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1-7 旅は道連れ

「緑の草原、僕らは行くよ、ロバの馬車に揺られて~」


 御機嫌そうにロバ車の手綱を引きながら、いかにも吟遊詩人らしく即興で歌うシナモン。


 これがまたいいソプラノの声なので。ああ、この世界に録音機がないのが実に勿体ない。今度魔法の道具として作れないものかしらね。


 お金を出して、この世界でも作れないか検討はしているのだけれど。それで商売をすれば大儲けのネタにもなりそうなので。


 ついでにビデオカメラの機能も欲しいわ。美少年以外、撮影禁止の方向で。


 間違っても、ホルスタイン女のヤバイような(アダルト)ビデオとかの発売は禁止です。


 即発禁処分で首謀者は打ち首ね。どうして男という物は、ああも巨乳に弱いのか。まあ変態ロリコン男とどっちがいいいのかと問われれば、それもまた答えに窮するのですが。


「ロバが引いている段階で馬車じゃないと思うのだけれど」

「真理は情緒という物が理解できない人だね」


「いいの。私は元々実利一本の性格なんだから。情緒よりもマイカーとかタクシーとかバスとかが欲しいな。


 あと電車とか新幹線に飛行機、船旅も悪くない。豪華客船とかも乗ってみたかったな。あのスフレの奴をそういうものに乗せたら、なんていうかしらね。あーあ、なんでこんな事になったかなあ」


「それは婚約破棄の事? それとも、この世界に転生してきた事?」


 シナモンは御者台からその銀髪をなびかせながら振り返り、その明るいオレンジ色の瞳でニヤニヤと笑いながら訊いてきます。


 そこにそうしているだけで、あたりの風景さえも色褪せるような美少年なのですが、結構その品の無い笑いで台無しになっていたりします。


「その他ひっくるめて全部よ」

「まあまあ、真理姉には僕がいるじゃないの」

「まあ、一人ぼっちよりはいいけどね」


 ああ我が友、あの結構ショタ趣味の入ったBLオタク西宮紫音さんが今ここにいらっしゃったのなら、抱きかかえて抱き枕の代わりにベッドに引きずり込みそうなウルトラ美少年と一緒にいるのだけれど、私にはそういう趣味はないので特段に高揚するような事はないのですが。


 私にとって、こいつはただの悪戯な小坊主に過ぎませんから。


 なんの変哲もないような街道を、ただ静かに荷馬車の立てる規則的な音だけが静寂しじまを破っていく。


 これが日本なれば、激しく車の往来の音が響き、街中の営みの何らかの騒音が風に混じるだろうに。


 この王都付近といえども、この異世界では自然に近い音の羅列しか聞く事はできません。それは人にとって優しくもあり、また日本では都会育ちだった私には寂しくもあったのです。


 しばらく進んでいると、幼い女の子を連れた母子連れが歩いているのが見えました。母親は大きな荷物を背中と両手に持っており、かなり大変そうです。


 三歳くらいに見える女の子は疲れてしまったのか時折立ち止まり、母親が歩くように促していたのですが、とうとう座り込んでしまいました。


「お願いだから歩いてちょうだい、アニー。お母さんも荷物がいっぱいだから、あなたを背負ってはいけないわ」


「でも、お母さん。お腹が空いてもう歩けないよお」

 おやまあ。


 彼らの傍を通りかかったところで、タイミングよくバニラが馬車を止めました。


 この子は本当によくわかっているわね。私は藁の寝床の上から身を起こし、馬車の縁にもたれかかって訊いてみました。


「あのう、どこまでいらっしゃいますか。よろしければ、この荷馬車に乗っていきませんか」


 そう言って声をかけました。いやしくも、公爵家の人間としては困った王国民を見捨ててはおけません。


 まあこれが悪党なら、声などかけるまでもなく始末したっていいのですけどね。


「え、ええ。次の村まで。私はナージャ。こっちは娘のアニーですわ。よろしかったら村まで乗せていただけるとありがたいです」


「わあ、ありがとう。綺麗なお姉ちゃん。お兄ちゃんも綺麗だなあ。わあ、銀の髪だ」


 そして母親から渡された子供のお腹が、かなり激しく鳴った。


 これでは歩けないわ。成長著しい子供は当然エネルギー消耗が大人よりも激しいし、細胞の成長原料も必要とします。


 体積の割に面積が大きいので熱放射もまた激しいですしね。


 その成長のための栄養やカロリーを補うためにまた食料を必要とするブラックホールのような消費無限サイクルの住人です。


「はい、これどうぞ」

 家から持ってきたハチミツ菓子を一つプレゼントしてやると、その子は大喜びで食べ始めた。後から上がって来た母親が恐縮したように声をかけてきた。


「まあまあ、乗せていただいた上に食べ物まで。本当にありがとうございます」


 だが、彼女のお腹もかなりの音を奏でました。まあ小さな子供に食べさせていないくらいなのですから、母親も碌に食べてはいないでしょうね。


「あら、いやだ」 

 そう言って赤面する彼女に少し訊ねました。


「何故そんなにお腹を空かせているのです? 我が国はそう景気も悪くもないし、さして重税を課しているわけではないのですが」


 私が二人に差し出したパンというか、サンドイッチを受取りながら彼女は悲しそうに言いました。


「最近、うちの村にエロマンガ商会というものがやってきまして」


 私は思わず、掴んでいた馬車の縁の丈夫そうな板を、握っていた右手でベキっと辺り一面に響くような大きな音を立ててへし折ってしまいました。


 二人は目を瞠って驚いたようにこちらを見ましたが、シナモンの奴が一つ大きな嘆息を吐いてこう言いました。


「お客さあん、お願いだから馬車は壊さないでくださいね。いやマジで」


「う、ゴメン。今のは無しの方向で!」

 そう言ってから壊した部分は特殊な魔法で修復し、慌てて作り笑いで胡麻化すのでありました。


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