1-18 外縁攻め
「おはようございます、フロートさん」
「おやおや、これはこれはアップルさん。おはようございます」
ピンっと背筋を伸ばし、静かな自信を秘めた雰囲気を漂わせるアップル・キャラメル・ケーキ伯爵令嬢。
家柄の釣り合いも相まって、派閥の中ではフロートと大変仲のよい関係の少女である。
名前通りのキャラメル色の髪、焦げ茶に近い色合いの深い瞳は知性を大きく湛え、武力のフロートに対し、参謀的な立ち位置にある。
今まさにフロートが真っ先に探していた人物で、マリーの置き土産『マリーズ・マニュアル』を託された人物でもある。
もちろん、彼女の方もフロートを捜していたので。そうこうするうちに派閥の女子が集まってきた。皆張り切っているため、自然と早い時間に王宮へと集まってくる。
「皆さん、おはようございます。お早いお着きで」
「それはもう、うっかり油断していると、あの敵国マンジールの女狐めが跳梁跋扈しているやもしれぬと思うと、いても立ってもいられませぬから」
何しろ、次期国王たる王太子がべったりなのだ。そう簡単にはあの女には手が出せぬのだが、マリーの指示に従い今日も奮戦する所存である。
「本日の、あやつの予定は?」
「今日も王太子殿下と御一緒に、あちこちの茶会へ顔を出す予定ですわね。午前と午後のお茶会に、昼食会と晩餐会。本日は全滅ですわね」
これはミキサー・フレッシュ・ジュース子爵令嬢の戦果だ。
おうちが大商会であり、あちこちの紹介情報網のお蔭で貴族などの事情にも詳しく、また商会の子であったため口が上手く人当たりも大変よいので、情報集めに向いた人材なのである。
それほど身分の高くない子爵令嬢であるが、その分は警戒されにくいというか身分の低い相手からもそうかしこまられる事がないし、相手の身分が高くても、そうそう見くびられる事もないので丁度よい立ち位置ではある。
「そっちの方は手が出せませんわね。口惜しいですわ」
さすがに王太子と一緒に、たとえ非公式であろうと茶会に出ている間は手が出せない。
それはたとえ暗闘であろうとも、貴族の御作法として絶対にやってはならない事なので、お邪魔にはいかない。
というか招待されなければその場にすら行けない。そういう場合は別の方角から攻めよとマニュアルにはあった。まさにエロマンガ家との戦いのための戦のバイブル?
「それでは、あのホルスタインに靡いている馬鹿な連中のところでも回りますか」
そう言って選び抜かれた精鋭六名ほどで王宮を練り歩く一団。
インテリ派のメンバーもいるのであるが、武力に関していえば、全員がもれなくこの王宮で御令嬢相手であるならば負けようはずもないメンツなのであった。
普段はマリーの威光に隠れてしまっていて、幼い頃よりのマリーの相棒であるフロート以外はさほど目立たないのであるが、何気に全員が武闘派なのであった。
見た目は麗しい御令嬢達なのであるが、体術の訓練は皆で合同で行っており、体力に絶対の自信もある。
剣や魔法などの戦闘技術に頼らずとも、つかみ合いになってしまえば無敗の常勝将軍なのである。
道行く女性達が侍女や令嬢の区別もなく、そっと目線をはずして足早に通り過ぎてゆくオーラを放つ集団。
今のところ、敵方のグループには出くわしてはいない。広い王宮の通路をわざと真ん中を突き進む。
それを目にした他の人達はいかにもトラブルを避けたいとでもいうように、慌てて通路の端に寄って歩く有様であり、誠にご迷惑千万な集団であった。
だが、そこは今紛れもなくビスコッティ王国とマンジール王国の戦場、そのフロントラインであったのだ。
そして、それに何時超獣や超姫が参戦しないとも限らない。いつ何時でも物理的被害が及びそうな集団なので、巻き添えはごめんだと言わんばかりに皆が避けている。
本来であれば、この王宮で一番華やかな集団であり忌避する理由などどこにもなく、本来であるならば彼女達も今のような傍若無人な振る舞いをする人間ではない。
それが今現在このようになっているという事に、王宮の人々は恐怖しているのだ。
しかも、それをもたらした大馬鹿者が、この国の王太子ご本人なのだという事に軽く絶望を受けない者はいないほどだ。
だが、他に王子もいないし王女もいないので、彼に何かあるならば公爵家の長男あたりが国王位につくのだが、今のところ廃太子という話も時に出ていない。
「いませんわね」
「連中も調子こいているから、そのうちに接敵して因縁がつくのではないかしらね」
このメンツは、派閥のいわば幹部会のようなものだ。精鋭を揃えて練り歩いているのだ。そして、ついに発見した。
しかも、アップル嬢からしてみれば、親の商売敵でもある商会の娘だった。
彼らは第一線の貴族評価を得られない傍流であるために、娘を使って新潮流であるアリエッタのエロマンガ家にすり寄ろうとしているのだ。
「ええい、さすがは腐っても我が国の商人ですね。実利一本で理に聡いのは、さすがと褒める他はありません。しかし、忌々しい事ですわ」
そうボヤきつつも、自ら先頭を切って近づくフロート。
「あら、皆さま、ごきげんよう」
「ごきげんよう、山猿の皆さま」
これはまた、ストレートに挑発してくるものだなと思いつつも、慌てず騒がず目を細める対応のみに留め、扇子を口元に当てるフロート。
ここは相手も強気だ。アリエッタの権勢に乗り、この王宮を闊歩する御令嬢の間での覇権を握ろうという腹か。
マンジール側からしてみれば、侵略の手順としては決して間違ってはいないものだ。
だが、彼女達が今一つ強気になれないのは、あのマリーが帰って来た時に情勢がどう変わるかという考えからだろう。
「ふ」
フロートは軽く鼻で笑い、打ち合わせ通りに全員で懐から取り出した短剣を手にする。
気色ばむ相手の令嬢グループ。たまたま通りかかった衛兵の顔が青ざめた。
あの連中は自分が通りかかったのを見越して、そのような狼藉を始めたのだ。
自分は役職として見届けねばならないのだ。仕事上の伝達のため、あまり周りに気を遣わずにこのような場所に居合わせた己の迂闊さを呪いながら冷や汗を流していた。
応援を呼んでも、この武闘派どもを抑えきれるだろうか。だが、彼女所達は予想の斜め上の行動に移った。
手にした短剣を握り締め、更に力を入れて粉々に砕いたのだ。全員が、マリーと同じような高価な筋力増強の魔道具を装備していた。
むろん、マリーがお抱えのドヴェルグの親方に作らせた特注品だ。真っ青になって、その武力示威行動を眺めるしかない令嬢達。
そして無表情で対抗グループのすぐ目の前を、大いにプレッシャーをかけつつ通り過ぎるフロート達。
後には蒼白になったまま見送るアリエッタ派の令嬢達。と、不幸にも今のニヤミスの見届け人をさせられた、まだ若い衛兵。
「ふうー。勘弁してくださいよ、お嬢様方。どうして、うちの国の女性といのはこう」
ポツリと漏らす衛兵の顔も、彼女達が去ってしばし経ってから、ようやく赤みが戻る有様だ。
エロマンガ家の手先相手に一悶着しているマリーとは別に、宮中もマリー派とアリエッタ派が、日々激しく火花を散らす戦いが繰り広げられているのであった。




