1-3 シナモンとマリー
ここは公爵家の館の一室。広い私の部屋の中に、お付きの少年と二人っきりです。もちろん何かを企んでいる訳なのですが。
「それで姫様、これからどうなさるのですか?」
もう既に事情は全て把握している小姓の美少年、シナモン・バニラ・クッキーが冷めた表情で投げやりに訊いてきます。
そのクールな感じがまたいいと評判だったりするのです。可愛らしい、肩まで伸ばした銀髪の麗しい少年なのですが、見かけ通りの子ではないのです。
「今こうして旅支度しているのを見て、わからないの。傷心を癒す旅に出るのよ。あんたも早く支度して、ついてきなさい」
でも、突然の主の命令にも首を竦めた、まだ十二歳くらいの華奢な体付きをしたシナモン。
彼は自分の主がそのような殊勝な玉ではない事を知り尽くしているので、歳の割にはかなり悟ったような口調で訊いてきたのです。
「で、そのココロは?」
「むろん、腹いせに、あの男爵令嬢一派に、一泡も二泡も吹かせてやるために決まっているじゃないの。
黙って引き下がるなんてしてたまるもんですか。家で蟄居なんてごめんだわ。
まあ王宮の方は陛下や諜報の連中に任せておくとして、どうせあの男爵一派の事だから、この国中のあちこちで碌な事をしていないのに決まっているのよ。
この私のやるせない気持ちを、あの馬鹿のバックグラウンドの連中に責任持って受け止めてもらうわ~」
それを聞いたシナモンは首を竦めて、くるりっと背を向けて両手を後ろに組んでいます。
まだガキのくせに、達観の境地に至った表情をし、素敵なオレンジ色の瞳で窓の外の空を見詰めるあの態度がまたムカつくのですが。
「やれやれ、姫様の『いつもの』が始まった」
「何か言ったかしら? シナモン」
「いえいえ、なーんも」
そう言いつつも、半ばこの事態を楽しみにしているこのシナモンも大概なのですけれど。
五年前に市中からとある事情で私が拾ってきてから、大変よく躾けられていますもので。
「さあ、見てらっしゃい。あの糞アマあ、いつか吠え面かかせてやるからね」
「そんな事を言っていていいんですか。王宮で我が物顔のあの毒婦をこのまま放っておいたら、国丸ごとやられちゃうのでは」
彼は首だけこちらに向けて、「どうなっても知りませんよ」みたいな顔で訊いてきました。
「そんな物は国のお仕事なのですから、いいのです!
今、あの二人にちょっかいをかけて、また私が面倒な事になるよりも、あの女のバックグラウンドを潰しまくっておくほうが有意義ですから。ま、一種の世直しなのですからね」
「よく言うなあ。もう姫様ったら、ストレス解消のためにただ暴れたいだけなんでしょ」
「そこまでわかっていたなら、さっさと支度おし!」
私も、この少年に対してだけは裏表のない対応をさせていただいております。こういう性格を気に入って拾ってきたのですから。
元々あまり真っ当ではない稼業をしていた少年ですが、その辺のぼんくら貴族や間諜などよりも、よっぽど役に立つのです。
「じゃあ今から出かけますか」
「あら、支度はいいの?」
「そろそろ、こんな事になるだろうと思って、すでに準備は万端ですよ。姫様こそ、その格好でよいのですか、まだドレスのまんまじゃないですか」
「おっといけない、じゃあ着替えるわ。えいっ」
そして、私はドレスをパーっと引きはがしました。
その下からは華麗な冒険者風の装束が。いえ、ただのアイテムボックスを使用した早着替えなのですがね。
シナモンはといえば、よく見れば旅の少年吟遊詩人風の格好でした。最近はこれがお気に入りのようです。
銀髪美少年なので、こういう格好もなかなか映えます。でも輝くようなド派手なオレンジの瞳は目立ちすぎじゃないかしらね。
どこかのショタ好きなマダムとかに見かけられたら、その場で攫われてしまいそうな素敵な容姿です。まあ大人しく攫われているようなタマじゃあないのですが。
これが非力な子供の非戦闘員だとばかりに、おかしなちょっかいをかけると、半端な奴などあっさりと殺られてしまうので。
「じゃあ、行くわよ」
「はいはい、どこへ」
「そんな物は決まっていないわ。とりあえず、悪がいそうなところ。絶対にあの男爵令嬢の手の者に違いないわ。それに違っていたって、ぶちのめせるのであれば別に構やしないし」
「はいはい、またですか」
二人で裏口にある方の出口へ行く間に執事のセバスチャン・バブルガムに出会ったので簡潔に挨拶をしてから行きます。
お父様やお母様に直接言うと、お小言を言われますので。今、私は王家から蟄居を命じられたも同然の身の上なのですから。
「いってきます」
「いってらっしゃい、お嬢様。お帰りはいつほどに」
「ほとぼりが冷めるまで。って冗談よ、セバス。あれこれと情勢を見ながら、潰せるようなら、あの女のバックを少しでも潰してくるわ。その方がうちに閉じこもっているよりも遥かに有意義でしょうから」
「さようでございますか。それでこそ、我らがマリーお嬢様でございます。では御武運を」
「ありがとう、セバス」
いつもこうやって私の狼藉を暖かく見守ってくれるセバス。彼は執事。貴族の子弟を時には鞭で打つ権限すらある者ですが、優しい彼はそのような事は一度もしませんでした。
子供の頃から『おいた』の激しかった私なのですが、極力大好きな彼の手を煩わせないように努力していましたので、何かにつけて『裏で上手く立ち回る』やり方が身についてしまいました。
そういった意味では、このシナモンも私にうってつけの従者なのです。
市中でおいたの激しかった彼を『捕獲』するのには随分と苦労いたしましたが、今では私の忠実な従者となってくれております。