傷弓之子【1】
傷者の濫觴
きずものではなく
しょうしゃです。
沈み掛けの夕日に照らされ、乱反射した川の堤防さで二人の男児が───一人は俯きながら小石を蹴り、一人は頭の後ろで手を組んでいる。
ランドセルを背負っている。
「はぁ〜」
頭の後ろで手を組んだ方がため息をつく。
「けーわいの野郎、また意味わかんねえことで怒りやがって。」
「………」
けった石が道を外れる。
「まじうざいわ、死ねば良いのに」
下校中、嘆息しながら放課後に怒られたことを僕に愚痴る。
「そうやってすぐ、゛死ね゛とか゛殺す゛とか口走るのがお前の悪い癖だ」
「っるせぇ、誰も聞いてないからいいだろ?別に」
「僕が聞いてる」
ふん、と鼻を鳴らし川の方に視線をやるこいつ。
ちなみにけーわいというのはお察しのごとくKYで、僕たちの担任である。近藤義哉、空気読めない、キモイわいせつ野郎の意を込めてKYだ。
ちなみにわいせつ野郎はYじゃないだろうなんてことは当時小4の僕たちには関係ない。
「そんで今回は何してやらかしたんだよ」
こいつにつられ川の方を見たあと、こいつに視線を戻して聞く。
「ん、あ〜、それな。たっちゃんのズボン下ろしたらパンツごと下ろしちゃってさー」
「………」
僕の抗議の目に気づかず話を続ける。
「それでさ隣の視聴覚室にたっちゃんと二人で連行されてさ、そんでこっからが傑作なんだけどさ色々と先生と話した後に、先生がたっちゃんに『恥ずかしかったよね?』って聞いたあとたっちゃんが『はずがじがっだ〜〜』って涙と鼻水で顔ぐっちゃぐちゃで。笑いこらえるの必死だった」
それで挙句の果てに校長室に連れてかれ『ズボンを下ろさない誓い』を立てたらしい。
そこでようやく僕の抗議の目に気づいたこいつは――
「なっ!意味わかんないだろ?」
共感を求めてきた。
「違う違う、僕はお前に共感したんじゃなくて飽きれていただけだっての」
僕が吐き捨てるように言う。
「はぁ〜あ、ホントにいやになるわ。だいたいなんで殺したらダメなんだよ。そんな法律が無ければとっくに殺ってるのに」
っち、と舌打ちをする。
こいつは人格形成が遅いのかもしれない。小4にもなってこんなこと言ってやがる……いやでも小4だったらこんなもんか?
「そんなの死体片付けねぇアホがいるからだろ」
「あ〜なんだっけか、死体って腐るんだっけ?」
「あぁ。親にいわれたろ?使った物は元の位置に戻せって」
「うん、よく言われる」
「あともう一つが殺されたくないなら殺すなってことだ」
「なるほどな〜」
「ま、正確には殺しちゃいけないって法律はねぇんだけどな。罰があるだけで」
「へ〜」
こいつが得心の言ったように頷いた。
思いつきのテキトウだったが納得したらしい。でもまぁ、こいつのなぜ不殺の法律があるかという問に対してはそこそこ適当だったのかもしれない。
「じゃあな」
そのあと少し話した後道が違ったので、僕らはそれぞれの帰途についた。
起きて時計を確認したら17時半。
寝坊所の話じゃない。完全に寝過ごした。
それにしても過去の夢なんて初めて見た。小4だから5、6年か。夢自体久しぶりだってのに……何が起きる予兆かもしれない。
今日の仕事は近くて羽振りが良かったんだったか……。
僕は外出の用意をする。上下で動きやすい服を纏い、よく手になじんだガラスのナイフを入れた色褪せたショルダーバッグを肩に携え、玄関に足を向ける。
〇〇〇
栃木県那珂川町。この町は山川が多く、趣深い寺や神社が多くあり、歴史を感じる町並みである。
そんな昔ながらの風景を匂わせるこの町に、一軒、否、1棟場違いな建物が存在する。それはこの町に蜘蛛の巣のように広がる川のひとつ、そこにかけられた橋を渡った先にあった。
タワーマンションである。30階はゆうに超えるタワーマンションである。下4階はショッピングモールになっており残りの上30階は5階をエントランスとしてそれ以上をマンション───居住区域になっている。
そしてその居住区域の1階。この管理室と事務室しかないこの1階に人影が1つ。
────女である。女にしては……いや、世間一般的に見ても背が高く、今どき流行らないセミロングのチャイナドレスを纏っている。
女は真っ直ぐ事務室に向かう。
「おはよう、久しぶりね。冴君。元気だった?」
「ん……やぁ雷華、久しぶり。勿論元気さ。半年ぶりくらいかな?」
扉の向こうには男がいた。
干された布団のようにぐでっと───いや、リラックスしてるだけか?────した体勢でソファに座っていた。
「いいえ、10ヶ月ぶりよ。私がここを出た日覚えてないの?」
「あれ?そうだっけ?それでこの10ヶ月何してたんだい?」
「どうせ言ってもわかんないわよ、強いて言うなら主に北海道よ。」
「ん……?北海道と言えばあの火を噴くお姉さんかい?」
「まぁ彼女の所にも行ったわ。それであなたはこんな朝っぱらからなにしてるの?」
現在時刻6時02分
「こうやって普段皆が使ってる所をさ一人でいると、なんか開放感があっていいだろ?」
「で、その習慣はいつからあるわけ?」
「7月から」と、微笑んで答えた。
こいつは優男であるが故に私がほんとの女だったらグッときていたかもしれない。
「どこえいくんだい?」
私が踵を返した途端聞いてきた。
「まだ皆来ないんでしょ。だからちょっと一年ぶりの東京に行ってくるわ」
また数歩、歩き始めたとき今度は私の方から「あっ」と、声をかける。
「これ忠告なんだけど怪しいヤツの3ノットって知ってる?」
「?なにそれ」
唐突な私からの質問に冴が首を傾げる。
「ついて行かない、耳を貸さない、殺さない、よ」
「それ、僕になにか関係ある………?」
「さぁね?」
雷華が事務室から出たあと、おもむろに服を脱ぎソファでくつろぎ始めた。
一方雷華は冴が全裸で氷に磔にされる未来しかみえなかった。
人生初投稿!
ブックマーク追加等々してくだされば嬉しいです。