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1-47 決着

 そして、その拘束していた魔法から時間切れで解き放たれ、静かに地上に降り立ったドレス姿の『老婆』が彼に話しかけてきました。


 あー、奴め開き直ったか。もはや老婆である事など隠してもいない有様です。


「かくなる上は、王太子妃の座はもはや諦める。第二夫人、いや第一側室でもよいな。ベッドで可愛がってやるぞえ、坊主。どうじゃ。テクニックなら若い者などに劣りはせんわい、ひょっひょっひょ」


 ぐわあああ、やめろお。スフレ、あんた、まさかもう奴の毒牙に。


 私、なんだか突然に視野狭窄を引き起こしたように目の前が真っ暗になったわ。


 でも、彼は全身ガタガタ震えているだけで何も答えられないし、一歩も動けないようです。そんな彼に迫りくる老婆。


 護衛の騎士すら衝撃のあまり動けないほどの絶望。私も同様の有様で、息を呑んで見守りました。


 アリエッタ婆のヘアピースは取れてしまっており、その下の貧弱なよれてしまったような髪がバサバサと広がっています。


 まあそれだけしっかりした髪が残っているのは、たいしたものよね。女だって、そこまで生きれば薄くなっていきます事よ。

 

 ドレスはぶかぶかで、外にはみ出してしまっている垂れさがった乳が二本、ドレスの外側にぶら下がっていた。


 うわあ、これは見たくなかったな、偽装ホルスタインだったのか。あんなものに嫉妬していたなんて、あんな物に負けて婚約破棄されていただなんて。もう死にたい。あああああああ。


 アリエッタの奴は震え戦慄く彼に近寄って、顎に手をやりクイっと上向け、それを下から舌なめずりしながら眺める老婆。


 著しく皺くちゃな顔、痩せて弛んだ腕、やや短めの煽情的な真っ赤なドレスの裾から覗く足も、紛れもないかなり高齢な老婆のそれだった。


 そのスルメがぶら下がっているような垂れたというよりも完全にしぼんだ乳は、まさにその象徴のようです。ただ目だけが真赤に爛々と輝いているかのような迫力で、とても恐ろしい。


「まったく、お前様ときたら身持ちが固くて、初夜は式を挙げてからだなんてのう。腕を組むくらいしかせずにキスさえさせなんだとは、初にもほどがあるわい。それでは今ここで思いを遂げようぞ」


「待てー、そこっ! 待て待て待てー」


 さすがに慌てた私は、固まっていた彫像から人間に蘇生して二人の間に割って入りました。

 

 両腕でグイっと二人を引き離し、スフレを後ろに庇います。未だにこの異常な状況に順応できなくて心臓が破裂しそうで、感情の整理が追いつかない。


「いい加減にしてちょうだいな、アリエッタ。この妖怪婆め、一体何年生きてきたのよ。百年か、千年か。とっとと吐けっ」


「ほっほう、この小娘風情が生意気な。よくも、わしの正体をバラしてくれたな」


「そんな化け物が出てくるだなんて誰が思うもんですか。毒婦の、スッピンを暴いてやろうと思っただけよ。むしろ、こっちが精神的なダメージを負ってしまったじゃないの~」


 まさか、このようなカウンターが返ってくるなどとは思ってもいなかったのです。ちょっと化粧が厚い感じがしたので、その化粧の下はブスと相場は決まっているでしょうから。


 素顔を見せたらスフレも彼女を諦めてくれて元の鞘に収まるかなと思っただけなのよ~。


 その後で一発思いっきりアリエッタの奴をぶん殴ろうかと。世界一の強度を誇るベストマギメタル、ベスマギルの杖でね!


 まったく、なんて事なのでしょう。それが、あのような結末を迎えてしまうだなんて。誤算というには、あまりにもあまりな展開だわ~。


 国王陛下も思わぬ展開にどうしたものかと思っていらっしゃるようです。ここで事を荒立てすぎるとマンジール王国が本当に攻めてきかねません。


 戦争になると我が国は少し分が悪いのではないかと思ってらっしゃるかも一応、私や母もいるのですが。


 陛下もいろいろと考えてくださってはいると思うのですが、どうなのでしょう。我が国にも、好戦的なマンジール王国を快く思っていない同盟国が複数おりますゆえ。


 ですが、私は決心しました。王妃様も、うちの両親もお手並み拝見といった感じで、手を出さずに私の対応を見守っていますしね。


「もういいから、あなたは仲間を連れて国へ帰ってちょうだい。なんだかもう、我が国の手には余るわ。


 あなたの正体はすぐに諸国にも伝わるでしょうから、早く帰って対策でもした方がいいんじゃないの?


