夜のマンションの一室
夜、誰かのマンションの一室に、ひとりでいる。
部屋の灯りは消えているが、ベランダのガラス戸が全開しており、外光が入ってうっすらと室内を照らしている。
部屋の左手の壁には本棚、窓際には机と椅子がある。
机には電気スタンドがあるが、灯りは消えている。
何かのテキストブックのページが開かれたまま卓上に置かれている。
その横には筆記用具とノートがあり、奧には円い時計。
時計の針は、午後八時すぎを差している。
椅子の上には背当て用のクッションがむぞうさに置かれている。
クッションはカラフルでおしゃれなデザインだったが、暗い室内では灰色に近く、本来そうであるようには目立たない。
右手の壁には、何か宝塚俳優らしいタレントのポスターとカレンダーが貼られていた。
カレンダーは月めくりで、二か月前のページのまま残されている。
日付のところには、途中まで何かの予定が記入してある。
「ためらいがある時は、足からになる。足腰をやられることが多い。そして多くは内臓も。そうでない場合は、頭から落ちるから、ほぼ助からない。」
どこかで聞いた説明を思い出す。その通りなのだろう。
床はカーペットで、足音はしない。
ゆっくり窓際まで歩き、ベランダに出た。
ベランダにはプラスチックの植木鉢があり、何か植わっていたが、土は乾いて植物は枯れていた。
空は暗い。曇っているのか、星もみえない。
目の前には大きな街路樹の樹冠がかたまりとなり、くろぐろと繁っている。
そのときまで、何を思い、考えたのか。
想像するしかできない。
あっという間のことだろう。わずか数秒。
ひどく眠い時に、目を閉じるとすぐ眠りについてしまうのと同じようなもの。
ただし、そのときは、往路だけだ。
ベランダの手すりから階下を見下ろす。
八階ほどあるだろうか。
すぐ下には駐車場がある。その脇に街灯がいくつか並び、その明かりが反射して、下から自分の顔を照らしている。