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番外編「間者の歩む道」1

ウィーナが女神の力を失った後の、原作の直前の時期に相当するエピソード。

本編前の時系列を書いた番外編の中でもかなり後の時期になる話です。


 冥王の膝元、首都は広大な面積を持つ超過密都市だ。

 天界、魔界、下界。次元を超えた先に存在する別の世界といえども、ここまでの規模の都市はそうそうないだろう。

 先代の冥王が治めていた時分はまだ平和であったが、現冥王・アメリカーンが王位を継いでから、この王都も治安が悪くなり始めた。

 暗躍する暴力組織、そして悪霊。

 そうした世の流れは、チューリーのような、諜報活動を生業とするような闇の住人も必然的に生み出すのだ。


「お前は俺の下に来い」

 ヤクザ系ギルドの総本山、『冥龍会(めいりゅうかい)』の若頭・アルジャーノンが言った。

 艶を放つ純白のスーツを身にまとった彼は、その悪名高い地位に不釣り合いな優しい笑みを浮かべた。そして爽やかな香の香りを漂わせながらチューリーの背後に歩み寄り、彼女の紺色の髪を優しく撫でた。

「アルジャーノン様」

 目を細め、陶酔したような表情を作り、横顔を見せてやった。

 アルジャーノンの指が動き、髪がさらさらとこぼれる。不快な感触だが、別にどうってことはなかった。

「お前はいい女だ。ウチがここまで勢力を広げられたのもお前の情報があってこそだ」

「……ありがとうございます」

 本心からの礼だった。冥龍会に他の組織を潰してもらえればこちらで叩くのはここだけで済む。

「お前にそんな格好は似合わない。そのコートの内側に隠している凶器をみんな捨てろ。そして綺麗なドレスを着た姿を見せてくれ」

 アルジャーノンは相も変わらず優しい言葉を投げかけてくる。

「ワルキュリア・カンパニーが潰れたそのときは」

 チューリーがアルジャーノンの手を取って言う。ただし、そのときは永久にやってこないだろう。

 潰れるのはお前達だ。

 弱者を虐げて利益を上げるクズ共。

 全てはウィーナ様の手の中だ。お前達は裁きを受ける。

 チューリーは内心でそのようなことを思いつつ、アルジャーノンに受け答えしていた。

「そのときは、もうお前にスパイなんかさせない。俺の側にいろ」

「はい」

 にこやかにほほ笑んだ。誰がヤクザの女になどなるかと心の中で思いながら。


 冥龍会の事務所を去り、裏路地からマネジメントライデンの事務所へと向かう。

 紺色の髪に、漆黒のコート。チューリーは冥界の夜に完全に溶け込んでいた。

 どれほど歩いただろうか。

 人気のない、さびれた場所へとさしかかったとき、何者かの人影が道を塞いだのだ。

「ポワアアアアッ! ターゲットを発見したパップー! 死ねえええっ!」

 全身鎧姿で、剣を携えた人物。いや、人物のようで人物ではない。頭部の兜の中身は、目だけが不気味に光る空洞だった。

 激安在庫兵。

 小さな玉状の物質から生み出され、使用者の命令に従う携帯用魔法生物だ。

「アーッ!」

 闇の中に白刃が煌めく。激安在庫兵は問答無用で凶刃を振りかざした。

 チューリーはいとも簡単に剣を回避し、コートの袖口に仕込んであるナイフを抜き、一瞬の所作で相手の首を刎ね落とした。

 金属が地面にぶつかる音が鳴り響き、首が地面を転がる。少し遅れて、胴体が地面に倒れ、再び乾いた衝撃音が鳴り響いた。

 そして激安在庫兵の残骸はボロボロに崩れ落ち、砂のようになってしまった。

 チューリーの心中に若干の動揺が走った。

 けしかけてきた奴は誰なのか。

 誰に狙われている?

