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おっさんが行く 異世界で軽運送   作者: 仕事の傍ら執筆中
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大晦日とは

 うちの実家では大晦日にフルーツポンチを食べる習慣がある。

 何故に。


「ねぇお母さん、おなかすいた」

 大晦日の20時過ぎ。テレビはなじみのない演歌歌手が続き、子供には退屈な時間が流れる。幼かった俺は母親にせがんだ。

「えぇ?お母さんいまおせちの準備してんのよ。何も無いわよ。明日はごちそうだから楽しみにしてなさい」

 既に晩御飯で年越しそばは食べてしまった。翌日のごちそうに備え、その日の夕食は簡素なものだったのだ。丸天(丸い天ぷら。さつま揚げとも言う)が入っていたのが唯一のボリューム要素だったのだが、育ち盛りの少年にとって、風呂も済ませ、ダラダラしているだけのこの時間がどうにも口寂しい。

「ええ、そんな言われても、すぐ食べられるものって…缶詰くらいよ。食べる?フルーツ。ボウルに入れたらフルーツポンチになるわよ。あらオシャレ、なんてね」


 そんな母の思い付きの一言を真に受けた小学生の俺。

「自分で作るからいいよ」

 お尻が少しサビた缶切りを取り出し(当時はパッカンなんて無かったのだ)ギコギコ開ける。「ギザギザでケガしないようにね」心配性な母親だ。だいじょぶだいじょぶ、これくらい。

 9割ギコギコしたところで蓋を開け、中身を大ぶりなガラスの鉢へ移す。ミカン、モモ、それからパイナップルはそのままだと大きくて食べにくいので、おせちの準備に忙しい母親からまな板の端を譲ってもらい包丁で切る。

「汁も全部入れていい?」

「いや、いくらなんでも甘すぎるでしょ。病気になるわよ。オシッコ出なくなるわよ」

 母親からたしなめられ、しぶしぶシロップを残す。

 頭を傾け、真横から色とりどりのフルーツが踊るボウルを眺める。これにサクランボなぞあれば最高なのだが当時は高価で我が家に缶詰のサクランボが登場することはなかった。あれは外食の時に出会う食べ物だ。お子様ランチのプリンに燦然と輝く王冠だったのだ。

「寒天なら少し入れていいけど」

 おせちのお重に入りきらなかった寒天が途中参加する。ええ…寒天か。色はキレイだけど、味は正直微妙なんだよね。甘いゼリーなら歓迎するんだけど。

 返事を待たずに母親が賽の目に切った緑色の寒天を投入。

「ほら、キレイな色取りになった」

 満足そうである。

 ま、入ってしまったものは仕方あるまい。

 取っ手の端が欠けたおたまで、ガラスの小鉢へ取る。切子ふうのデザインが施されたボウルと揃いのデザインの小鉢だ。デザート専用のスプーンなぞ我が家にはなかったので、間に合わせのティースプーンで口へ運ぶ。

 おぅ、予想外にイケる。いいね、モモ。とパイン。ま、缶詰ぶちまけただけだからマズくなりようもないんだけど。

 中途採用の寒天氏も、実食の段階になると予想外に良い仕事をしていることに気づく。甘ったるいフルーツとシロップの中に、芯まで染まりきらない透き通った緑の立方体。独特の風味はその角を潜め、それでいて周囲の甘さとは一線を画す素っ気ない程の味わい。うん、こういう人物は組織に一人は必要だ。甘さ一辺倒の雰囲気に流されがちな集団に打たれた楔。

 そこへ、ややわざとらしい酸味を伴ったミカンが主張してくる。あれ、お前さん、さっきまでモモあっちがわのキャラではなかったのか。なに最初からわかってましたよ感出してるんだ。シロップと一緒に咀嚼し酸味を和らげる。

 一杯食べ終わると、ややもったいないことをしたことに気づく。うん、これは本来冷やして食すべきものだ。今日のコレはぬるい。台所の端で常温で置かれていたものだからな。いくら真冬の古い家とはいえ、室内はそれなりに暖房が入っているのだ。缶詰も冷え冷えとは言い難い。これではフルポンの魅力も半減するというものだ。うん、ここは一時休戦。冷蔵庫で冷やして明日また楽しもうではないか。

「え、もう入んないわよ、そんなでかいボウル」

 母の容赦ない一撃であわれガラスの楽園は冷えた縁側の住人となるのであった。ラップして今は使われない赤ちゃんイスに鎮座する様は寂しげですらある。


 と、いうことで40数年前に作ったのがいつの間にか定番になっちゃったんだったか。フルーツポンチを大晦日に食べることに意味はまったく無いんだけど、実家出てからも不思議と未だに続けている。

