1-43 お帰り
そして、こっそりと家に戻った私を待っていたのは、我が母君『超姫エメラルダス』その人でした。
王宮内の、うちの居住ゾーンのゲートの前で背中を持たせかけていました。何故か私とお揃いの冒険者装束で、胸元にSランク冒険者の証明であるプレートをぶらさげています。
どう見ても二十代初めにしか見えないのですが、少なくとも成人(十五歳)したばかりの娘がいる事だけは確かですね。
私が実の娘である事だけは確かなのです。私、胎児の時に既に今の人格に覚醒していましたので、この世界に生まれでた時の記憶を今も持っているのです。
普通の子は三歳になる前に、そういうのは忘れちゃうんですけどね。
「ひえっ、お母様」
ああ、この人に黙って出かけちゃいましたからねえ。
言い訳が非常に苦しいと思っていたのですが、いきなりかち合ってしまいましたね。この大一番を前にしてお説教タイムかしら。嫌だなあ。
「ふふ、お帰りなさい。お疲れね、マリー。ところで、その可愛い蜥蜴ちゃんは?」
なんと、いきなり労っていただけましたね。この方、滅多に人を褒めないおばさんなのですが。やっぱり、そういう事でしたか。
何もかもこの人の掌の上でしたね。ですが、うちの母を恐れて私の後ろに隠れて丸く小さくなろうとしているマルーク。その場で皮を剥がれてバッグにでもされそうと思ったのでしょうか。
「エメラルダス様、その子は、その子だけは許して!」
涙を浮かべて必死で懇願するシナモンの頭を撫でながらコロコロと笑う、うちの母親。
「あんたらねえ」
「「だってえ」」
この母親と来た日には、野外キャンプの時に、もっとゴツイ魔物蜥蜴の皮を剥いで、その場で魔法を用いて鞣して自分のバッグを作ってみせたのですから。
「さて、茶番劇の用意をしなくっちゃねえ」
そう言って、いそいそとうちの『武器庫』へとウキウキしながら出かけるお母様がいた。
二人で顔を見合わせたが、すぐに肩を竦めて考えない事にした。自分達でさえ簡単に、王都近郊で連中の悪事に出会えることができたのだ。
うちの実家や王家が把握していないわけがない。まあ、あの茶番の婚約破棄劇で私が巻き込まれた事は、いい切っ掛けというか動くための口実にはできるというものなのでしょう。
あの旅は一体何だったのでしょう。なんだか無性に疲れました。
そして、ついに宿敵アリエッタと対決する時がやってきました。なんと私は冒険者装束のまま、王宮へ出頭しました。
というか、王宮自体がこの私の現住所そのものなのですがね。スフレの奴とか、そういう事を失念しているものだから、いくら王宮の催しに出られなくても『自宅内部をうろうろする』のは止められないわけでして。
あのファッキン王太子は相変わらずの抜け作ぶりです。まあその方が嫁として躾甲斐もあろうというものですがね。
間もなく王妃主催の茶番劇、もとい王国舞踏会が、王宮の大舞踏会ホールにて開催されようとしています。
名目は王太子の正式な結婚相手の正式なご披露という事でした。何も知らないエロマンガ家の連中は有頂天になっているようです。特にあのホルスタインとか。
そして王太子と一緒に晴れやかで勝ち誇った顔で、会場へと現れたホルスタイン、アリエッタ。
そして舞踏会の演目が始まり軽やかに音楽が流れ出ます。弦楽器を中心に吹奏楽が奏でられ、あの二人は踊ります。
あの馬鹿は王太子のくせに、これから起こる事を知らされていないので実に幸せそうないい顔をしていらっしゃる。見てなさい、あんたのその顔が間抜け面に代わる瞬間を見届けてやるからね。
やがて、そのアリエッタの周りにエロマンガ家の主だった者達が集まり祝辞を述べている空間を、次第に騎士たちが囲んでいるのを、もはや勝ち誇った本人達だけが気づいていません。
周りの人々は不穏な空気を察知し、自然に遠巻きにしていきます。まさに貴族の本能に突き動かされての行動でしょう。
それを見た、エロマンガ家と親しくしていた連中は青ざめ、そして私達一家を見て絶句しました。
全員が『戦闘体勢』であったからです。お父様は巨大な刀身を誇る、自分の身長よりも長い『ドラゴンバスター』を手にし、軽々と振っています。
お母様は現役時代に使っていた、伝説とさえ謳われた魔法の杖『フェアリーブラスト』を手にしています。
あれ、本当に凄い威力ですのよ。私も使ってみたくて、お母様に酷く強請ったのですが、その時に彼女は顔色を変えてこのように言われました。
「いい事、マリー。あなたは杖なんか使っちゃいけません。杖って、魔法力を凄く増大させてくれるものなんだから。あなたも魔王マリーなどとは呼ばれたくありませんわよね?」
幼い頃、大変高名な魔法使いである実の母親からこのような事を言われ、以来魔法の杖に触ろうと思った事すらなく幼少時代を過ごした私。
でもね、ニヤリ。今日は持ってきちゃった。剣に見せかけて、鞘に仕込んであるのです。銘はバルバロッサ。赤ひげの意味ですね。
実に母親の得物である『フェアリーブラスト』を三倍ほど上回る威力のものをね。その怪物を無邪気に仕上げてしまったのはシナモンです。
彼はドヴェルグの親父に気に入られて魔道具作りも教わっていたのです。日本のラノベやマンガ、アニメなどを参考にあれこれ吹き込んだ私もいけなかったのですが。
それ以来、シナモンの小僧は、すっかり中二病全開になってしまいました。
いけないかなとは思ったのですが、私だってそういう話ができる、この世界で心を許した仲間が欲しかったのですもの。まあ奴もそのような年頃なのですから。
そして、エロマンガ家についていた貴族たちはその場で踵を返し、父の前に膝をついたのです。
あまりにも露骨に節操がないのですが、この国ではこれが正常なので、父もまったく気にしていませんし、あっさりと受け入れています。
元々、彼も結構な脳筋ぶりですしね。まったく、なんて国なのかしら。まあ言っても仕方がないのですが。何しろ、この私自身も実利一本で行かせていただいておるのですから。




