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悪魔の脚本【あくまのシナリオ】

【悪魔の脚本】『死神が死んだ日』

作者: 有月 仮字

 死神は死んではならない。殺されてはならない。ましてや自殺など、決してあってはならないことだ。

 純然たる死。その化身である彼らは、心を持たず機構(システム)のように冷淡と。唯仕事をこなし続ければ良い。いつか壊れてしまうまで、機械のように生きるのだ。

 偉くなれば管轄が変わる。担当するエリアが広がる。新人は小さな区画、街一つ……州一つ、その世界での最上位は所謂国家。

 国家を担う死神が、死ねば国が滅ぶのだ。故に、高位の死神は壊れてはならないし死んでもいけない。否。最高の機械であると認められた者しかその頂までは到達できない。


 こんな夜には一つ、話をしましょうか。一人の少女が国死神として“死ぬ”までの物語を。




 白い翼で泣き喚く、彼女は天使のようだった。


「頭では解ってるんですよぉ先輩!」

「あら、そう」


 冷たい言葉と視線で返す。出来損ないの彼女には、私はさぞかし冷たい人間だと。いいえ、“死神”だと思われているのだろう。


「自殺をした魂は、天国へ行けない。だから罪を清めるまで“労働”を科せられる。仕方ないですよねー覚えてませんけど! 私もそうやってドカーンかグサッてやっちゃった訳でしょ? 解ってるんです解ってるんです」

「それならいいのよ、シチャ。速やかに遂行なさい」

「でも! ……一応、“神様”…………な訳ですよね我々は!?」

「名目上はそうね」

「死は救いとか、そういう事も時と場合によってはあるかもですけど!! ……どうしても、“今”っ……この子達を殺さないといけないんですか?」


 紛争地帯から逃げてきた難民キャンプ。ここが今日の仕事場。喚く彼女と、標的は同じ肌の色。生前の記憶を持たない彼女であっても、抵抗を感じて当然だ。同胞を殺すことで、死神は心を殺す。冷たい機械になったところで上は安心して私達を道具に出来る。


「ねぇ貴方。病魔や飢え。そんな辛さを永遠に感じることが幸せかしら? 私達が仕事をしないというのはそういうことよ?」


 永遠なんて存在しない。彼女が殺さなければ、違う担当がやって来てシチャは用済みになるだけなのだ。


「何の罪もない……人達は殺すのに。どうしてこの状況を作った者が標的にならないんですか!? こんなのおかしいですよ!! 死は平等!! 平等なら――……その日がもっと早く来たっていいじゃないですか!」


 そうすれば、こんな仕事をしなくて良いのに。嗚咽まじりに彼女が漏らす。


「権力者は力があるわ。権力、資金力……最新の医療、最高のボディガード。本人が健康管理をしっかりしていたら、失脚でもしない限りなかなかカードは回ってこないわ。当然じゃない」


 顔色変えずに溜め息一つ。自然な動作で伸びる腕。銃口を向けられ目を見開く後輩。


「私が貴方の尻拭いをしてあげられるのはここまでよ。此処のエリアはクビ。次の通達があるまで大人しくしていなさい」


 彼女の身体を掠め、撃ち抜いたのは幼い子供。彼女は知らないことだが、あれは彼女の肉親だ。新人の仕事は、いつも決まって身内殺しから始まる。それが教えられるのは、幾つか階級が上がった後。心を完全に壊すため、取り返しが付かなくなるように。最初の一歩から地獄の底に落とされる。

 訳もなく涙が止まらないなんて、まだまだ彼女は温かい。死体に駆け寄り誤るシチャ。彼女を置いて帰路に着く、私を迎える姿が一つ。


「流石だな、死神ヒール」

「やめてよウーク。私は悪役じゃないのよ? 職務に忠実なだけ」

「それじゃあヒーラーだって? 死天使様は言うことが違うね」

「何言ってるの。所詮番号でしょ、私達の名前なんて」


 死神の翼も最初は白い。仕事を重ねていく内に、少しずつ黒ずみ真っ黒になる。彼の翼はまだ灰色。私のそれは、もう黒い。汚れ仕事など日常茶飯事。それこそ息をするように、私は人間や同胞の命を奪って来た。もしシチャが暴れるようなら、本当に私は撃っていた。それが仕事だ。“殺されるような奴など、死神ではない”のだから。