「ヒャーホホホ! 激安在庫兵をやるとはなかなか、なかなかやる、そしてホッホー! なかなかやりますねえ。しかしこの激安在庫兵に敵うわけない! ポワアアアアッ!」

 再び甲高い声が背後から聞こえてきた。

 別個体の激安在庫兵だ。

「朝ごはんです! 昼ごはんです! 夜ごはんですーっ! ふざけんなターゲット発見ポイワーッシュ!」

 激安在庫兵が剣を構えて突っ込んでくる。

 チューリーはその場を一歩も動かず、敵に向かって腕を突き出した。

 コートの袖口から、楔の尖ったチェーンが勢いよく射出され、敵の胸を貫通した。

「ヒャーホホ! キムチいいーっ! 桃屋のキムチはいいキムチ!」

 激安在庫兵は構わず突撃してきた。魔法生物はこれだから戦い辛い。チューリーは袖の上からスイッチを押し、たるんだチェーンを切り離した。

 そして、両手を構え直して意識を集中する。

 魔法は敵の剣が届く前に発動した。チューリーの両手が魔力によって青白く光り、冷気が放出される。氷属性中級攻撃魔法『クイックブリザード』。

「ガアッ! ポオウッ!」

 冷気に押されて敵が怯んだ隙に、再びナイフを抜いて敵に懐に飛び込み、一気に喉の部分を切断する。ズルリと落ちる首。

 先程のように激安在庫兵は砂のように滅び去った。

「なんとまあ、見事な手並みですねえ。メイドさん」

 背後から乾いた男の声が聞こえた。激安在庫兵のものではない。

 チューリーは表情険しく後ろを振り向いた。

 そこには、白銀の鎧に身を包み、腰には剣とサーベルの鞘を下げ、背中にはランスを携えている男がいた。

 片手には盾を持っており、周囲には自分を守らせるように四体の激安在庫兵を(はべ)らせている。

 色白でほっそりとした、知っている顔だ。ワルキュリア・カンパニー所属の中核従者・リーチだった。

「あなたは……」

 立ち塞がったリーチを前に、チューリーは言葉を失う。なぜ彼がここにいるのだ。

 リーチの周りにいる激安在庫兵達。その光景から見るに、先程の激安在庫兵を仕掛けてきたのは彼に間違いなさそうだ。

「こんな夜道で女性の一人歩き。それに、突然剣を構えて襲ってきた激安在庫兵を冷静に倒すだなんて。いやいや、大したもんだ。普段からこういうことに慣れているとしか思えない」

