拠点
お、パッシブスキルを昨夜オンにしたのでケダサカの頭上に名前がポップアップしてる。
「?なにか私の頭に付いてますか?」
説明も面倒なのでなんでもないと適当にごまかす。
さて顔周りはさっぱりしたものの、昨夜は風呂に入れなかったので体はなんだかもやっとする。 お風呂大好き日本人としては、なんとかしたいところ。おいおい考えていくかな。
大人の朝食は定番の硬い黒パンと、野菜のスープだ。小さく切ったニンジンのようなものと、なにかの葉っぱが入っている。うん、なんか、紫蘇のような、独特の香りがする。うまい…のか?これはこれでアリ…なのか?
微妙な顔で味判定に手間取っている俺に、ケダサカが話しかけてきた。
「ヒロさん、この後どうされるのですか」
昨日から俺のこと丁寧に扱ってくれるね。だいぶ年上だと思われてるのかな。ケダサカさん、いまいくつ?え、30。さんじゅう!?俺より17も下なの?
えええ…老け顔だからせいぜい4、5歳下だと思ってた。まあ、子供も一歳だからね、そんなもんだよね。
話を聞くと、この夫婦にはなかなか子宝に恵まれなかったらしい。不妊治療も無いこの世界、やっと授かったパンちゃんは可愛くてしょうがないだろう。あ、こっち見てニヘラって笑った。キャワユイ。おっさんメロメロだよ。
話が逸れた。盛大に。
今後の方針を決めねばなるまい。
この世界に来る前は、こちらでも元の世界と同じように軽運送で食っていくつもりだったが、この文明度合いを見ると今の段階では難しそうだ。
もっとこの村が発展し、近隣の村や町も経済が活発になって初めて、物流の需要が出てくるだろう。
今は自分達の村が食っていくだけで精一杯、って感じだもの。まぁ詳しくはいろんな人に聞いてみないと本当のところはわからないけどな。
考えてみれば、RPGでも新しい町に着いたら情報収集が基本。よし、まずは住むところ確保して、情報を集めよう。
「なぁ、この村の事、いろいろ聞きたいんだが、教えてくれないか」
「でしたら、村長に会われてはどうでしょう。村全体を管理されてますから私よりも詳しく教えてくれるでしょうから」
村長の家は井戸の近くにあった。気持ち、他の家より大きいかな、というくらいの建物だ。
「おはようございます、ケダサカさん。おや、こちらの方は?」
出てきた男の頭上にプソンという名前がポップアップ表示されている。割と若い。まだ60前って感じの精悍なナイスミドルだ。あれか、顔つきを見る限り、実は相当なキレ者ってケースか。見たところ誠実そうな感じの人だし、信用できそうだ。俺が転生者だとストレートに話しても大丈夫だろう。
「おはようございます。初めまして。私はヒロと申します。このナリでお気付きかもしれませんが、私は違う世界からの転生者です。昨日、この世界へやってきました」
村長の片眉が僅かにピクリと動いた。過去に悪さをした転生者の記憶があるのだろうか。
ここはビシッと安心物件であることをアピールしておかなくては。
「私は元の世界で軽運送という仕事をしていました。こちらの世界で例えるなら、お客様の荷物をお預かりして荷馬車で運ぶようなものです。軽運送の仕事は信用第一。なにせお客様の大切な財産をお預かりするのです。汚したり壊したり、ましてやごまかしたりすることはあってはならないことだと思っています。それだけのプライドをもって仕事してきました」
村長プソンは静かに小さく肯く。目線で続きを促していたので俺は言葉を継いだ。
「過去に暴走した転生者がいたことは聞いています。ですが、私は軽ドライバーの誇りに誓って、この村や皆さんに不利益を与えるような真似は致しません。どうか、この村にしばらく滞在する許可を頂けませんか」
ケダサカが、えっ、という顔で俺を見ているのが視界の端に写る。滞在するなんて聞いてないよって顔だな。うん、言ってないからな。その微妙な顔ヤメロ。確かにいきなり迷い込んできたよそ者を泊めてもらった恩は充分に感じてるよ。でもなにもお前んちにずっと居候しようとは思ってないから。…いま、あからさまにホッとした顔になったな、この正直者め。
「ふふ、わかりました。ヒロさん、でしたか、信用たる人物のようですね。そこまで心意気を熱く語ってくれる人が悪人とは思えません。…そうですね、村の山手側の端に空き家があります。少し手入れすれば使えるでしょう。そこでよければ」
お、こんなんでいいのか。予想外にすんなりいったな。
「ありがとうございます。お言葉に甘えます」
よし、とりあえず寝起きする拠点が確保できた。ここで、日本人の心遣いを見せておくか。
「お近づきの印に、よかったらどうぞ」
俺は車にあったタオルセットを村長に渡した。化粧箱入りだったのでちょうど良かったぜ。
