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1-1 王太子様より婚約破棄されました

「マリー、君との婚約を破棄したい」


 まさか、このような公の席で、王太子たる彼の口からそのような言葉が紡がれようとは。


 この私に、いきなり降り注ぐ晴天の霹靂。その言葉はまるで超特大雷魔法サンダーレイン・ウルトラのように私の胸を焼き焦がし、そのリフレインが頭の中を駆け抜けていきました。


 パニックして、思わずその場で極大魔法をぶっぱなしたくなるほどの狂おしい衝動をかろうじて抑え、三回『人の字』を手の平に書いて、ぐいっと飲み込んだのです。


 くらくらと襲ってきた眩暈を押さえながら、屈辱に震える足をなんとか落ち着かせ、何やら妖しい、腹に一物あるような笑顔をこちらへ向けている、隣国マンジール王国のエロマンガ男爵令嬢アリエッタに目を向けた。


 瞳に激しい憎しみの炎を灯し、心にも憤怒を魔力の限り燃やして。


 ありえない事態が起きました。その初めて耳にした時には驚愕したそいつの家名や出身国名も含め、本当に。


 でも、奴の名前はアリエッタなのです。ありえたのです。奴は企んでいたのよ。最初からこうするために。思わず歯噛みして小声でつぶやく私。


「してやられたわ。我がビスコッティ王国諜報の連中どもめえ、一体何をやっているのよ……無様な」


 連中は、今もこのダンスホールの天井裏に潜んで固唾を呑んで、このありえない事態を見守っているはずなのですが。


 いっそ腹いせに天井に大量の魔法でもぶちこんでやろうかしら。追尾魔法のねずみ花火系がいいかもしれないわね。


 お尻に突き刺さって飛び上がって叫ばずにはいられないような強烈な奴を。無様に恥を晒すがいいわ。


 ですが、思わず魔法を放とうとした手を引っ込めました。この状況で魔法を放つと、私の仕業と丸わかりですから。


 動機のある犯罪はやってはならない、それはプロのヒットマンなどの鉄則なのですから。いや、待って。落ち着こう、私。


 隣国マンジール王国が我が国を配下に収めんとしている昨今、その陰謀に邪魔な我が国きっての武闘派の中の武闘派、エクレーア公爵家を王太子との婚姻から排除せしめんとした策謀なのでしょう。


 何故国王陛下は、このような小娘にたぶらかされた王太子スフレに、公衆の面前で、このような狼藉を許してしまったというのでしょうか。


 ただいま絶賛、諸国の方々も参加者に含めた王家主催のダンスパーティの真っ最中だというのに。


「スフレ、あなたは自分が何をやっているかわかっているのですか。王太子殿下、どうかお気を確かに」


「それは僕の台詞だよ、マリー。ありえないよ。君が彼女を陥れようとした証拠も証人も、既に揃ってしまっているんだから」


 チッ。この世間知らずのボンボンめが。まさか王太子ともあろう者が隣国マンジール王国の策謀にも気づかずに、そんな小娘の色香に迷うとは思わず、あまりにも正面から攻め過ぎていたのが裏目に出ましたか。


 うーん、すべて本当の事だから言い逃れがしづらいわ。いつも、ド正面から喧嘩を売っていましたしね。


 この童貞ボンボン、さっさと片をつけないと百戦錬磨のビッチ毒婦の手にかかってマズイ事になるかと思って無理やり力押しにしたのですが、世継ぎの王子ともあろうものが空気を読まずに明後日の方向へいってしまったようです。


「そんな! それは誤解ですわ、スフレ殿下。この『鋼鉄のマリー』『ブラッディ・マリー』などと謳われた私ともあろう者が、そのような回りくどい真似をするなどと本気でお思いですか?


 そのような小娘など、私の手にかかれば正面からワンパンKOどころか、デコピン一発で仕留められますのに。幼い頃よりの教訓がまったく役に立っていませんわね、このボンクラ王太子」


 こういう言い草もなんですわねと思いつつも、一応は言っておくことにしました。後々のために。


 こう言っておいたという履歴が必要なのですわ。後の結婚生活で自分が有利に立ち回るためにも。


「そ、そうか。何しろ君の事だからな。確かにその通りなのかもしれない。子供の頃、君に受けた仕打ちの数々は未だにこの体が忘れていないよ」


 付き合いの長い幼馴染の従姉妹の吐いた、あまりにも説得力のある毒たっぷりの言葉に思わず同じく毒を持って返し、思わず納得しかけたスフレちゃん。


 そのストレート過ぎる反応もまたムカつくのですが。まあ子供の頃は事あるごとに、ひよわなスフレちゃんを締め上げた事案も数知れずという感じでしたので、仕方がない部分はあるかもしれないのですが。


 それでもムカつきます。それにしても、認めたくないものだな、若さゆえの過ちというものは。


 スフレ、あなたは後で必ず締めますからね。きっちりと夫君に据えてから、それはもうね。


 これで残りの一生、私の立場の方が彼よりも見上げるばかりに上になったかもしれません。


 長い目で見れば、却って面白い事になったと言えなくもないのですが。


 よくよく考えれば、この男もよくぞこの私を婚約者に据えようなどと思ったものです。結構その話を、子供の頃から親に言われてきたというのと、幼い頃よりいつも私に厳しく結婚に関して追及されていたせいでもあるのですが。


 せっかく、たっぷり十年以上もかけて上から目線で婚約者として教育してきたというのに。このようなところで無様に躓いてしまうなんて。


 どうせなら、この童貞王子をもっと早く押し倒しておくのでした。どうも王族というものは面倒くさいところがあります。婚前交渉がどうのとか。


 まあ私だってその種の経験はないので強硬手段には出辛い面もあったのではありますが。さすがに、童貞と処女の組合わせで、いきなり女の方から事に及ぶのは度胸が要ります。


 怯えるゴブリンキングを、武力を持って悪魔の笑いと共に打ち倒すのとは訳が違いますので。


「騙されないで、愛しい方。その乱暴者の女はわたしを公然と公衆の面前で誹り、侮辱し、多くの者と共謀して陥れんとしたのですから。ね」


 そう言ってしなだれかかられ、あの女狐から腕に、まったくもって業腹な事に私より一回りも二回りも大きそうな胸を、ぎゅっと押し付けられたスフレ殿下は、やや顔を紅に染めて言い放ちました。


「と、とにかく君の顔ももう見たくないんだ。王宮の催しにも出てこないでくれ」


 そう言い放ち、そそくさと逃げるようにその場を去っていきました。ちい、あの馬鹿は本気で洗脳されていますね。主にあの胸に。


 アリエッタの取り巻きをしている、おそらくは隣国の諜報か何かであろう男達二名が、ニヤニヤ笑いを置き土産に、こちらを小馬鹿にしたような目で見ていました。


 くっ、いくら幼馴染の公爵令嬢で、二人だけの歴史においては私の方が実質的には支配階級だったとはいえ、正式な社交の場において王太子直々に、そのように公に言われてしまっては、それはもう社交界追放と言ってもいいくらいの判決ではないですか!


 おのれ、絶対に許しませんことよ。貴様達、この私をコケにして、ただで済むなどと思わないように。


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