必殺!猫跨ぎ
「孫の手ですよ、そこはもう孫の手でいくべきです」
若い社員の訴えを聞く者は皆無だった。それは無理もなかった。此処は大手下着メーカー[ベルジータ]の商品開発部だからだ。新商品の企画会議で司会進行役の沢渡係長は怪訝そうに彼を見た。色、形、フィット感や暖かくなるもの、スリムに見えるもの、実際にダイエット効果があるものなど商品開発会議では毎回お決まりの議題があがり語り尽くされている為に、目新しい商品のアイデアはなかなか提案されることはなかった。
にしても、孫の手とはどういう事だ?沢渡係長の頭の中に孫の手をモチーフにした訳の分からない形のブラジャーが現れたが、グニョグニョとなって壊れた。沢渡係長は孫の手を提案した若い社員の亀春民司に根拠を求めた。振られた民司も少し困った。
亀春民司は物心ついた頃から何となく次に来るものがわかっていた。例えば近所の子供たちと遊んでいる時、遊びのブームというかみんなの気持ちが一つになるというか、かくれんぼが超絶面白いと認識されると来る日も来る日もかくれんぼをやりさくる事になる。不意に、
「やべ、ちょっと飽きたかも?」
という思いが誰かの心に目覚める。そうするとその思いが次々と伝わっていき、あんなに超絶面白いと思ってやってたかくれんぼが、
「あり?俺何やってんだろ?」
となっていき、一応かくれんぼの体で遊んでいてもつまらないという空気に支配される。そうなると各人が次の遊びを暗中模索し始めるのだけども民司は独自のアンテナが作動し「次は缶蹴りやな」と感じ取り、使うであろう空き缶を拾いに行く。空き缶を手にみんなのもとへ帰ってくる頃には、みんなが缶蹴り頭になっていて缶蹴り風が吹き始めて、そこからは暫く缶蹴りブームが巻き起こるのだ。
そうやって培ってきた感覚は当然のことながら成長するにつけ研ぎ澄まされていき、常に次に何が来るのかを無意識のうちに考えるようになっていった。流行る楽曲、ドラマ、アイドル、スイーツ、言葉なんかが自分の好みとは関係なく民司の頭を常に駆け巡った。
そのことを沢渡係長へ説明する事は困難だと判断した民司は、
「今朝の情報番組の占いコーナーで、おうし座のラッキーアイテムが孫の手だったものでつい…」
と出まかせを口にした。それを聞いた沢渡係長はため息をつき、本日の企画会議を終わらせた。席を立ち会議室を後にする社員達が民司を見ながらクスクス笑っていた。
デパートやホームセンター、街の雑貨店などの売り場の一部が急激な変化を見せていた。専用のコーナーが設置され始めてきた。そう、それは孫の手の売り場面積が徐々に拡大しているのだった。
きっかけはちょっとした事だった。勢いのあるアイドルグループの中の特に人気のある一人がバラエティー番組の中で語ったマイブーム話だった。
「え?孫の手ですか?」
司会のタレントが拍子抜けな感じで聞き返すと、おもいきり作り笑顔のミヨピョンは元気に答えた。
「すごいんですよぉ~なんかぁ~なんでも出来るってゆうかぁ」
「はぁ」
司会のタレントが気のない返事をすると、
「あ、絶対興味ないでしょう?」
ミヨピョンが頬を膨らます。
「いやいや聞きたい聞きたい、続けて続けて」
司会のタレントが取り繕う。
「背中の真ん中くらいとかコリコリとか出来るしぃ、ちょっと手が届かないとこも孫の手でヒョイって取れたりするんですよぉ」
そう言いながら身振り手振り可愛い仕草がテレビの画面越しに伝わった。いち早く反応したのは当然ミヨピョンのファン達だった。売り場に似つかわしくない若者たちがデパートやホームセンター、街の雑貨店へ押し寄せて数少ない孫の手を購入していった。売り場担当の者や店主達は何故孫の手が売れるのか不思議でならなかった。
端正な顔立ちの俳優は料理が得意で、番組の中に料理コーナーを持っていた。そのコーナーを担当してからは主婦からの人気も大幅に獲得していた。その日は肉料理を披露していて、料理の仕上げに高身長を活かした高い位置から何とかという外国産の岩塩を振りかける際に手にしていたのは孫の手だった。
「ちゃんと消毒してありますからね」
そう前振りをしてから先ず孫の手に岩塩を乗せ、それからその孫の手を自分の頭の位置くらいに掲げ手際よく皿の上の肉へ振りかけた。
「孫の手、便利ですよ。僕はこれ調理用に買いました」
言わずもがなデパートやホームセンター、雑貨店などへ主婦が殺到したが先のミヨピョン効果で孫の手は品切れになっていて入荷待ちの状態だった。
孫の手がブームになりつつある事を各マスメディアが放っておく訳はなく、昼間のワイドショーや情報誌なんかで紹介され始めた。そうなるともう雪だるま式に孫の手の話題が色々なところで取り上げられだした。
