンがございますね」


 本日の予定を確認しつつレティーシアお嬢様を着飾る。偶にジャンヌお嬢様のお世話も担当させて頂くが、美少女を着飾るのは非常に楽しい。


「あともう少しでようやく音楽に合わせて踊れるのよ」


 弾んだ声で告げるお嬢様は嬉しそうだ。



 なんせ、初回のレッスンは散々だった。

 あの後、マナーもダンスもひとまずは体力づくりから始まった。


 ダンスはバーを使って爪先の上げ下げや片足を真っすぐにのばし高く蹴り上げる動きのグランバットマン等をひたすらに行い、バレエでの腕の動き即ちポールドブラの習得が目下の目標となった。

 腕の動きといいつつも実際のポールドブラは腕、手首、指先、顔の向きに背中と上半身全体を使う動作で、その美しい所作はダンスにも活かすことが出来る。


 そしてマナーはひたすら起立。最初は壁を背に真っすぐに立ち続けることから始まり、次は壁から離れ自身の体幹のみで美しい姿勢をキープ。更には頭の上に本を乗せ、それが一冊二冊と増えては本を頭に載せたままの歩行へと。



 あれから早、三か月。


 それだけたってようやくダンスに入れるのかよ!とか言ってはいけない。

 言った奴はもれなく私がぶっ飛ばす。


 努力家なお嬢様は夜な夜な自室で筋トレに励み、筋肉痛にぷるぷると震えながらも頑張った。


 最初にレティーシアお嬢様が腹筋をしてるのを目にした時はあまりの違和感に現実を受け入れられませんでしたが。

 むしろ全然起き上がれないから何をしてらっしゃるのかわからなかった。



「今日も宜しくね、ミモザ」


「はい、勿論です」


 愛らしい笑顔で微笑みかけてくれる天使の姿に、やっぱり当分恋人はいらないと改めて思った。






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― 新着の感想 ―
[一言] レティーシアを泣かせでもしたらどうなるかわかったもんじゃないね
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