1-10 お代官様
教えられた通りにロバ車を進めると、その大きな館が見えてきました。まあ大きいといっても村の代官所ですから、それほどたいした事はありません。
それでもこの村では一際大きくて目立つ建物ではありましょう。そこの前でロバ車を止めて、馬駐に手綱を括りつけておきます。
うちの場合はロバ駐ですけどね。他に誰もいませんので止め放題の有様です。周りは開けていますので、ただでさえ止め放題なのですが。
開けているというか、畑のど真ん中といっていいポジションで、村内には馬車なるものもなさそうですし、馬よりも牛の方が多そうです。
特にそのような事をしなくても、こののんびりとしたロバという生き物は人慣れしていればそうそう逃げ出したりはしないのですが、まあエチケットとして。
少し水と飼葉を与えておき、それに夢中になっている彼の頭をシナモンが少し撫でてやってから一緒に代官屋敷の中へお邪魔します。
それほど広くない入り口には受付のような、かなり年季の入ったカウンターがあります。
多少は権威を表すように上等な物を設えたのでしょうが、もう古くて傷だらけになったそれは、この村の歴史を物語っているのでしょう。
もしかしたら、これから更に私に歴史を刻みつけられるか、あるいは成り行き次第では木っ端微塵に破壊されて、新調される羽目になるのかもしれませんが。
そして年季の入った、あまり洗練されていない古びたメッキっぽい物が剥がれかけたような錆の浮き加減のショボイ呼び鈴を鳴らすと、壮年の男性がやってきて何故か私を見ると眉を曇らせました。
「もうこっちの正体がバレている!?」
一瞬そう思ったのですが、どうやら間違っていたようです。
「あなたのようなうら若い美しい女性が、このような場所を訪れるなど、とんでもない。悪い事は言いませんので、今すぐお帰りなさい」
なんという言い草でしょう。ここはどこの暗黒街なのですか。まあ、先ほどのおじさんもそのような事を言われておりましたしね。
幾分上品そうな、その口髭一つとっても村長クラスに品を感じさせる男性は、おそらく役人サイドではなく、村人の一人がここで働いているだけのようです。
「いえ、どうしても代官様にお会いしたくて」
「ええー、あなたが代官にー」
あ、凄く嫌そうな顔をされてしまいました。若くて美しい女性を、自分の上司の毒代官に会わせるとトラブルの元だと思っているようですね。
「ご心配なく。従者の子も連れておりますので」
彼はチラっと私の横に佇んでいる、すこぶるつきの美少年シナモンを見やり、更に憂慮の念を顔に浮かべました。
見た目は頼りなく見えるのは間違いないですが、この子はネイビーシールズやSASが束になってかかってきたって弾一発撃たせる事無く排除できる世界一のシークレットサービスなのです。
まあ私の場合はそういう者は特に必要ないのですがね。まあ、もしお相手が『両刀使い』であった場合などには私と一緒にベッドに連れ込まれてしまいそうには見えますわね。
一瞬、その状態を想像して吹いてしまいそうになりました。あえて引っ張り込まれてベッドの中で変身する、拷問吏シナモンとSM(S100%)の女王様マリーの組み合わせ。
さぞかし、悪代官様も楽しいドリームな時間が過ごせる事でしょう。
「まあ、そこまで仰られるのであれば」
どうなっても私は知りませんよ、みたいなニュアンスで奥へ向かった彼。
だが、そこへドタバタと激しい音をさせてやってきた、そこそこ見栄えのしそうな青年がいました。
「やあ、これはまたなんとも素晴らしいお客様ではないですか。このような美しい女性をこの代官屋敷に御迎えできる日が来ようとは。ようこそ、この田舎村へ!
私がここの代官、メンクーイ・ホモ・オンナスキーです」
田舎村って、あなた。ここは卑しくも、我がビスコッティ王国の王都に至近の村なのですが。
まあ確かに村でございますので、その田舎っぷりはなかなかのものなのですが。
「そ、それはどうも」
まさか、こいつが件の代官!? 若い。
どう見ても、まだ二十代にしか見えない。なにかこう脂ぎった腹が出まくりの厭らしい感じの中年男が出てくるものと思っていたのですが。
確かにこの方も女好きそうな感じはするのですが、少し考えていたのとは方向性が違うようです。しかし、名前……。
「さあ、さあこちらへ上がってください!」
「そうですか」
困惑しつつも案内されるままについていく。
「ねえ、真理姉。なんだか雲行きが怪しいね」
「そうねえ」
私達は少し浮かない顔だった。ここでいう雲行きとは、『楽しく暴れられない』を意味するので。
ここで代官をぶちのめして名乗りを上げ、それはもうスッキリという展開を期待していたのですが。




