1-9 アルド村へ
脳震盪を起こした挙句、蛙のようにべっちゃりと地面に叩きつけられて目を回しているそいつを見下ろし、ナージャさんに言いました。
「こいつらは、あなた方に対して法外な金銭を要求していたのですね」
「は、はい。でも役人はそれを払わねばならないと判定を出していて、この有様なのですが。あ、あの、あなた様は一体」
「ややこしいから詳しい説明はしないけど、こいつを雇っているだろうエロマンガ家の天敵とでも言っておきましょうか。少なくとも、この他所の国の男爵家なんぞよりも家の格は上だわね」
まずその役人から締めようかしら。どうせ、賄賂で転んだのに違いありません。
こういう実利的なところって、我が国の人間はもう。えー、ゴホゴホ。人の事を言うのはよしておきましょうか。何かブーメランが飛んでくるような気がいたしますので。
「その役人はどこに?」
「隣の大きな村に、この辺りの村を管轄しているドラヤーキの街から出張してきている代官様です」
そのような胡乱な名前の街が王都の近隣にあったとは。一体、この世界の言葉はどうなっているものやら。
自分や仲間の名前とかを見る度に唸ってしまう事も度々です。まあ美味しそうな名前で何よりなのですが。
これが、あのにっくきアリエッタのように下ネタ系の名前でしたら、それはもう鬱になってしまいますので。
とりあえず、木っ端役人を締めに行くといたしますか。この私を見て、その役人がなんというのか今から楽しみで仕方がないのです。
「じゃあ、そいつのところに行くわよ! シナモン、ロバ車を出してちょうだい」
「へーい」
「へいへい」という下世話で超軽い返事と、この「へーい」という半分人を小馬鹿にしたような返事と、どちらがよくないのかは非常に迷うところなのですが、この子に何か言っても絶対に無駄なので。
偉い人の前とかでは、ちゃんと猫を被ってくれますので、よしとします。
とりあえず、うちのロバ車を出して向かう事にしました。まだ日は高いので、ほんの数キロほど先らしい村までなら行って帰ってこれるでしょう。
今夜はナージャさんの家に泊めていただく予定なので。ついでに大きな村で食料をせしめてきますか。
なんなら、そこにいるはずのへっぽこ役人を王家の名において締め上げて、食料を強奪する荒業もあります。なんかこう、敵地に食料を買う金を落とすのもしゃくに触りますので。
「真理姉が悪い顔してるなー」
くすくすと笑いながら、悪戯小僧めがそのような事を。
「煩いわね。こっちは山ほどストレスが溜まっているのよ。あのアリエッタの一派に与する者はすべて粉砕するわ。そして最後には!」
私の脳裏には、あのホルスタインの勝ち誇った顔が思い浮かび、耳障りな甲高い笑い声がリフレインするのです。
そして、あの鳩胸のような胸! 思い出しただけでムカつくわ~。
私がその憤慨を内なる闘志として燃やしまくっている間に、小高い丘を越えたあたりで件の村が見えてきました。
確かに大きい村かな。そして平地に一面に広がる畑は、先ほどの村よりも豊かにみえます。また水も豊富そうです。
少し治水に関して考えた方がいいかもしれません。パッと見には用水建設の費用と揚水方法に何か問題があるのかもしれません。
「この村、いや国では村々の間でかなり格差があるのかなあ」
「そうかもね。まあ、それは国や各地の領主の問題なんだし。まあ真理姉の知識で、これから少しは上向くかもね」
「いやあ、ちょっと知識があるだけじゃあねえ。あたし、専門的な技術者でもなんでもないのだから。現場の技師でもないのよ、ただの女子高生だったんだから。
多少の事は、アイデア面で貢献できるかもしれないけどね。まあ色々と作らせたものはあるし、お小遣い稼ぎにはなっているのだけれど」
生前、もっと勉強しておくのでした。せめて工業学校や高専の生徒であったならば。
まあ普通の女の子ではそういうところに行くのは少数派ですけれどね。昔はそういうところって男子校が殆どでしたし。
やがて門とは名ばかりの、入り口に直径三十センチくらいの太い杭を二本打ち込んであるだけの村の中へ入りました。
まあ、主街道から分かれた道の途中で、両端に目印として打ち込んであるだけのようです。杭(ただの丸太)には『アルド村』と書かれた看板がかかっています。
そういえば、さきほどの村はこのような物さえなかったので、村の名前すら知りませんね。まあ特に帰りに迷うような場所でもないので別によいのですが。
私たちは往来も少ない村の小道を進んでいきましたが、ようやく通りがかりに村の人、肩に農機具を担いだお百姓のおじさんを見かけました。
「すいません、この村に街から来た役人さんがいると聞いたのですが」
「ああ、それならこの道を真っ直ぐに行って、大きな道に出たら右へしばらく行くと、大きな建物があるから、そこだ」
「ありがとう」
「ああ、でもあんたみたいな別嬪さんが行くのはどうかね」
おや、ここでも別嬪さん扱いで嬉しいですね。まあ、こんなただの村人の田舎娘しかいないところでなら、それは必然なのですが。
「と言いますと?」
村のおじさんは、そのやや手入れの悪そうなぼさついた白髪交じりの髪を書きながら言いました。
「あの人はなあ。女癖が悪くて浪費家で、都で身を持ち崩して、遠縁の縁故を頼って代官の地位を手にした人だから、まあ大体察してやってくれ。本当に困ったものだよ」
やっぱり代官はろくでなしでした!
これで遠慮なくぶちのめせるというものです。
シナモンがやれやれという顔で荷台の上で仁王立ちになっている私を見上げていましたが、そういうこの子が一番遊びたがっているのを知っていますので。
どうか二人に十分行き渡るほど相手の数が多いと嬉しいのですけれど。