 だが正確にはあの日のデザートはフルーツポンチではない。甘いアルコール、すなわちパンチが入っていないのだ。もちろん子供がアルコールを摂取するわけにもいかないのでパンチ酒よろしく無糖ソーダ水などを入れるのが正統派フルポンだと俺は主張する。異論は認める。

 寒い冬、暖かい部屋で食べるフルーツポンチはおつなものだ。あえて小さめの器におたまでよそってダラダラ食べる。おせちの準備で慌ただしい大晦日、退屈を拗らせた子供を黙らせる格好のおやつではあったのかもしれん。


 さてあの日の甘い思い出を抱きつつ、作るか。今年は一人分だし、準備は超かんたん。

 大ぶりなガラスのボウルに、お好みのフルーツ缶詰めを複数投入、炭酸水を注ぎ優しくステア。以上。

 フレッシュなリンゴをカットして加えたりするといいアクセントになる。バナナも良き。みかんの缶詰っておいしいよね。甘さを前面に押し出しているモモやバナナに対し、酸味という強みを兼ね備えたリンゴやみかんが主張する競技場(スタジアム)。その両陣営を取り持つのが炭酸水だ。彼は互いのシロップを薄めまろやかにし飲みやすくする役割も担う。寒天はなにしてるかよくわからない。ボーっと沈んでいるだけだ。味方なのか敵なのか、はたまたモブなのか。あの日のキラリと光った演技は幻だったのか。


 作り方のコツもへったくれもない、ただ混ぜるだけの一品だが、事前に具材をよく冷やしておかないと味がボヤけるのでそこだけ注意だ。炭酸が抜けてもいいなら材料入れたボウルごと冷蔵庫で冷やしてもいい。

 リステームの自宅にはもちろんテレビが無いので、今年は紅白無しで一人静かにフルーツポンチを食す。ん、過不足なくうまい。当然だ。

 …ちょっと寂しいかも。暦が同じならば日本も大晦日だろうか。妻と娘はどう過ごしてるかな。娘は冬休みだろう。スマホばっか見ないでちゃんと勉強してるかな。妻は…テレビだな。知ってる歌手がちっとも出てこない、と文句言いつつビール飲んでんだろうな。

 冬休みと言えば。我が小学生時代の休み明け、学校で友達に「なぁ、今年の紅白見た?どっちが勝ち?」「あぁ、見た見た!今年も白組だったよ」「え、お前もう『今年の』紅白見たのかよ、まだ1月始まったばっかだぞ」「うわ、くそ、やられた!」というしょうもないやり取りをやってたな。うん、じつにしょうもない。

 それも大人になってしばらく忘れていたが、娘が小学生高学年になって推しアイドルなぞ持つようになったころ、ふと思い出してこれをやったら「うわぁ、だまされた!くやしい!でも面白い!」とウケてたのでよしとしよう。もっとも、娘は中学生になっても毎年ひっかかってたが。素直なヨイ子だ。


 真っ暗なマツサモ村。除夜の鐘はもちろん聞こえない。冷たい空気がしんと張り詰めたような静かな大晦日の夜。

 強めの酒でも飲むか。ウイスキーをグラスに注ぐ。こないだ召喚したブレンデッドの琥珀色。いつもより一回り大きめのグラスを傾ける。ストレートでちびり。じん、と舌から喉にかけて熱いようなとろみが流れる。鼻腔に抜ける薫り。切ない旨さだ。フィニッシュの余韻を味わいつつ窓の外を眺める。星も見えない真っ暗な夜空。盃を重ねると辛気臭くなりそうな予感だ。今夜はこの一杯でやめておこうか。


 翌朝。暗いうちから裏山に登る。息が白い。防寒着をばっちり着こんでいるので、歩くとすぐ体が温まる。心拍が上がり、呼吸のリズムが整うと楽になる。じんわり汗ばむくらいがちょうどいい。中腹まで登ると東の山の端が白じんできた。頂上まで登っても特に展望台や社があるわけでもないので、適当に開けた場所をゴールにして日の出を待つ。異世界初日の出だ。見慣れていたはずだが、やはりこっちの世界でもお日様は丸い。ぼんやり眺める。目の筋肉を緩めると焦点がぼやけたり合ったりして不思議な感覚になる。

 新しい年が始まっちゃったな。腹をくくったつもりだったけど、やっぱり日本に帰れないと思うと少々感じるところがある。どうしようもないと理屈ではわかっている。

 こっちの世界の人はみんないい人だし、身の回りで不便なところはあるんだけど、おおむね幸せに暮らせている。この地に根をおろし、足を踏ん張って生きよう、そう結論は出ているので、後は気持ちをすりあわせるだけだ。そう、落としどころだ。後ろを向いてても仕方がない。