「!、おお、これは素晴らしい…恐ろしくフカフカだ。これほどの上質なものは王都でもありませんよ。よろしいのですか、こんな高価な物を」
「ああ、そんな高いものじゃありませんよ。普段使いにしちゃって下さい」
「普段使いに!?…、ぇぇぇ…」
村長宅を辞し、ケダサカに案内してもらって空き家へ向かう。
うーん、なかなか年季の入った建物だ。雨漏りとかしてるかもな。壁の隅っこの方、めくれているので修繕が必要だ。
入口はこっちか。ドアはカギが無いのね。かんぬきみたいな木材で止めるようになってた。
中は全体的に埃っぽいな。やはり人が住まないと建物は早く傷む。部屋は二つ。ふぅ、今日はこの家の大そうじで1日潰れそうだ。
リビングには古いながらも丸いテーブルと椅子が二つある。隣の部屋はがらんとして何もない。ベッドも無しか。よし、掃除にかかろう。 ありがとケダサカ。帰っていいよ。
クルマを家の横に移動させ、車内から雑巾とバケツ、家庭用洗剤を持ってきた。ホウキもあったので使おう。
部屋が広くないのと、家具が最小限なこともあり、掃除は昼までに終わった。終日を覚悟してたがこれは嬉しい誤算。ペットボトルのスポーツドリンクをぐびり。ぬるい。季節は夏の終わりごろといった頃だ。動くとまだ少し汗をかくな。
一息ついたところで、車内にあった品物を全部出して室内に並べてみた。
ペットボトルの水、お茶、炭酸ジュース、スポーツドリンク。スナック菓子が数種類、チョコレート、家庭用洗剤、タオル、シャンプー、トリートメント。調理米の真空パックのやつ、カップ麺2種、離乳食の缶詰、缶ビール、芋焼酎のパック。
なんか脈略のないラインナップだな。改めてドラッグストアの品ぞろえってスゲエ。
片付けが終わったところで今後の方針を検討。
まずこの家で生活基盤を固める。必要な道具を揃えないとな。
次に、この村に技術供与をして生活水準を上げる。豊かな生活の実現だ。
そして村の特産品なんかが安定生産できるようになったらそれを俺が近隣の街や王都へ運んで、運送業として生計を立てる。
うん、これで行こう。スキルの使い方や魔法の使い方も早めに確認しておかなければ。
安心したらお腹がすいた。スマホ見たらもう昼だ。俺の腹時計はなかなか優秀だな。この村に電気はないけど車に戻ればシガーライターソケットからケーブルで充電できるのでそう焦らなくていい。んー、通話はできないけどなぜかネットは使える不思議。お、昨日巨人勝ってる。
昼は簡単にカップ麺で済ませよう。豚骨ラーメンときつねうどんの二種類があったので、今日はきつねうどんをチョイス。
お湯を沸かそうとしてハタと気づいた。ヤカンがない。キッチンのカマドは使えそうだけど、薪も炭も無い。むむむ。軽ドライバーの中には車中泊に備えてポットやコンロを積んでる人もいるけど、俺はキャンプスタイルをあまりとらないので載せていなかった。
そうだ、スキルで現代物資を召喚できるんだった。メニューで再度確認。ええと、1日1回、バンの容積と同量の物を召喚できる。そして俺の魔力が成長するにつれてより高度なものを召喚できるようになる、と。
よし、じゃあ手始めにカセットコンロとガス缶。あとヤカンと割り箸も、スキル発動、召喚!召喚したいものをできるだけ鮮明に思い浮かべる。形、重さ…そういや、以前配達した時はこういった品物は段ボール箱に何個か入ってたな。ホームセンターに下ろしてから商品陳列棚に並べるの、並べないので店長さんと言い合いになったっけ。
車内に白い光が満ちたと思ったら、次の瞬間、荷室にカセットコンロとガスボンベ、ヤカン、割り箸がそれぞれ1ケースずつ、現れた。
なんだこの数は。え、召喚スキルって、もしかして配送単位でしか取り寄せできないの?1個しか必要ないのに?割り箸とか、段ボール箱で出てきても一生使いきれないんですがこれは。
ま、まぁいい。余りはいずれ人にあげるか売るか考えるか。
カセットコンロを取り出し、ガスをセットしてヤカンにペットボトルの水を入れ、点火。
お湯が沸く間に召喚スキルについて考えた。
この世界の歩みを一気に壊してしまうような物をホイホイ召喚するのはなんか違う気がする。そんな進歩は異常だよな。もしいつか俺が居なくなっても困らないように、自重すべきだ。
カップキツネうどんに沸いたお湯を注ぐ。
食べ物に関しては食べてしまえばおしまいなのでいいとして、道具類はこの世界でも再現できるものに留めるべきだろう。プラスチック製品などは見本としてひとつ召喚して、材質をこちらに存在する素材に置き換えられないか考えるのが良さそうだ。
5分たった。よし、食べよう。
ああ、やっぱり現代メシはうまいな。ケダサカ家の料理が薄味だったので、カップ麺の味が濃く感じる。インスタントとはいえ出汁も効いてるし。うん、この世界の食事改善は必須だな。