「出立までまだ時間はあるよな? 少し一緒に飛ばないか?」

「……動機のよしみで付き合うわ」


 私の言葉ににかっと笑う、彼はまだ生きていた。彼の真っ黒な髪とは違う、灰色の羽が私を先導。彼も最初はあんなに白い色だったのに。

 ウークが降り立ったのは何もない、静かな野原。忘れるものか。忘れるものか。記憶を消されても、絶対に。顔には出さずに私は怒る。

 けれど、彼には見えていない。機械になった私のことを……悲しそうに彼は見つめる。


「もう何年だ? 俺達が死神になってから」

「意味の無いことよ。忘れたんじゃないけれど、覚えていないわ」

「“仕事に関係ないことを覚えていても無駄”だって? たったの百年さ。俺は覚えているよ」

「私の口癖なんか覚えても無駄。その分の記憶を仕事に回したら? そんなんだからまだ灰色なのよ」

「良いんだよ俺は灰色で。この色が……好きなんだ」


 風切り羽を指で撫で、ウークは過去を懐かしむように笑う。


「俺達の最初の仕事だ。ここであのこの時みたいに。お前は俺の分まで撃ったんだ」

「その分、私の羽が汚れたと貴方は言いたいの?」

「お前に守られたから、俺はまだ灰色で居られる。いつかあの子にも解る日が来るさ」

「ありがとう。でも残念だけどなんとも思っていないわ。落ち込んでもいないし」

「そっか。でもたったの百年――……異例の大出世だよ。俺はまだ州に上がったばかりだってのに。お前はもう国死神だ」


 同期の同僚は、遠くに行く私を誇らしく思っている? 違うな。彼は悲しんでいる。私がこれからすることを。


「なぁヒール。俺達は、殺す度……取り戻す。少しずつ無駄が、ノイズが入り込む」


 彼は思い出していた。生前の私と彼の名前も、私達がどんな風に死んだのか。だから私を止めに来た。


「上はお前を完璧な機械にしたと思っている。いいや、君を完成させたい。そのために君を国死神にした。君が完成すれば、永遠だ。決して壊れない死の永久機関の誕生だ!」

「不思議なものよね。神は人を試し、試練を与える。我々死神は神でありながら――……常に試され天を仰ぐ者」

「国死神になれば、生まれ変われない。完成したら、あの約束だって――……!!」

「大丈夫よ。私はこれから“幸せになる”のよ?」


 向けた銃口。今度は撃った。信じられないものを見るよう、死んでいくウーク。


「貴方もクビよ。あの時みたいに、一緒に死ぬつもりだったの? 馬鹿ね。私が何のために国死神になると思っていたの?」


 死神は死んではならない。そのために枷が付く。任されるエリアの大きさによって、枷も巨大なものになる。

 私を誰よりよく知る貴方に、気付かれてはならなかった。この野望のために、貴方を不幸にしても構わなかった。

 自らを殺した敵国の、国死神となっても正常に機能するか。上が試したかったこと。私は嬉々としてその座について――……笑顔で壊れることにした。

 殺し続けた心を解放し、最高の気分で死ぬために。私は撃ち続けてきた。助けたい人達を、この手で殺し続けてきたのだ。


 黒い羽で羽ばたいて、上空から見下ろす憎むべき国。罪もない人々が大勢いると知っている。あの日の私の分身である、子供達が生きていると知っている。

 無力な私が罪を犯してやっとここまでやって来た。私が私の額を撃ち抜くだけで、栄えた国が滅ぶのだ。百年前と同じ事をするだけで。

 どうしてだろう。笑って死ぬはずだったのに。私はきっと、あの日と同じ顔をしていた。





 黒羽の国死神が死んだ。滅びが決まった国では、これから沢山死神の仕事が増える。最後に彼女は盛大な仕事をした。

 もしかしたらと思うのだ。上が作りたかったのは、国を滅ぼすためのシステム。効率よく魂を回収するための装置。


 死神はまず第一に、死んではならない。白い翼の死神は、次の仕事に出かける前に己の額を撃ち抜いた。担当を外れた今ならば、自分一人で死ねるだろうと。

いつか本なんか出たりして。いつか遠い世界の国の人にも、その国の方々の言語で読んで貰える日が来るんじゃないかって。

世界の何処かに居るかもしれない未来の読者として。その方々が、安全に物語を楽しめる世界であって欲しいと思うのです。でもそうではなかったのです。それが悲しい。


物書きの端くれとして。こんな日には、何か書かずにはいられなかったのです。

書くことしか出来ないけれど。書かずにはいられなかったのです。


落ち着いたらいつか、長編として手直しして書きたい題材です。

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― 新着の感想 ―
[一言] こんなに短いのに、心に刺さって抜けない。恐るべき表現力。もっと評価されるべきだ。
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