 うちに攻め込んでいる場合じゃないのではなくて? あなたがエロマンガ家の黒幕なんでしょう」


「ほう、このわしが黒幕と知って、無罪放免で国へ帰すというか」


「あんたって、マンジール王国の上層部とも強力に通じていそうだし、疫病神以外の何物でもないわ。


 その代わりに我が国で悪さをしていた連中は一匹残らず引き揚げさせること。


 残っているものは、この王太子妃になるマリー自らがノブリス・オブリージュの精神により全力で掃討します。一匹たりとも生かしてはおかないわ。超獣マリーの名にかけてね」


 するとアリエッタは、じっとこちらを見ていたかと思うと、しわがれた高笑いを上げて楽しそうに答える。


「よかろう。小娘、お前の魔法の凄さに免じて、この場は引き下がってやろう。よりにもよって蛙の援軍とは恐れ入ったわい。


 まさか、わしの最大のウイークポイントをついてこようとはな。実にあっぱれじゃ。


 これでもし安直に、わしにパンチの一発でも見舞ってこようものなら、魔法信号を放って、速攻マンジールによる侵攻作戦を展開してやろうと思っておったのだがな。


 嘘だと思うのならば、そこの御前の叔父、ビスコッティ国王にでも聞いてみればよい」


 思わず国王陛下を見てしまったけれど、苦い顔で頷かれてしまった。


 ハトリの奴も、うんうんと頷いていた。あんたら、それなら何故私、この超獣マリーに事を任せたのよー!


「では、今回はこれで第一ラウンド終了という事じゃの。それでは皆の者、さっさと帰るぞい」


 だが、うちの子に遊ばれていた連中はそれどころではなかった。しかし、アリエッタが鋭く気を放ちました。もうなんて元気な、ばっばなのでしょうか。


「喝!」

 アリエッタに一括されて、マルークはビビって丸くなった。もう肝心な時にこれですか。


 まあ十分働いたみたいなので、よしとしましょうか。そして、すごすごと長老に付き従うエロマンガ家の若者達。


 うう、これどうやって収拾をつけようかしら。だが、ここは肝心な場面であります。というわけで、ここからが、この後の私の人生に影響する肝心な場面です。


「スフレ様!」

 反射的にビクっとしてリアル石像から蘇生したスフレちゃん。


 幼少の頃からの習性で、脊髄反射みたいに私の叱責の声に反応したようですね。


 なんだか凄くビクビクした表情で私を見ているのが、また無性にムカつきます。この色ボケヘタレのアンポンタン王子め。


「これで私は正式にあなたの妻になる事が王国によって決定いたしました。何か言いたい事がございますか? あるのであれば、今のうちにどうぞ!」


「ああ、いえ、何も。うん、何もございません、はい……」


「そうですか。では、別室にて別途お話の続きがございますので、よろしいですわね」

「はい……」


 うなだれて私に連行されていく彼の後姿を見守り、人々は安堵の息を吐いた。少なくとも、私が魔法と怒りをダブル大爆発で大暴れする展開にはならなかったので。それ以上の展開にはなってしまったのですがね。


「まったく、スフレ。あなたという人は本当に昔から!」


「ご、ごめんよ、マリー。許して、お願い。あれは何かこう、そうさ、ただの気の迷いだったんだ」

「いいえ、許しません。いいですか、王太子たる者は!」


 そのような会話(24時間耐久マラソン説教)を余韻として残し、今回のエロマンガ騒動は波が引くように収束していったようです。


 あのアリエッタ大津波を受けた流れですべてが流されてしまったかのように、皆が心に平穏を取り戻していきました。


 後は王国関係者にお任せで、彼らが手慣れた幕引きのエンディングを、ビスコッティの栄光の歴史の一幕としてに刻み込んでいきました。


 あの狡猾なマンジール王国も、こうなってしまってはもう、今回は手を引かざるを得ないでしょうし。そしてめでたし、めでたし、かと思いきや。


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