来日したロックバンドのメンバーに日本側の担当スタッフが面白半分で孫の手の事を説明した。その事に興味を示したギタリストはステージで孫の手を掲げ、孫の手でギターをかき鳴らした。ヴォーカリストはMCの度に「コンバンワ、マゴノテ」だの「マゴノテ、アイシテル」だのを連発してライブの後半になる頃にはオーディエンスも少々げんなりとしていた。それでもライブは大盛況のうちに幕を閉じた。ライブはインターネットで生配信もされていたので孫の手の事は、それを見た世界中のファンにも伝わっていた。帰国後もバンドは自国で数日は孫の手に興じていたが、まぁその程度で落ち着いた様子だった。
民司は、わかっていた。わかっていたから提案したのだ。沢渡係長に呼び出しを受けた民司は応接室の立派なソファに居心地悪そうに腰を下ろしていた。
「亀春君、あの企画会議の時に孫の手って言ったよね?企画会議はあの後も二回ほどやったけど、特に君からの意見は出なかった。当然我が社は下着メーカーだから唐突に孫の手と言われても面食らうのは理解できるよね?」
民司は沢渡係長が何を言わんとしているのかいまいち飲み込めないでいた。
「今頃になって急に孫の手孫の手と世間は騒いでいるのだけど、君が一枚嚙んでいるわけじゃないよね?」
だから言っただろ?孫の手がくるって。民司はそう言いたいのを我慢して、
「一枚嚙んでるとかそんな事じゃないんですよ。どう説明すれば係長にわかって貰えるのか分かりませんけど」
そう言うと視線を自分の膝へ落とした。
「応接室に来て貰ったのは、孫の手の商品開発について専務が君から意見を聞きたいという事で」
専務と聞いて嫌な予感がした。門口専務は人の話を聞くようなことは無い。自分が決めたらどんどん進んで行き、躓くと周りに責任を押し付ける。その門口専務が意見を聞きたいという事は、もう専務の中では走り出しているという事で間違いない。孫の手の生産に乗り出すつもりだろう。完全に遅いと民司は思った。すると応接室の扉をノックする音がして、返事をする間も無く直ぐに扉が開いた。
「どうも、お疲れ様です専務」
沢渡係長の挨拶も聞こえていない感じで応接室へ入った門口専務はつかつかとソファの傍まで歩いてきた。民司は慌ててソファから腰を上げたけど思いのほか深く座っていたみたいで立ち上がって直ぐにまたソファへと沈み込んだ。
「そのままでそのままで、君が亀春君だね」
「はい」
「孫の手の事なんだけどね、すごいね今」
門口専務の目は輝いていた。完全に金儲けのそれだった。
「二ヶ月くらい前だっけ?」
門口専務は沢渡係長の方に顔を向けた。沢渡係長は力強く頷いた。
「その企画会議で君が孫の手を提案したと、さてそれはどういう事だったのかな?」
民司は答えに詰まった。応接室が数秒間だけ沈黙に包まれた。
「いや、大丈夫、オッケーオッケーわかった。ところで我が社も遅ればせながら孫の手を作っていこうと思います。そこで君に聞きたいのは、具体的にどんな感じのアレを作れば良いだろうね?」
ほらほらほらほらもう作る気満々じゃんと民司は困った。困ったけど、専務のことだからもう材料の発注とか済ませているんだろうなと思いながらも一応自分の意見を言うことにした。
「専務、はっきり言います。孫の手ブームは今が頂点で、あとひと月もしないうちに消えてしまうでしょう。今から生産したところで完全にアウトです」
それを聞いた門口専務は、さっきまで輝いていた目が死んでいた。ため息をついた様に思えたけど何故かまた笑顔になって、
「またまたまたまたぁ、なに?ドッキリかなんか?で、からのぉ~?」
それを聞いて民司は、やっぱりこの人は馬鹿なんだと改めて確認した。
「今日なんかゴールデンで孫の手の特番やるみたいだし、遅れずにうちもさっさと作って売り出すぞ。ワッハッハー」
門口専務はやっぱり人の話なんか聞かないで応接室から出て行った。変な空気になったけど、沢渡係長が低めのトーンで、「持ち場へ帰りなさい」と促した。
相変わらず世間では孫の手がもてはやされていたけど、何というかトレンド感というか、イケてる感というか、そんな感じが薄れてきていた。珍しい訳でも無く、目新しい訳でも無く、猫も杓子もという感じの飽和状態になっていた。そうなると逆に格好悪い感が少しずつ出てきて、きっかけとなったアイドルや人気俳優、芸能人から外国のアーティストまでも孫の手の事などハナッから無かった事のように封印した。
そんな頃に[ベルジータ]の商品開発部へ連絡が入った。それは発注した工場からで、遂にベルジータオリジナルの孫の手が完成し発送を完了したという趣旨の報告だった。翌日届いたベルジータオリジナル孫の手は下着メーカーらしく緩やかな曲線美があり、淡い色違いが三色で三万本。沢渡係長は頭を抱えた。
「どうすんだコレ?」
最早、百円ショップでも売られていて、デパートやホームセンター、街の雑貨店などから専用のコーナーは撤去されている昨今に[ベルジータ]は高級志向の孫の手の在庫を三万本抱え込む事になった。門口専務は孫の手の事を自分に吹き込んだ沢渡係長に責任を擦り付けた。
いくら魚が好きな猫でも振り向きもしない魚がある。そういう魚の事を猫跨ぎと言う。今や孫の手はそういう事態になりつつあり、たとえそこいらに孫の手が落ちていたとしても誰の目にも留まらない。
孫の手には何の罪もない。
終