 リーチは人の悪そうな笑みを浮かべた。真っ黒な夜の闇に、白銀の鎧が月明かりに光る。

「何を言いたいの?」

 チューリーはリーチを強く睨み、問いただした。

「分かってるだろ?」

 周囲の物陰から、音もなく激安在庫兵達が現れ、チューリーの周りを取り囲む。

 どういうわけか、自分が内通者であることが発覚したのだ。リーチはチューリーを始末しにきた刺客なのであろう。

 しかし、チューリーは本質的にはウィーナの、ワルキュリア・カンパニーの味方だ。

 冥龍会にワルキュリア・カンパニーの情報を流していたとしても、それはあくまで冥龍会に取り入り、重要な情報を手に入れる為に必要な手順なのだ。

 彼女の人物評において、このリーチという男は、決して無能でも話の通じない類の人種でもなかった。ここは誤解を解かなければならない。

「リーチ、待って」

 チューリーは彼を睨み据えたまま訴えた。

「どうぞ。好きなだけ話すといい」

「どうしてあなたは私を襲うの?」

 チューリーの言葉を聞いて、リーチは馬鹿にしたように笑い声を上げた。

「俺に届いた情報が本当かどうか試させてもらったんだ。本当に君がスパイだったら、激安在庫兵ぐらい倒してみせるんじゃないかってね」

「情報?」

「ある協力者が教えてくれたよ。ウィーナ様の力が失われたことを冥龍会に流した『草』が、我々の中にいるってな」

「協力者? 誰なの!?」

 チューリーが食ってかかる。確かにその件はアルジャーノンに漏らしていた。だが、そんなことを誰が知り得たというのだ。可能性のある人間は限られてくる。

「分かった。紹介しよう。今回、俺に知らせをくれた協力者、派遣従者のラパード君だ」

 そう言ってリーチが激安在庫兵の一体に合図を送った。

「フヤーポッポッポ! ポンキッキ!」

 激安在庫兵が呼応し、チューリーの前に何かを放り投げた。その何かはゴロゴロと地面を転がり、チューリーの足元で止まる。

 それは、紫色の血を滴らせた、青い肌をした人の生首だった。鮮やかな血を見るに、まだ胴体から離れてそれほど時間は経っていないようだ。

 見知った顔だった。

 女神の力を失って弱りきったウィーナを殺す為にアルジャーノンがワルキュリア・カンパニーに潜入させた刺客。暗殺者『スティンガー』だった。

 スティンガーはラパードという偽名を名乗って派遣従者として組織に潜り込んでいたのだ。

「ずいぶん冷静なんだな。普通のメイドさんだったら突然こんなもの出されたら悲鳴上げて気絶しそうなもんだが」

 リーチが腕を組んで、わずかに首をかしげた。

 チューリーに戦慄が走る。スティンガーはチューリーのことをリーチに話したのだ。

 しかし、実のところチューリーもまた、スティンガーのことをウィーナに伝えていたのだ。

 その結果、リーチはスティンガーを殺した。

 チューリーは黙ったまま、視線をスティンガーの首からリーチへと移した。なぜだ。どうしてスティンガーは自分のことをわざわざリーチに伝えたのだろうか。疑問は尽きない。

「コイツは犬だったよ。給金払ってウィーナ様の暗殺なんてされちゃあかなわない。ろくに身元も調べず雇ってくれるウィーナ様の好意を利用する、嫌な犬だったよ。まったく。これなら激安在庫兵の方が何百倍も役に立つ」

「それと私がなんの関係があるっていうの?」

 苦し紛れにシラを切る。

「おいおい、この期に及んで。コイツは君の仲間だろ。随分薄情なこと言ってくれるなあ。ウィーナ様の女神としての力が失われてから、ウィーナ様の命を狙うハエ共が増えてきてるからさあ。誰かがそういう情報を流してないとこうはならないでしょう」

 リーチの表情が、軽妙洒脱なそれから、怒りを帯びた固いものに移り変わっていく。

「ウィーナ様に会わせて」

 表面上は冷静さを取り繕ったが、声には哀願の色が否応なしに含まれてしまった。

「いやいやいやいや、なーに言ってんだろうねー」

「お願い。ウィーナ様は全てをご承知の上で」

「そうはいかない。命令だから」

 チューリーの揺らぐ心境を見透かすように、リーチは夜の闇に声を這わせた。

「……誰の?」

 あくまで抵抗する意思は見せなかった。ここでリーチを手にかけてしまえば、二度とウィーナのもとへは戻れなくなる。それは嫌だった。

「ウィーナ様の命令じゃないってことだけは言っておこう」

「スワエル殿?」

 チューリーの問いに対して、リーチは答えなかった。ただ、微かに笑っているらしいことはこの暗い夜の中でも分かった。

 スワエルとは、チューリーを直接的に管理している管轄従者だ。彼女にとって直属の上役に当たる。

 なるほどこれはスワエルの仕組みそうなことだ。ウィーナの意思は介在していないだろう。あのスワエルの、感情の抜け落ちたような冷たい眼差しが思い出され、背筋に寒気が走った。

「殺すつもりで君を試せと言われている。俺も捨て駒にはなりたくないんだ。悪く思わないでくれ。やれ! 激安在庫兵!」

 リーチは声高らかに激安在庫兵に向かって命令を下した。

「待って。そんな命令のしかたじゃ……」

「ヒャッハー! 死ねええっ!」

 チューリーは咄嗟に警告したが、もう遅かった。リーチの周囲を固めていた激安在庫兵達はリーチの『やれ』という命令に従い、一番近くにいるリーチに剣を振りかざし、彼をめった切りにしたのだ。

 激安在庫兵に攻撃命令を下すとき、具体的に目標を伝えないとこうなるのだ。

「ぶっ殺すですー! ぶっ殺すですー!」

「ぎゃああああ! 激安在庫兵が、激安在庫兵がああああああ!」

 激安在庫兵の奇声とリーチの悲鳴が鳴り響き、狂気の重奏をなす。

 今宵、城下町の路地裏にまた鮮血が飛び散ったのであった。

 チューリーを囲んでいた激安在庫兵達もリーチの命に従い、一番近くにいる彼女に一斉に牙をむいた。

 この場所では不利になる。チューリーは高く跳躍し、激安在庫兵の包囲網を飛び越えた。


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