2.ドラゴンに連れられて世界樹にやってきた
ユグドラシル・ドラゴン・ジュニアは人間を食べないという。よく見るとドラゴン特有の縦長の瞳孔ではなく、くりっとした優しい目をしている。
危害を加えられるわけではなさそうだと判断して、ドラゴンを信用することにした。
『世界樹を探しにいくと良い』
別れ際、師匠に言われたことを思い出す。
世界樹が主だというドラゴンが現れたのだ。旅の初めに世界樹に行ってみるのもいいかもしれない。
「いいわ。世界樹のところに連れて行ってちょうだい。え~と、ジュニア?」
「俺の背に乗れ」
ジュニアは頷くと、私が乗りやすいように屈んでくれる。私はジュニアの背にひらりと飛び乗った。師匠のおかげで身体能力は高いのだ。
「しっかり捕まっていろ」
そう言われても捕まるところがない。ジュニアの体躯は鱗に覆われていてゴツゴツとしている。さて、どうしたものかと迷っていると、首のところに手綱のようなものがついているのが見えた。とりあえずそれに捕まる。
翼を広げると、ジュニアはゆっくり上昇していく。みるみるうちに王都が小さくなっていった。
「さようなら、私が生まれ育った国」
眼下に広がる王都に別れを告げた。
まだ、頂上に雪が残る北の山脈を越えるとジュニアが知らない言葉を呟く。
光ったかと思うと次の瞬間、目の前に大きな魔法陣が現れた。
「うわっ! これ何?」
「転移門の魔法陣だ」
魔法陣を見て私はほおと感心する。かなり複雑な魔法の術式が描かれていた。
「ジュニアはすごい魔法が使えるのね」
「俺の力ではない。主が与えてくれたものだ」
ジュニアは謙遜しているが、ドラゴンは最古の生物だ。すごい魔法が使えたとしても不思議ではない。
「転移門を潜るぞ。振り落とされないようにな」
魔法陣に向かってジュニアは飛んでいく。魔法陣に突入した瞬間、ふわりとした浮遊感に襲われて堪らず目を瞑る。
しばらく目を瞑ったままでいたが、空気の流れが変わったのを感じると、そっと目を開ける。
まず目に飛び込んできたのは巨大な木だった。雲を突き抜けているので、天辺が見えない。
「これが世界樹?」
「違う。これは世界樹の上に生えている木だ」
この木が世界樹ではないのか。立派な木だからこれが世界樹だと言われても信じるだろうな。
「主はこの木の頂上に住んでいる」
「ということは……雲の上! 無理無理」
高い山は上に行くほど空気が薄くなる。ましてや、雲の上は人間が長く生きられる環境ではないと師匠から教わった。
「俺の周りには結界が張ってあるから大丈夫だ」
「そうなの?」
ジュニアはすごい。転移門の魔法陣を出したり、結界まで張れるとは! ドラゴンは万能だ。
主とやらの用事が終わったら、ジュニアを貸してくれないかな?
木の頂上に辿り着くと、神殿のような佇まいの荘厳な建物が浮いていた。
どうなっているのだろう? とじっと建物を見ているとジュニアが咆哮する。咄嗟に耳を塞ぐ。
ジュニアの咆哮はかなり凄まじいのだろう。空気が振動しているのが分かる。
「何だ! うるさいぞ!」
怒鳴り声が建物の中からする。こちらもジュニアに負けない音量だ。耳を塞いでいるのに聞こえるんだから。
建物から男性が顔を出す。ひとことで言うと美形だ。師匠も白皙の美青年だが、この男性も負けていない。
緑の髪なんて初めて見た。何年も切っていないのか、長い髪だ。青空のような瞳はジュニアを睨みつけている。
見たことないけど、エルフみたいな美形だ。見たことないけど。大事なことなので二度言う。
「主、アルトハイデン王国の聖女を連れてきた。これで父ちゃんは助かるんだな?」
「本当に連れてきやがった。おまえよくあの国に入れたな?」
自分がジュニアに私を連れてこいと命じたのではないのか? 連れてきやがったって……。
「なぜか入れた。神殿に向かう途中で聖女を見つけた」
「ふうん。まあ、いいか。おい! 聖女、こちらへ来い」
偉そうな態度がアレクサンデル王子を見ているようで、張り倒したくなってきた。
「聖女じゃなくてユリアナよ! 貴方がジュニアの主? 人を呼んでおいてその態度はないんじゃない? 名前くらい名乗りなさいよ」
「聖女とはいえ、人間の分際で何だその態度は!? 俺は世界樹ユグドラシルだぞ!」
「ふうん。ユグドラシルね。長いからラシルでいいか」
「いいわけあるか! ユグドラシル様と呼べ!」
ユグドラシルと私の視線が交差し、バチバチと火花が散る。
「ちっ! 面倒くさい」
しばらく睨みあっていたが、先に目を逸らしたのは意外にもユグドラシルだった。彼は舌打ちをすると、指をくいと上げる。すると私の体がふわっと宙に浮く。
「え? わっ!」
私の体はユグドラシルの方へ吸い寄せられるように近づいていく。
気がつけば私はユグドラシルに担がれていた。樽のように……。
「ちょっと! 下ろしなさいよ。自分で歩くから!」
「黙ってろ。舌を噛むぞ」
ユグドラシルは神殿から飛び降りると、一気に降下していく。彼に担がれた私の視界には下界がうつる。地上が見えない。かなりの高度だ。
ひゅっと喉がなり、それは次第に悲鳴へと変わっていく。
「きゃあああああぁぁぁぁぁ……しぬぅぅぅぅぅ…………」
空には私の悲鳴がむなしく響くばかりだった。
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