8 隠しキャラと『ひろいん』のエンディング②
13回目、決まった手順のように、入学式直後に日光対策の眼鏡と日焼け止めプラス白粉。日除フード代りの黒髪のかつらを手に、マリアンヌがやってきた。学生に成り済ますため、この数回は先に準備してもらっているのだ。ちなみに、マリアンヌの意識は入学式前日あたりからあるらしい。代金は入学式後に払う約束のため、明るいうちにリーフライトの持つお金をとりにきたのだ。
そこでお金を盾に、やっとマリアンヌに今回のエンディングについて口を割らせた。すごく渋っていたので、今回は始まってからも説明無しでやらせるつもりだったらしい。
「攻略対象の魔法使いがやった実験で、リーフライトは異形の巨大魔獣になって学園を破壊するの。それを『ひろいん』の命懸けの愛と光の浄化の力で、人の形に戻しさらに完全に人間ににまでなるの。そして、人間になったリーフライトは限られた命とかけがえのない人生を再開し、二人はめでたく結ばれるストーリーです・・・。」
「ちょっと待て、今聞き捨てならないことを言わなかったか?誰が何になるって?」
「リーフライトが私の愛の力で人間に」
「その前だ。」
ゴニョゴニョ気味で、よく聞き取れない声でマリアンヌは言った。
「リーフライトは異形の巨大魔獣になるの。」
「却下」
「待ってそれがシナリオなのよ!それをしないとコンプリートにならないの」
「コンプリートになったからって、この状況が解決するとも言えないのだろう?魔獣になって戻る保証はあるのか?」
「それは私の愛と、シナリオの強制力で。」
「そんな事を説明無しでやらせようとした時点で、君への信用は消えた。あと、君は知らないと思うが、私の体は再起動でリセットされない。シナリオの一年を過ごしたそのままの体で戻るんだ。」
「えっ?」
「君は死んでも生き返るし、一年前に若返っている。他の人もそうだ。だが、私は違う。血を飲めば空腹が消えているし、直前に飲んだ血は口の中にそのまま残滓も残っていた。元々この体の時間が止まっているに等しいからか、時間の巻き戻りに場所や服装は戻るが、体そのものは干渉を受けないらしい。」
ちなみにちょいちょい殺さない程度に、生徒を眠らせて栄養補給はしている。
「そうなの?!魔獣変化をやりたがらないのは予想してたけど、リーフライトの体がそんな状況だったなんて・・・。」
「そして、何より」
リーフライトは覇王のように、かっこよく重々しく言った。
「醜い魔獣になるなんて、プライドが許さない。」
「待って、それじゃこの状況を抜けられないじゃない。終わらない世界から出る可能性に賭けて、エンディングコンプリート目指してたのよね?」
「前回言わなかったこのシナリオの分岐条件と、話の流れははどうなっている?」
リーフライトはマリアンヌを冷たく睥睨した。
「リーフライトエンディング以外を回収して、貴方を起こすと魔法使いの子とのやり取りで、今までにない選択肢が出るの。その選択肢を選ぶと、学園のとある場所に魔法陣が出るの。そこに貴方が入ると魔獣化するの。」
リーフライトの様子が余程怖かったのか、ちょっと泣きそうな感じでマリアンヌが続ける。
「リーフライトはその中に私の命を盾にされて、魔法陣に入る事になるの。」
言いにくかったのは魔獣化だけじゃなく、自分のせいでということもあるのだろう。
「このシナリオを書いた奴は、とことん悪趣味だな。よし、私は君が死にかけても、魔法陣に入らなければいいんだな。」
「私が死ねばリセットが起こるだけよ。」
「イレギュラーの集積を続ければ、ズレがひどくなって抜け出る可能性もある。」
「魔獣になるのがそんなに嫌なの?」
「嫌だね、気持ち悪くて生理的に受け付けない。勿論美意識も許さない。」
リーフライトは意地になった訳ではないが、どうしても嫌だった。お芝居で台詞を言うのと、お芝居で肉体を変質までさせるのは訳が違うからだ。魔力が強く長く生きているだけにプライドもあるが、変化することを本気で生理的に受け付けなかった。
「不毛だわ、どうしたらいいんだろう。」
マリアンヌは困り果ててしまった。リーフライトは悪い事をしている気分になって、ちょっと冗談半分で歩み寄ってみることにした。
「なら、ちょっと試してみよう。要は魔法陣に入り魔獣になった私を、君が愛の力で戻せばいいんだろう?」
リーフライトは部屋の隅でごそごそし始めた。とある獣感のある被り物を取り出した。それは黒山羊の頭だった。
「闇の魔力を秘めたマスクだ、被ると全身が異形になる。それを君が愛の力で脱がせればいい。」
「いきなり?魔法陣もフラグも立てずに?」
「魔法陣ならある。」
蓋のずれた石の棺を指差す、さっきまで自分が眠っていた場所だ。
「100年前寝る前にはなかったと思うんだが、石の棺の周りや蓋に薄く石を削って魔法陣があるんだ。趣旨は違う魔法陣だと思うが、その棺の上に立てば一応形は整う。」
こんなのあるんだ、あれ?とマリアンヌが呟いて考えこむ。だが、彼女は結論が出なかったのか、首を横に振りリーフライトに話しかけた。
「今ここで試すの?」
「嫌なら永遠に、同じ一年を彷徨うのもアリだ。」
「・・・・それは絶対嫌よ。なら試してみましょうか。」
「了解した。」
リーフライトは棺の蓋を閉め、魔法陣の中心になる紋様の上に乗る。そして、黒山羊マスクを被った。すると、頭だけでなく人間サイズだが、全身が毛むくじゃらの野獣に変わった。
「ぎゃおー、めーめー、食っちゃうぞー」
ついでに、適当に野獣っぽい発言をしてみる。勿論棒読みだ。
「リーフライト、私のためにそんな姿に。どんな姿でも私は貴方を愛しています。私の光の力で貴方を救いたいのです。もう、私の命も要りません。光の神よ、どうかお力をお貸しください!」
ちょっと投げ槍で自棄糞なマリアンヌが言葉と共に光る。どうやら魔法は発動したらしい。彼女は暗い部屋でホタルのように光りながら、棺から降りたリーフライトに抱きついた。愛、愛って何よとうわごとのように、マリアンヌは言う。何か思い付いてちょっとためらってから、山羊の口にキスをする。そして肩辺りを探り、手触りで境目を見つけたらしい。密着しないとわからないから、これも愛の力とも言えるだろう。そして、彼女はリーフライトのマスクをエイっと脱がせた。
リーフライトはマスクを脱がされ、人間形に戻った。
「リーフライト、戻ってきてくれたのね。」
マリアンヌがさらにギチギチに抱きついてくるし、目も座っている。これはもう愛を越えた怒りのような強い気持ちを感じる。
「マリアンヌ、君の愛の力で戻れたよ。ありがとう。これから一緒に人生を歩いて行ってくれないか?」
「リーフライト嬉しいわ。私は貴方と一緒ならがんばれるわ。愛してるわ。」
「私もだよ、愛してるよマリアンヌ。」
適当に状況に合わせたリーフライトの台詞に、マリアンヌが返答する。リーフライトがさらに返して、しっかり彼女を抱き締め、エンディング風味にしてみた。世界がゆっくりと紗がかかるように遠くなっていく、前回の自分のエンディングで体験したリセットの前兆だ。
13回目のエンディングは入学式の日の午後、リーフライトが四阿の地下から出る事無く迎えることになった。
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