 すっかり明るくなったころ、空腹を感じたので切り上げる。ははっ、センチになっても腹は減る、か。笑いがこみ上げてきた。なんだ、簡単なことじゃないか。

 ザクザクと、枯草を踏む音をわざと大きく響かせて山を下る。歩幅を大きく。腕を振って歩く。テンション上がってきた。冷えかけた体がまた温まってきた。

 さぁ、帰ってうまい朝食を作ろう。ベーコンエッグ焼いて、レーズンパンを軽くトーストしよう。コーンスープも付けようかな。お気に入りの木のスプーンでたっぷり掬って口へ運ぶのだ。

 眼下には見慣れた村が広がる。農業水路を整備したところだけ人工的なコンクリだ。際立ってそこだけ異質な雰囲気なのが面白い。井戸の周りに人が何人か集まっているのが見える。みんな早いな。

 さぁ、新しい年の始まりだ。

「お、ヒロさん、おはよう」

「どこ行ってたんだ」

「コホン、あけましておめでとうございます」

「え?え、なんだそれ」

「これな、俺の国の新年のあいさつなんだよ」

「新年?いつ?」

 そう、マツサモにはきちんとした暦が無いのだ。種植えの時期なんかはみんな把握してるけど、何月何日、みたいに日ごろから正確に意識して生活しているわけではない。

「えっとな、俺の国の暦だと、今日から新しい年が始まるんだ。そうして、年が明けたら改まって挨拶を交わすのが習わしなんだ」

「へぇ、そんなのがあるんか。不思議だな。じゃあ今日は新しい年のはじまりの日、ってことだな」

「そう、お正月っていうんだ」

「オショーがツー?」

 なんでそんなダジャレは通じるんだよ。この世界。

「まぁいい。お正月くらいは改まって、旧年の感謝をし、新しい年を健やかに過ごせるように祈るのさ」

「ふーん、おもしろいモンだな」

「ねぇ、ヒロにぃ!遊ぼ!なんかして遊ぼ!」

 ちびっこたちが寄ってきた。

「おお、いいぞ、朝ごはん食べたらうちにおいで」

「こらっ、家のお手伝いちゃんとやってからだぞ」

「わかったー!」

 異世界の子供たち、お正月もへったくれもないな。通常運転だ。


 冬は農閑期でもあるので夏場貴重な労働力でもある子供の仕事も少な目だ。そしてヒマな子供というものは時に大人にとってやっかいな存在でもある。家々の大人は快く子供を送り出してくれた。カートクがおもりで付いてきた。

 さて、大人数になったな。何かみんなで遊べるもの…そうだ、せっかくお正月だし、双六やる?

「なにスグロックって?」

 大きな紙を出して道とマスを書く。

「すごーい!でっかい紙!」

「でっかいかみ!」

 そっち?まぁいい。マスの中には「一回休み」や「三マス進む」などと書き込む。中には「お菓子を貰う」や「ネコの鳴き真似をする」ミッションも。昭和の古き良きお作法だ。我ながら現代日本の子供たちには全くウケる予感がしないが、そこはリステーム。

 まず、サイコロが珍しいらしく、振り方を教えると、子供たちは我先と、いつまでもいつまでも遊んでいる。あの…すごろくのルール説明に移りたいんですケド…。カートク、お前もいつまでサイコロで遊んでんだ。

 適当なところで引っぺがす。あまり人数が多いとゲーム進行が遅くなるので4〜5人に分かれて始める。

「まず最初に順番決めて」

「じゅんばん?」

「どうするの?」

 え、どうするって。適当にじゃんけんか、くじ引きかなんかで…

「じゃんけんってなぁに?」

 そこからか!

 ええと、じゃんけんのルールから説明する。

「いいか、じゃんけんはグーとパーとチョキがあってだな。グーは石だ。固い。そしてパーは紙だ。石を包んでしまうことができるからグーより強いんだ。

「えー、じゃぁ、おれパーだけ出す!」

「待て待て、続きがある。残ったチョキだが、こいつはハサミだ。紙をチョキチョキ切ってしまうんだ」

「かみ…もったいない?」

 いやそれはいいんだよ。

「え、じゃぁ、パーよりチョキが強いの?」

「ご名答。だがな、チョキにも切れない相手がいる。それがグーだ。石はハサミで切れないからな」

「えーと、じゃあどれが一番強いの?」

「一番強いってのは無いんだ。パーはグーに勝つ。グーはチョキに勝つ。でもチョキはパーに勝てるからな」

「あ、じゃあ、チョキとチョキだったら?」

「おんなじ手だとあいこだな。もう一回じゃんけんだ」

 じゃんけんの練習で大盛り上がり。なんだこれ。えと、双六はじめてもいいかな。


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